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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
遺産庫の白い円盤編

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15/20

第15話 遺産庫の白い円盤

 忙しい、というのは便利な言葉だと思う。


 何かを後回しにした時の言い訳になるし、やるべきことをやっている気分にもなれる。

 実際、ここ数ヶ月の俺は本当に忙しかった。売れないフリーライターだった頃には想像もしなかった種類の忙しさだ。


 東都エナジー&ロジスティクスとの共同事業。

 EEL-RXの拡張。

 EEL-TCの試作と研究所送り。

 天城澪との打ち合わせ。

 納品、検査、運用テスト、資料の辻褄合わせ。


 しかも、その全部の根っこには、説明不能な異星文明テクノロジーがある。


 普通の人間なら、どこかで「いや待て」となるはずだ。

 だが、俺はもうその段階をとうに通り過ぎてしまっていた。


 だから、その日の夜、海鳴りの倉庫の一番奥にある未整理区画の扉を前にして、俺が最初に思ったことは――


「……ようやくここか」


 だった。


 白銀の通路の先。

 通常区画の明るさから一段落ちた、少しだけ薄暗い一画。

 宗玄の家から運び込んだ木箱や金属ケースが、半ば乱雑に、半ば秩序だった顔で積み上がっている。


 整理しよう、整理しようと思っているうちに後回しになり続けた場所だ。


 バッテリーが先だった。

 工房の立ち上げが先だった。

 海鳴りの倉庫の前室を動かす方が先だった。

 永冷石と、それを使った商売が次に来た。


 その結果、スタート地点であるはずの「祖父の遺品整理」が、いつの間にか一番後ろへ押しやられていた。


 骨伝導イヤホンの奥で、イヴが静かに告げる。


【恒一】


「分かってる」


【未整理品の中には、概念操作文明系統の遺物が複数含まれている可能性があります】


「そうだろうな」


 俺は苦笑した。


「永冷石みたいなのが普通に混ざってるって分かった以上、もう“ただの遺品”って顔で放置しておくのは無理だ」


【妥当な認識です】


「妥当、ね」


 相変わらずイヴの言葉は味気ない。

 だがその味気なさの裏で、俺は少しだけ高揚していた。


 祖父の残した箱の山。

 前宇宙由来かもしれない魔法使い文明の断片。

 起動さえすれば文明の根本に食い込む技術群。


 そういうものが、すぐそこの部屋に雑に押し込まれている。


 わくわくしない方が無理だろう。


     ◇


 未整理区画の鍵を開けると、少しだけ乾いた空気が流れてきた。


 前室ほど清潔でもなく、宗玄の家ほど生活の匂いもない。

 倉庫の中の倉庫。

 そんな空間だ。


 木箱には手書きの番号札がついているものと、何も書かれていないものがある。

 金属ケースの表面には、宗玄の癖字でメモが貼られているものもあれば、完全に無記名のものもある。


 分かりやすいようで、全然分からない。


「こういうところ、本当に祖父だよな……」


 俺は一番手前の箱を持ち上げ、作業台代わりに持ち込んだ折りたたみ机へ置いた。


 中身は、古い真鍮のリングが何本か。

 ただのガラクタにも見えるが、イヴは反応しない。


【低優先度です】


「はい次」


 もう一箱。

 こっちはガラス瓶の欠片と、木製の箱の留め金。反応なし。


 三箱目。

 石の札。

 小さな壺。

 何かの器具の脚部らしい金属片。


 反応なし。


 四箱目。

 ここで少しだけ空気が変わった。


 中には、布で何重にも巻かれた、平たいものが入っていた。

 皿にしては薄く、板にしては丸い。


「……何だこれ」


 布を一枚ずつ剥がす。


 出てきたのは、乳白色の円盤だった。


 直径は十五センチほど。

 厚みは二センチ弱。

 ぱっと見は、古いセラミック製のフィルターか、実験用の濾過板に見えた。


 だが、縁は真鍮色の枠で覆われていて、その金属部分には意味の分からない刻線が一周している。

 しかも円盤の中央には、爪の先ほどの黒い点が埋まっていた。


 そして表面。


 肉眼で見て分かるほど微細な孔が、蜂の巣みたいにびっしりと並んでいる。

 触ればざらついていそうなのに、見た目はむしろ滑らかだ。


「……フィルター?」


 そう口に出した瞬間、ポケットの中のセル・チューナーが、ほんの少しだけ熱を持った。


 いや、熱ではない。

 いつもの、逆向きの脈動だ。

 指先から何かを持っていかれるような、小さな反応。


 俺は円盤を机に置いたまま、ゆっくりとセル・チューナーを取り出した。


「来たか」


【反応を確認】


 イヴの声が少しだけ硬くなる。


【概念操作文明系工業遺産の可能性が高いです】


「工業遺産」


【はい】

【分類上、儀礼物や個人装備ではありません】

【浄化・精製・分離系統の設備部材である可能性が高い】


「また地味そうなのが来たな……」


 俺は苦笑した。


 でも、その地味さが逆に怖い。


 永冷石もそうだった。

 一見するとただの石板。

 だが起動してみれば、花崗岩を冷媒へ変える文明級技術だった。


 こいつも同じ類かもしれない。


「すぐ分かるか?」


【限定的な解析は可能です】

【ただし、起動にはエネルギー補填が必要です】


「セル・チューナーで?」


【推奨します】


 俺は白い円盤を見下ろした。


 見た目は、どう考えてもただの古い工業部品だ。

 しかも用途が微妙に分かりそうで、分からない。

 これが宗玄の家の押し入れから出てきても、普通なら「昔の濾過器具か?」で終わっていただろう。


 けれど、セル・チューナーはちゃんと反応している。

 なら、やることは一つだ。


「よし」


 俺は円盤を抱えて立ち上がった。


「前室に持ってく」


【妥当です】


     ◇


 前室の作業台の上に、乳白色の円盤を置く。


 白銀の照明に照らされると、表面の細孔がよりはっきり見えた。

 細かい。異様に細かい。

 でも均一すぎるわけでもなく、どこか“自然物を無理やり工業化した”みたいな不穏さがある。


 俺はセル・チューナーを指先で転がし、一度だけ息をついた。


「じゃあ、頼む」


【エネルギー補填を開始します】


 銀の小球を円盤の中央へ近づける。


 接触した瞬間、前室の照明が一度だけ鈍く脈打った。


 白い円盤の中央に埋め込まれた黒い点が、墨を垂らしたみたいにじわっと広がる。

 いや、広がったように見えただけだ。実際には何も変形していない。

 でも、周囲の細孔の並びが、一瞬だけ“意味を持った模様”へ組み替わったように見えた。


「おお……」


【再活性化を確認】

【休眠状態からの起動に成功】


 円盤の縁の真鍮枠に刻まれた線が、薄い金色の光を帯びる。

 宗教儀式みたいにも、古い実験装置の通電みたいにも見える。

 要するに、どっちでもある顔だ。


「それで、何だこいつ」


【仮称を付けるなら、“選択透過概念付与核”です】


 俺はその場で数秒黙った。


「……毎回名前が強いな」


【機能をそのまま表しています】


「意味は?」


【既存の多孔質材料に対し、“何を通し、何を通さないか”を高精度で与える技術です】


「つまり」


【恒一の表現で言えば、“とてもすごいフィルター”です】


「雑!」


【理解補助です】


 でも、その雑な言い換えが意外と芯を食っている気もした。


 何を通すか。

 何を通さないか。

 それを物質に“教え込む”技術。


 たしかにフィルターだ。

 ただし、普通のフィルターでは絶対にない。


「じゃあ、浄水器みたいなもんか?」


【文明の浄化・精製・分離技術の基幹です】


「毎回すぐ文明スケールで殴るのやめろ」


 俺は頭を掻きながら、作業台の上の円盤を見下ろした。


「これ、充電したらどれくらい持つ?」


【現在の補填量であれば、数年単位で安定動作が可能です】

【設定変更や高負荷運転を繰り返さない限り、三〜五年相当の持続が見込めます】


「数年か」


 思わず口元が緩んだ。

 それはかなり大きい。


 永冷石みたいに手元で運用してもいいが、こっちは性質上、研究所や材料系の設備へ持ち込んだ方がずっと面白い。

 しかも数年持つなら、ブラックボックス原器として貸し出す運用も現実的だ。


「外に持ち出しても平気?」


【可能です】

【ただし、概念設定のコア変更権限は恒一側で保持した方が良いでしょう】


「了解」


 そこまで聞いて、俺の中で一気に道筋が見え始めた。


 東都E&Lではない。

 こいつはたぶん、別の会社案件だ。


 もっと材料寄り。

 もっと研究寄り。

 論文とか学会とか、そっちの匂いがする。


 だがその前に、まずは自分の目で見たい。


「とりあえず、何ができるか試すか」


【推奨します】


     ◇


 海鳴りの倉庫の便利なところは、意味不明な実験をするのにちょうどいい設備が、意味不明なくらい揃っているところだ。


 もちろん全部が全部動いているわけじゃない。

 だが前室だけでも、簡易分析台、小型ポンプ、透明な試験容器、圧力制御のまがい物みたいなものは使える。現代日本の工房よりは明らかに便利だ。


 俺は手近にあった材料を並べた。


 濁った水。

 食塩水。

 細かい砂を混ぜた水。

 鉄粉を少量溶かした液。

 あと、念のためコーヒー。


「コーヒーいる?」


【恒一が必要なら】


「そういう意味じゃない」


 俺は苦笑しながら、白い円盤を簡易保持具に固定した。


「で、まずどうする」


【対象流体を通してください】

【現状態では“粗い浄化・分離”設定になっています】


「現状態ってことは、設定変えられるのか」


【可能です】

【ただし、詳細調整は後で説明します】


 後で説明します、という言い方をする時のイヴは、大抵こちらが驚くことを知っている。

 まあいい。今は目の前だ。


 まずは濁り水。


 簡易ポンプで円盤へ流す。

 ごく普通の操作だ。

 何かが爆発したり、謎の光が出たりすることはない。


 ただ、向こう側へ落ちた液体を見て、俺は目を細めた。


「……おい」


 透明だった。


 いや、完全な純水みたいに透き通っているわけじゃない。

 でも、さっきまで濁っていた水が、目に見えて澄んでいる。


「マジでフィルターじゃねえか」


【はい】


「はい、じゃないんだよ」


 次は塩水。


 こっちは少し時間がかかった。

 だが、通した後の水を舐めてみると――


「薄い」


【分離性能を確認】


「いや、待て。これかなりやばくないか?」


 海水淡水化ほどではないかもしれない。

 でも、“ただの古い円盤”にしか見えないものが、ここまでやる時点で十分におかしい。


 鉄分を混ぜた液体も試す。

 今度は逆に、透過後の液の方が妙に偏る。

 成分を全部正確に測れる設備はない。だが明らかに、何かを通して何かを止めている。


 俺は作業台の前で腕を組んだ。


「……すごいフィルターどころの話じゃなくなってきたな」


【そうです】


「これ、工場全部変わるやつでは?」


【業種によります】


「そういう冷静な返しをされると逆に怖いんだが」


 でも、ワクワクは隠せなかった。


 水。

 塩。

 不純物。

 金属イオン。


 もし“通す/通さない”を高精度で制御できるなら、浄水だけじゃ終わらない。

 半導体。化学。資源精製。医療。電池材料。

 現代文明の根っこのあちこちへ、そのまま刺さる。


「……なるほどな」


 俺は低く呟いた。


「これは東都E&L単独で抱えるやつじゃない」


【同意します】


「もっと材料屋だ」

「同じグループの別会社に持っていくべきだろ、これ」


【妥当です】


 天城の顔が頭に浮かぶ。

 資料を見た瞬間に、たぶん数分で会社名と研究所名まで出してくるだろう。


 それはちょっと悔しいが、まあ今回は仕方ない。

 こっちはまだ「とてもすごいフィルター」くらいの理解なのに、あの女はそこから工業化ラインを引いてしまうから怖い。


 俺は白い円盤を保持具から外し、改めて手に取った。


 乳白色。

 古びた真鍮枠。

 中央の黒い核。

 見た目の地味さに対して、中身がえげつない。


 宗玄はこれを、何のつもりで取っておいたんだろうな、と少しだけ考える。


 いつか使うためか。

 誰にも触らせないためか。

 あるいは、その両方か。


「とりあえず」


 俺はケースに円盤を戻した。


「明日、天城呼ぶか」


【推奨します】


「また変なもの拾ったんですけど、で通るかな」


【通ると思われます】


「だよなあ……」


 笑いながらも、俺は少しだけ疲れを感じていた。


 だが、その疲れは悪くない。

 何かを見つけた時の疲れだ。

 祖父の収集品の山は、まだほとんど手つかずなのに、そこからもう永冷石に続く次の一手が出てきた。


 しかも今度は、現場向けの地味な商売だけじゃ終わらない。

 論文の顔をして、学会の顔をして、産業構造へ潜り込むタイプの技術だ。


 それは少しだけ、今までと違う匂いがした。


 東都E&Lの製品ラインとは別の場所で。

 同じ財閥の、別の会社から。

 もっと静かに、でももっと深く、世界の側へ食い込んでいく。


 たぶん、そういう話になる。


「忙しくなるな……」


【既に忙しいです】


「知ってるよ」


 俺は苦笑して、前室の照明を少し落とした。


 作業台の上には、透明になった水の入った試験容器が並んでいる。

 その真ん中に、乳白色の円盤だけが静かに置かれていた。


 何を通し、何を通さないか。

 その性質を物質へ与える技術。


 また一つ、文明の根っこみたいなものを拾ってしまった気がする。


 そしてたぶん、これは電源や冷却よりも、もっと厄介な顔で社会へ出ていく。

 地味に見えて、実は逃げ場がない種類の技術だ。


「……祖父、あんた何をどれだけ溜め込んでたんだよ」


 答えは当然、返ってこない。


 けれど、その沈黙の代わりみたいに、ケースの中の白い円盤が、ほんのわずかに光を返した気がした。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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