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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
遺産庫の白い円盤編

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第21話 試料を求める者たち

 論文公開から数日で、東都マテリアルサイエンスには試料要求が殺到した。


 選別と条件整理は、もう終わっている。

 どこへ渡すか。

 どこへはまだ渡さないか。

 何を見せて、何を隠すか。


 表の会議で決まったのはそこまでだ。


 残る問題は一つだけだった。


 ――配るサンプルを、誰が作るのか。


     ◇


 海鳴りの倉庫の前室は、いつも通り無機質に白かった。


 白銀の壁面。

 静かな照明。

 音を吸う床。

 外より広い空間。


 ここへ来るたび、現代社会の時間と、別の層の技術が一枚薄い膜を挟んで並んでいるみたいな気分になる。


 作業台の上には、すでに材料が並べてあった。


 焼結セラミックの円板。

 花崗岩由来の多孔質試験片。

 比較用のブランク材。

 真鍮枠。

 密閉ケース。

 それから、中央に黒い核を抱えた乳白色の円盤――選択透過概念付与核。


「……こうして並べると、ほんとに研究所っぽいな」


【表面的にはそう見えるでしょう】


「表面的には、ね」


【本質的には異なります】


「だろうな」


 研究所でやるのは評価だ。

 だがここでやるのは、評価の前提そのものを作る作業だ。


 どの膜へ、どんな“通す/通さない”を与えるか。

 その選択権がこちらにある以上、配る試料はただの試料ではない。

 結果だけを切り出した、観測用の欠片だ。


 俺は手袋をつけ、白い円盤を見下ろした。


「確認するぞ」


【どうぞ】


「今回出すのは三系統。一般浄化向け、ナトリウム寄りの選択透過、有機系不純物除去。リチウム寄り設定はまだ出さない」


【妥当です】


「理由も確認」


【リチウム・希少金属系は、研究用途を超えて資源・国家・地政学的関心を強く刺激します。現段階では、分離膜技術として学術的に処理可能な範囲へ留めるべきです】


「はいはい。南鳥島はまだ先、ってことだな」


【その理解で問題ありません】


 問題ないどころか、そこはかなり大事だ。


 この技術が本当に危険になるのは、浄水や高純度化を越えて、

 何をどれだけ選んで回収できるか

 の話になった時だ。


 水処理は便利な技術。

 電池材料精製は強い技術。

 でも、海水や泥から国家が欲しがるものを抜けるとなった瞬間、便利や強いでは済まない。


 だから今はまだ、学術誌に載った“妙に性能のいい無機膜”でいてもらう。


「よし」


 俺は一枚目の焼結セラミック円板を治具へ固定した。


 見た目はただの材料サンプルだ。

 実際、ここに核の事情を知らない人間を連れてきたら、そうとしか思わないだろう。


 だが、その“ただの円板”が、もうすぐ海外の研究所へ飛んでいく。

 そう考えると少しだけ可笑しい。


「一般浄化からいく」


【転写条件良好。概念付与の安定性を優先してください】


 セル・チューナーを介して起動状態の核を整える。

 真鍮枠の刻線が、ごく薄く光った。


 目を凝らさないと分からない程度だ。

 派手な起動音も、漫画みたいなエフェクトもない。

 白い表面の細孔が、ほんの一瞬だけ呼吸するみたいに陰影を変えるだけ。


 それで十分だった。


 俺は意識を向ける。

 広く通す。

 でも雑にはしない。

 濁りを削り、不純を弾き、扱いやすい“浄化材”の顔に落とす。


 作業が終わると、試験片の表面は見た目にはほとんど変わらない。

 だが指先の感覚だけが、少し違う。

 空気の抜け方というか、そこに通っているルールが一段変わったみたいな、説明しにくい違和感がある。


「……毎回思うけど、地味だな」


【文明の基幹技術は、必ずしも視覚演出を必要としません】


「お前、前にも同じこと言ってたな」


【恒一が同じ感想を繰り返しているためです】


「はいはい、俺が悪い」


 二枚目。

 ナトリウム寄りの選択透過。


 こっちは少し神経を使う。

 一般浄化より狭く、だが露骨に資源回収へ振らない。

 論文に出した範囲へ、ぴたりと合わせる。

 追試した相手が「論文通りだ」と思うくらいには素直に、でもその先を見せすぎないように。


「ほんと、試料っていうより調整済みの答え合わせだな」


【配布されるのは結果です】


「だよな」


【起動条件は含まれません】


「そこが一番大事だ」


 三枚目。

 有機系不純物除去。


 これも強い。

 水処理、検体前処理、研究試薬精製。

 いくらでも“まともな用途”の顔が作れる。

 そして、その顔のままかなり深いところまで入っていける。


 全部で六枚。

 各系統二枚ずつ。


 予備も作ろうと思えば作れる。

 だが、今は数を出しすぎない方がいい。


 多すぎる供給は怪しまれる。

 少なすぎると神秘になる。

 今欲しいのは、その中間だ。


「研究者って、このくらい絞られてる方が逆に欲しがるよな」


【希少なサンプルは評価優先度が上がります】


「だろうなあ」


 俺は作り終えた試験片を並べて、ひとつひとつ見下ろした。


 どれも地味だ。

 白くて、薄くて、軽い。

 それだけなのに、これから先、国内外の研究者がこの板を前に眉をひそめることになる。


 論文の通りに数字が出る。

 でも、自分ではそこへ届かない。


 その温度差が、いちばん面白い。


     ◇


 翌日、工房の打ち合わせスペースには、小型ケースが三つ並んでいた。


 黒い外装。

 緩衝材入り。

 表面には味気ない番号だけ。


 A-01。

 A-02。

 A-03。


 中には、設定固定済み試験片二枚。

 比較用ブランク材数枚。

 推奨使用条件。

 洗浄条件。

 圧力上限。

 保管時の注意。

 それから、いかにも企業っぽい一文。


 「本試料は評価用サンプルであり、作製条件の開示を前提とするものではない。」


「感じ悪いな」


 俺が言うと、向かいの席で天城が頷いた。


「必要です」


「分かるけどな」


「“分かるけど感じ悪い”くらいがちょうどいいんです。最初から、再現条件まで当然にもらえると思われる方が困る」


 神代も今日は工房に来ていた。

 研究棟で終わらせず、発送前の最終確認だけはこちらでやる。

 この辺りの線引きは、もう完全に慣れてきた。


 神代がA-01のケースを開け、サンプルを持ち上げる。


「見た目は普通ですね」


「ああ」


「普通なのが厄介なんです。派手な試料なら、最初は誰もが“怪しい”から入る。でもこれは、見た目が普通の無機膜です。普通に見えるからこそ、論文通りの数字が出た瞬間に逃げ道がなくなる」


「ひどい言い方だな」


「でも正しいでしょう?」


 まあ、正しい。


 天城が一覧を閉じる。


「発送先は予定通りです。国内一件、ドイツ一件、シンガポール一件。どれも研究用途の顔で出します」


「保険と追跡は?」


「当然。

 ただし内容物の申告は、一般的な評価用膜材料サンプルの範囲に留めます」


「高く見せないんだな」


「高く見せると、別の目を引きます」


 それもそうか。


 どこまで行っても、この技術は“高価な品”としてではなく、“良い研究サンプル”の顔で滑り込ませた方が強い。


「受け取った側は、まず何をすると思います?」


 神代が聞いてきた。


「治具に固定して、論文条件で流す」


「ええ」


 柏木がいればそこで「その通りです」と食い気味に言いそうだが、今日は神代だけだ。


「そのあと、論文の数字と比較する」

「一致すれば喜ぶより先に、もう一枚へ移るでしょう」

「そして、今度は自分たちの既存膜と並べる」


 そこで俺は少し笑った。


「で、嫌そうな顔するんだよな」


「かなり」


 神代も笑った。


「材料研究者は、データが綺麗すぎると嬉しさより先に機嫌が悪くなります」


「研究者って本当にそうなんだな」


「本当にそうです」


 天城がそこで一つ咳払いをした。


「楽しむのは結構ですが、忘れないでください。これは追試ではありますが、同時にこちらの観測でもあります」


「分かってる」


「誰がどこに食いつくか。再現条件を欲しがるのか、用途へ飛ぶのか、それを見ます」


「だよな」


 それが本質だ。


 論文を読んだだけでは、人はまだ理性的だ。

 だが試料を手にすると、その人間の“本当に欲しいもの”が出る。


 純粋に現象を知りたい研究者。

 まずは構造解析へ走る研究者。

 用途を連想する研究者。

 量産性を聞きたがる連中。


 試料はただのサンプルではなく、相手の欲の向きを映す鏡でもある。


     ◇


 発送が終わったのは、夕方だった。


 黒いケースがそれぞれ梱包され、送り状が貼られ、配送業者の車へ積まれていく。

 見送りは一瞬だ。

 あっけないほど、一瞬。


 たったあれだけで、海鳴りの倉庫で設定された異星文明の膜が、普通の物流の顔をして国内外の研究所へ向かっていく。


 それが少しだけ可笑しくて、少しだけ背筋が冷えた。


「飛びましたね」


 天城が言う。


「ああ」


「ここから先は、向こうの番です」


 俺は配送車が角を曲がって見えなくなるまで眺めていた。


 どこかの研究棟でケースが開く。

 白い試験片が取り出される。

 治具へ固定される。

 流体が通される。

 そして論文通りの数字が出る。


 そこまではいい。

 問題は、その次だ。


 似た材料を自分たちで作る。

 測る。

 届かない。

 もう一度作る。

 やっぱり届かない。


 その時の顔が見える気がする。


「面白いな」


 ぽつりと呟くと、天城が横目で見た。


「嫌な言い方です」


「でもそうだろ」


「そうですね」


 そこは否定しなかった。


 工房へ戻る途中、俺はふと天城に聞いた。


「最初に空気変えるの、どこだと思う?」


「ドイツ」


 即答だった。


「そんなに早いか」


「早いです。膜と無機材料に関しては、あそこは変な執着がありますから。次に国内、シンガポールは、そのあと一気に用途へ飛ぶと思います」


「用途」


「ええ。水処理の顔をして、もっと先を見る」


 分かる気がした。


 研究者は、理解したい。

 でも同時に、使いたい。

 特に分離膜なんてものは、理解と用途の距離が近すぎる。


「……で、そこから先に待ってるのが政府か」


「たぶん」


 天城の返事は短かった。


「ただ、まだその前に一段あります」


「何だ?」


「“本当に再現しきれない”と、向こうが理解する段階です」


 その言い方が、妙に刺さった。


 そうか。

 論文通りに動くサンプルがあるだけでは、まだ人は希望を捨てない。

 “自分たちでも辿り着けるかもしれない”と思う。


 でも、何度やっても一歩届かないと分かった時、空気が変わる。


 あれは偶然の当たり素材ではない。

 どこかに“鍵”がある。

 そういう認識へ変わる。


 たぶん、本当のざわめきはそこからだ。


     ◇


 夜、工房に一人で残ったあと、俺は発送記録の控えをぼんやり眺めていた。


 A-01。国内。

 A-02。ドイツ。

 A-03。シンガポール。


 たった三つ。

 なのに、その先に見えているものはやたら大きい。


 水。

 電池材料。

 資源回収。

 南鳥島。

 そして各国政府。


 まだ誰も口には出していない。

 でも全員、どこかではもう気づき始めている。


「なあ、イヴ」


【はい】


「これさ」


 俺は空になったケースを指先で叩いた。


「研究者が一番嫌がるのって、“本物なのに再現できない”時だよな」


【概ねそうです】


「やっぱりか」


【論文が虚偽なら切り捨てられます。完全再現できるなら吸収されます。最も不安定なのは、“本物だが核心に届かない”状態です】


「それ、今の俺たちそのものだな」


【はい】


 イヴの肯定は、いつも通り容赦がない。


 でも、確かにそうだった。


 俺たちは今、断片だけを外へ出している。

 結果は本物。

 でも核心は隠している。

 だから相手は認めざるを得ず、同時に届かない。


 それがどれだけ人を落ち着かなくさせるか、たぶんもうすぐ嫌というほど見える。


「……さて」


 俺は立ち上がり、空ケースを棚へ戻した。


「次はどこの研究者が最初に嫌そうな顔するかな」


【恒一は、その点において非常に楽しそうです】


「うるさい」


 でも否定はしなかった。


 たぶん次の波は、もうすぐ来る。

 試料は届き、数字は出る。

 そこから先で、学術界のざわめきは一段深くなる。


 そしてその深まり方こそが、この技術の危なさを一番よく物語るはずだった。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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