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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
遺産庫の白い円盤編

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16/21

第16話 通す石、通さない石

 翌日の昼、天城澪はほとんど時間ぴったりに工房へ来た。


 この女は待ち合わせに遅れない。

 その几帳面さが仕事人としてはありがたいし、人間としては少し息苦しい。もっとも、今の俺にとっては、その息苦しさすら頼もしさの一部になっていた。


「またですか」


 工房に入って最初の一言がそれだった。


 しかも、呆れと諦めが綺麗に半々で混ざっている。

 俺は苦笑しながら、作業台の上のケースを見た。


「まただな」


「前回は石でした」


「今回も半分くらい石だ」


「最悪ですね」


 言い切ったな、おい。


 天城はコートを椅子へ掛け、作業台へ近づいた。

 そこには昨夜のうちに並べておいた実験道具がある。


 白い多孔質円盤。

 透明な試験容器。

 濁り水。

 食塩水。

 金属塩を溶かした試薬。

 簡易ポンプ。

 細いチューブ。

 温度計ではなく、今回は導電率計と簡易分析紙が主役だ。


「……冷やすわけではないんですね」


「今回は熱じゃない」


「良かった」


「そんなに永冷石がトラウマになってるのか」


「“花崗岩を冷媒に変える技術”を見たあとです。多少は」


 その気持ちは分からないでもない。


 俺だって、永冷石を初めて見た時から、世の中の“普通の工業製品っぽい顔”を素直には信じられなくなっている。

 まして天城は、あれを事業へ落とし込む側だ。原理不明の異常技術を“市場に通る説明”へ変換する役目の人間である以上、トラウマにもなるだろう。


 俺はケースを開けた。


 乳白色の円盤。

 真鍮色の枠。

 中央に埋め込まれた黒い核。


 見た目は古い濾過器具。

 あるいは宗教祭具にも見える。

 つまり、いつもの「どう見ればいいのか分からない遺物」だ。


「また、拾ったんですけど」


 俺がそう言うと、天城はこめかみを押さえた。


「その導入、そろそろやめませんか」


「でも実際そうだしな」


「事実なのが一番困るんです」


 彼女は小さく息を吐いてから、円盤を覗き込んだ。


「見た目は……フィルター?」


「俺も最初そう思った」


「そして違うと」


「いや、違うというか、たぶん“それだけじゃない”」


 天城は俺を見る。


「説明してください」


「まだ俺も完全には理解してない。だから先に見せる」


「分かりました」


 こういう時、天城は本当に話が早い。

 余計な確認を挟まず、まず現物を見る。現象を見てから考える。

 この順番ができるから、こいつとは組める。


 俺は円盤を簡易保持具に固定した。

 骨伝導イヤホンの奥で、イヴが淡々と告げる。


【起動状態は安定しています】

【昨日と同設定であれば、粗い浄化・分離挙動を再現可能です】


 俺は返事をしない。

 人前ではそれが基本だ。


「まずはこれ」


 俺は濁り水の入った容器を持ち上げた。


「ただの泥水ですか」


「まあ、それに近い」


「それをこの円盤に通す」


「そう」


 ポンプを動かす。

 ゆっくりと、濁り水が円盤へ流れ込む。


 天城は最初、半信半疑の顔だった。

 だが、円盤を抜けた先へ落ちる水が、明らかに澄んでいるのを見た瞬間、その目つきが変わる。


「……ちょっと待ってください」


「だろ」


「濾過性能の高い素材、というだけでは?」


「次を見れば分かる」


 俺は二本目の容器、食塩水を手に取った。


「それは何ですか」


「塩水」


「普通に考えると、泥水よりそちらの方が厄介ですね」


「普通に考えればな」


 また流す。

 今回は時間がかかる。

 円盤の向こうへ落ちた液体を別容器に受ける。


 俺はそれを舐める前に、一瞬だけ迷った。

 客観的に見ると、原理不明の遺物を通した液体を舐めている男でしかない。

 かなりどうかしている。


「……何やってるんですか」


「一番早い確認法だ」


「やめてください、その現場判断」


 天城が止めるより先に、俺は少しだけ口に含んだ。


 昨日と同じだ。

 完全な真水じゃない。

 だが、明らかに塩気が薄い。


「やっぱり薄い」


 天城が一歩踏み出す。


「本当に?」


「簡易計測でもやるか」


 導電率計を差し込む。

 数字は元の食塩水より明らかに低かった。


 天城は黙る。

 こういう時の沈黙は良い沈黙だ。驚いているのではなく、頭の中で用途が増えている時のやつ。


「これは……」


「まだある」


 俺は次に金属塩の混ざった試液を持ち上げた。


「何を見たいんです?」


「こっちも正確な分析まではまだできない。けど、何かを通して何かを止めてる感じがある」


「何かを通して、何かを止める……」


 その言葉を天城が小さく繰り返す。

 そこでたぶん、彼女の中で何かが切り替わった。


 試液を通す。

 結果は肉眼では分かりにくい。

 だが反応紙と簡易試薬で見ていくと、透過後の液体側で色の出方が明らかに違う。


「やっぱり偏ってるな」


「……成分選択」


 天城の声が低くなる。


「それに近い」


「久世さん」


 彼女は円盤を見たまま言った。


「これ、浄水器じゃありませんよね」


「その結論に行くの早いな」


「泥水が澄むだけなら濾過です」

「塩気が薄まるだけなら、まだ“特殊な浄化材”の顔で見られる」

「でも今の反応を見ると、これは“何を通して何を通さないか”を握っている」


 俺は小さく笑った。


「大体合ってる」


「大体、ですか」


「いや、かなり近い」


 天城は黙って円盤を見下ろした。

 白い多孔質の表面は、照明の下でごく普通に見える。だからこそ中身の異常さが余計に際立つ。


「……また面倒なものを拾いましたね」


「今回はかなり“論文の顔”してるだろ」


「してます」


 即答だった。


「しかもすごく嫌な方向で」


「嫌なのかよ」


「嫌です。こういうのが一番困るんです」


 天城はようやく俺を見た。


「冷える石は、まだ“変な材料”として押し切れます」

「電源も、現場向け高性能品として押し切れる」

「でもこれは違う」

「これは正面から学術と産業へ刺さる顔をしてる」


「だよな」


「しかも一番まずい種類です」

「表向きには既存科学の延長に見えるのに、成果だけが明らかにおかしい」


 さすがに分かっている。


 俺も昨夜それを感じた。

 これは“異星文明の怪しい便利道具”というより、もっと静かに現代社会へ侵食する技術だ。


 膜。

 分離。

 精製。

 浄化。

 こういうものは、表舞台で騒がれにくい。

 でも、一度工場へ入れば根っこから効いてしまう。


「名前、つけるなら何だと思う?」


 俺が軽く聞くと、天城は少しだけ考えた。


「表向きなら……高選択性セラミック分離膜」

「あるいは特殊処理多孔質無機膜」

「そういう方向でしょうね」


「やっぱり材料会社だな」


「はい」


 天城の返事は迷いがなかった。


「これは東都E&L単独の案件ではありません」

「少なくとも、表に出す顔としては向いていない」

「電源や熱管理の延長線上には置けますが、それだけだと狭すぎる」


「同じグループの別会社か」


「ええ」


 彼女はタブレットを開いた。

 もうそういう段階らしい。


「東都マテリアルサイエンスが一番自然です」

「無機材料、膜材料、機能性セラミック、共同研究、学術発表」

「全部そっちの顔で持てます」


「早いな」


「遅いと久世さんが次の実験を始めるでしょう」


「信頼されてるのかされてないのか分からんな」


「後者寄りです」


 ひどい。


 だが間違ってはいない。


 俺は円盤を保持具から外し、改めて手に取った。

 重さはそこそこある。

 ただのセラミック部材としては妥当だ。

 でもそれが逆に怖い。こんな見た目で、文明の根に刺さる機能を持っている。


「貸し出しはできる」


「本当に?」


「数年は持つらしい」

「フル充電状態なら三〜五年」

「設定変更を頻繁にしなきゃもっと持つかも、だそうだ」


 もちろん「だそうだ」の中身はイヴだ。

 だがそこは言わない。


 天城は小さく息を吐いた。


「それなら研究所に回せますね」


「問題は、どこまで見せるかだな」


「全部は当然無理です」


 そこは即答だった。


「材料会社の中でも最小限。しかも最初は“原器サンプル”扱いにするべきです」

「理論の完全開示ではなく、現象の再現と周辺説明の構築を先にやる」

「この手のものは、いきなり製品ではなく論文を経由した方が強い」


「分かる」


「たとえば」


 天城はもう画面に何かを書き始めている。


「高選択性イオン透過膜」

「無機多孔質材料の異常高効率分離」

「花崗岩由来アルミノシリケート骨格の新奇挙動」

「いくらでも学術的な顔が作れる」


「“いくらでも顔が作れる”って表現、ちょっと好きだな」


「気に入ったなら何よりです」


 相変わらずこっちの感情の拾い方が雑だ。


 だが、天城の言う通りだろう。


 これをいきなり商品として出せば怪しまれる。

 永冷石よりさらに怪しまれる。

 でも、論文の顔をすれば話は変わる。


 大学。

 共同研究。

 学会。

 査読。

 そういう“正しそうな道”を通って出てきた異常技術は、むしろ世間に受け入れられやすい。


 しかも今回は、本当に既存科学の延長に見せやすい。

 分離膜だ。

 浄水、資源回収、超純水、半導体、電池材料精製。

 全部、現実にある研究テーマの延長へ滑り込ませられる。


「一番最初に刺さる用途って何だと思う」


 俺が聞くと、天城は少しだけ考えた。


「短期で一番わかりやすいのは超純水」

「でもそれは大きすぎます」

「同じくレアメタル回収も大きい」

「いきなりそこへ行くと、国家と海外企業が早すぎる」


「じゃあ?」


「まずは電池材料精製」

「それか研究試薬レベルの高純度分離」

「東都E&Lの電源事業とも繋がります」


 なるほど。


 バッテリー。

 熱。

 そして今度は材料精製。


 文明の基盤を一個ずつ押さえていく感じがあって、少しだけ笑えてくる。


「祖父、ほんと何を集めてたんだろうな」


「少なくとも、骨董趣味ではありませんね」


「だよなあ」


 俺たちはしばらく黙って、白い円盤を見ていた。


 工房の空調が静かに鳴っている。

 外ではどこかで工事をしているらしく、鈍い振動が床へ伝わってきた。

 そういう現実の音に囲まれているのに、作業台の上の円盤だけが少し違う層にあるように見える。


「……天城」


「はい」


「これ、論文が出たら面白いことになるな」


「面白い、で済めばいいですけど」


 彼女は苦笑した。


「たぶん最初は、材料科学の一成果として扱われます」

「でも性能が本物なら、そこから先は早い」

「半導体、水処理、資源、電池材料、医療、どこも黙っていません」


「日本政府とかもか」


「ええ。海外もです」


 そこで彼女は一度言葉を切った。


「南鳥島のレアアース泥にも使える、と気づいた時点で、たぶん空気が変わります」


 俺は少しだけ眉を上げた。


「もうそこまで見えてるのか」


「見えますよ」


 天城は当然のように答えた。


「通す/通さないを異常精度で握れるなら、希土類回収の選択性に話が飛ぶのは早いです」

「しかもそれが財閥グループ内の材料会社から論文の顔で出てくるなら、各国政府が放っておくわけがない」


「日本、アメリカ、中国、ロシアあたりか」


「その辺りは確実です」


 さらっと言うが、話のスケールが地味に怖い。


 だが、その怖さは嫌いじゃない。

 いや、むしろかなり好きだ。


「で、その時どうなる」


「連絡は山ほど来るでしょうね」


「めちゃくちゃ来るだろうな」


「でも」


 天城はそこで少しだけ笑った。


「東都の表の財閥ラインに手を出せるところはそう多くありません」

「しかも、うちはうちで“学術研究の延長です”という顔を作れます」

「ですから、すぐに奪われることはありません」


「待ちぼうけを食らうのは向こうか」


「ええ。かなり」


 その絵面を想像して、少し笑ってしまった。


 日本政府も、アメリカも、中国も、ロシアも。

 みんな「それをどうやってるんだ」と思いながら、表向きは論文と共同研究の列へ並ぶ。

 滑稽だが、ありえそうだった。


 そして、その入口にあるのが、今目の前にある白い円盤だ。


「じゃあ決まりだな」


 俺はケースを閉じた。


「次は東都マテリアルサイエンスだ」


「はい」


「また変なもの見つけたんですけど、材料会社案件でした、って持ってくか」


「その言い方はやめてください」


「でも内容は合ってる」


「合っているのが嫌なんです」


 天城は本気で嫌そうな顔をしたが、その目の奥にはもう仕事の火が入っていた。


 たぶん、次は研究所だ。

 無機材料の連中が首をひねり、膜材料の専門家がデータに唸り、知財担当が胃を痛める。

 そしてその果てに、一本の論文が出る。


 東都マテリアルサイエンスが開発した高選択性セラミック分離膜。

 表向きは、それでいい。


 中身が異星文明の分離・浄化技術の断片だなんて、誰も知らなくていい。

 少なくとも、まだ今は。


「なあ」


 俺はふと思いついて言った。


「これ、世間的には一番“まとも”に見える超技術かもな」


 天城は一瞬だけ考え、それから頷いた。


「そうですね」

「だからこそ、一番深く刺さると思います」


 その言い方は、妙にしっくり来た。


 バッテリーは目立つ。

 永冷石は不気味だ。

 でも分離膜は、もっと静かに入り込む。


 水に。

 工場に。

 資源に。

 国家の利害に。


 たぶんこれは、地味な顔をしたまま一番遠くまで行く。


 工房の照明の下、ケースの中の白い円盤は何も言わずに沈黙していた。

 だが、その沈黙の形はもう、ただの古い部材には見えなかった。


 何を通し、何を通さないか。


 そんな当たり前みたいな問い一つで、世界の側を選り分けてしまう技術。

 思えば、今の俺たちのやっていることそのものに少し似ている。


 表へ出すもの。

 出さないもの。

 見せる相手。

 まだ隠す相手。


 そうやって少しずつ、世界の境界を弄っている。


「……ほんと、面倒な物しか出てこないな」


 俺がそう言うと、天城は珍しく小さく笑った。


「今さらです」


 それもそうだ。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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