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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
永冷石編

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12/23

第12話閑話 天城澪と、理屈の後を歩く研究所

 東都エナジー&ロジスティクスの総合技術研究所は、都心から少し離れた湾岸寄りの埋立地にあった。


 外観は無機質な白い箱だ。窓は少なく、敷地は広い。

 最新鋭というより、金のかかった堅実さがある。

 派手さよりも、責任を取るための建物。そんな感じだった。


 天城澪は、通用口から入ったところで来客証を受け取り、首に掛けた。

 すでに腕時計は外し、スマートフォンは持ち込み制限エリア手前のロッカーへ預けてある。手元に残っているのは、暗号化済みの社内端末と、今日の試験体に関する最低限の資料だけだった。


 資料の表紙には、仮の案件名が記されている。


EEL-TC/高性能受動冷媒材 試験評価


 仮の名前だ。

 仮の説明だ。

 そして中身は、まったく仮ではない。


 花崗岩を冷媒に変える、原理不明の技術。

 その一部だけを切り取った試験片が、今この研究所の中で、熱工学の人間たちを困らせている。


 天城は会議室のドアを開けた。


「遅れてすみません」


 中にはすでに五人が揃っていた。


 材料解析の主任研究員、熱設計担当、製品安全の担当者、量産プロセスの担当、そして知財と規制対応を兼ねる法務寄りの技術管理者。

 全員、疲れた顔をしていた。


 そのうち一人――熱設計主任の榊が、開口一番に言った。


「天城さん、先に謝っておきます」


「何をですか」


「まだ説明がついてません」


 天城は席につきながら、静かに答えた。


「それは知っています」


「いや、予想よりずっとついてません」


 榊は真顔だった。


「熱力学的にありえねーんだよこれ」


 会議室の空気が、少しだけ和んだ。

 研究者が口汚くなる時は、本気で困っている時だ。


 天城は手元の資料を開く。


「順番に聞かせてください」


「順番に言っても全部嫌な報告なんですが」


 別の研究員がそう言って、壁面モニターにデータを映した。


 温度推移。

 熱画像。

 接触面の変化。

 外気温一定条件下での低温維持時間。

 そして、通常の冷媒材との比較。


 数値だけ見れば、話は単純だった。


 異常に冷える。

 しかも静かに冷える。

 外部電源を使わず、長時間、じわじわと熱を吸う。


 問題は、その先だった。


「まず前提として」


 材料解析の主任が言う。


「試験体は花崗岩系の無機材料です。少なくとも、外形上は」

「添加剤、樹脂層、カプセル化された相変化材、隠し冷媒槽、そういったものは見当たりません」


「内部空洞も無し?」


 天城が聞く。


「ありません。切断しました。研磨しました。顕微鏡もかけました」

「“変わった石”ではありますが、“装置が仕込まれた石”ではありません」


 熱設計主任の榊が続ける。


「で、その“変わった石”が、一定条件下で外気より明らかに低い温度を維持する」

「しかも、普通の石材みたいに一回冷えて終わりじゃない」

「熱を吸う挙動が、妙に持続する」


「蓄冷材として扱えないんですか」


「その説明だと、どこかで飽和するはずなんです」


 榊は資料をめくった。


「でもこいつ、飽和が見えにくい。正確には、見えないわけじゃないんですが、説明しづらい」

「冷却材というより、“熱をどこかに捨ててる物体”みたいな挙動をする」


 会議室が静かになった。


 天城は数秒、その沈黙を受け止めた。


「つまり」


 彼女は言った。


「理屈は分からない。だが性能は出ている」


「ええ」

「嫌なほど」


 製品安全の担当者が、深いため息をついた。


「一番困るやつです」

「理屈が分かれば安全域を決められる。理屈が分からなくても性能が低ければ捨てられる」

「これは理屈が分からないのに、性能が高い」


「商品化したいとは思えない?」


 天城が聞くと、相手は即答した。


「商品化したいです」

「したいですが、その前に理屈が欲しい」


 天城は少しだけ笑った。


「正しいですね」


「正しいでしょう?」


「ですが、順番は逆です」


 その一言で、会議室の視線が彼女へ集まる。


「理屈が欲しいのは分かります。私も欲しい」

「ですが、私たちが今やるべきことは“宇宙の真理を解くこと”ではありません」

「製品として市場へ出す条件を定義することです」


 量産プロセス担当の男が、眉をひそめた。


「条件、ですか」


「ええ。要するに」


 天城は端末を操作し、新しいスライドを映した。


“分からない”を、そのまま売ることはできない。

 だが、“使える範囲”を定義して売ることはできる。


「私たちが必要なのは、完全理論ではなく運用窓口です」


 榊が腕を組む。


「言いたいことは分かりますよ。

 でも、どうやって説明するんです。こんなもの」


「でっち上げます」


 天城は即答した。


 会議室の空気が、一瞬止まった。


「……今、さらっとひどいこと言いませんでした?」


 知財担当が言う。


「誤解しないでください。嘘を売ると言っているわけではありません」

「市場が理解できる言葉へ翻訳すると言っているんです」


 そして天城は、次のスライドを出す。


公開説明用仮説


特殊加工花崗岩を基材とした高性能熱安定化複合材


微細多孔質構造による熱吸収効率向上

独自の結晶処理による安定した低温維持特性

外部電源に依存しない受動型熱制御材

一定期間・一定条件下で交換推奨

長期連続使用時は性能低下あり


「……雑だな」


 榊が言った。


「雑です」

「でも通ります」


 天城はそう返した。


「少なくとも一般市場には通りますし、業務用現場ならもっと通る」

「彼らが見たいのは理論物理の整合性ではなく、何時間、何度、どの条件で使えるのかです」


 材料解析の主任が資料を見つめた。


「性能低下、あるいは交換推奨、は“盛っている”んですか?」


「盛っているというより、保険です」


「本当はもっと持つのに?」


「はい」


 天城はきっぱりと答えた。


「むしろ、持ちすぎる方が困ります」

「理屈のない長寿命は怪しまれます」

「なら、“一定期間で交換が必要な高性能受動冷媒材”として売る方が自然です」


 知財担当が小さく呻く。


「自然……かあ……」


「自然です」


 天城は冷静だった。


「いきなり“花崗岩が無限に熱を吸います”なんて商品は存在できません」

「でも、“特殊加工した高性能冷媒プレートで、従来より長時間の熱安定化が可能です”なら存在できる」

「私たちが売るのは後者です」


 その言い方に、会議室の空気が少し変わった。


 諦めではない。

 視点の転換だ。


 榊が指で机を叩く。


「つまり理論はまだ穴だらけでもいい」

「その代わり、性能の上限と下限、交換目安、過酷環境下での劣化、そういう“商品としての顔”を先に決める」


「その通りです」


「……研究者泣かせだな」


「売る前提の研究所ですから」


 研究員たちが揃って微妙な顔をした。

 だが、それでいい。彼らはようやく、解くべき問題が“宇宙の法則”から“製品の仕様”へ下りてきたことを理解し始めていた。


「では、もう少し具体的に」


 天城はさらに整理する。


「まず、現時点での用途を絞ります。

 大規模冷蔵物流、食品、一般民生は後回し」

「最初に狙うのは、重量増を許容できて、なおかつ低温維持に高い価値がある業務用途です」


 画面が切り替わる。


初期用途候補

業務用バッテリーケースの熱安定化ライナー

精密ドローン機材用保冷・熱安定化パネル

港湾・高温現場向け携行保冷ボックス

医療・検体輸送向け小型保冷モジュール


「この順番なら、既存のEEL-RX顧客と重なります」

「販路を流用できる」

「“東都E&Lは電源だけでなく熱管理にも強い”という評価を作れる」

「そして何より、用途が限定されている分、異常性能を説明しやすい」


 量産担当が口を開く。


「重量の問題は?」


「むしろ武器になります」


「武器?」


「ええ。軽くて万能なら怪しい」

「石材ベースだから重い、加工が必要、用途が限られる。これはむしろ自然さに繋がります」

「“超技術”ではなく、“尖った業務用素材”に見せやすい」


 なるほど、と何人かが頷く。


 製品安全の担当者が、資料を見ながら言った。


「冷却能力は十分に高い。

 ただし重量がある。

 だから持ち運びより“組み込み”や“内張り”向き」

「その説明でいくなら、たしかに無理がないですね」


 榊がまだ不満げに言う。


「でも熱力学的に気持ち悪いのは変わらない」


「気持ち悪さは研究室の中だけに留めてください」


 天城はさらりと返した。


「外には“独自加工花崗岩系熱安定材”で十分です」


「ひどい」


「でも正しい」


 知財担当が、半ば降参した顔で手を上げた。


「特許は?」


「コアには触れません」


 天城は即答した。


「特許化しようとすると説明義務が発生します。

 説明できない部分が多すぎる。ここはブラックボックス工程のまま握るべきです」

「代わりに、製品構成、ケース設計、実装方法、交換運用、保証範囲で周辺知財を押さえます」


 会議室の空気が、今度は少し前向きな種類のざわめきへ変わった。


 完全な理解ではない。

 だが、進め方が見えた時のざわめきだ。


「要するに」


 榊がまとめるように言う。


「“原理不明だが使える”を、

 “原理は社外非公開だが、用途限定の高性能冷媒材”へ翻訳する」


「その通りです」


「で、社内では?」


「社内でも全部は共有しません」


 天城は静かに答えた。


「共有範囲は必要最小限です。研究所は“性能評価と商品化条件の策定”まで」

「原理解明は継続。ただし、現時点では優先順位を下げる」

「先に売れる形を作る」

「それが今回の方針です」


 その言葉に、製品安全の担当が深く椅子へもたれた。


「……何というか」


「はい」


「無茶な案件なんですが、妙に筋が通ってるのが腹立ちますね」


 会議室のあちこちで、小さな笑いが起きた。


 ようやく、研究者たちの肩から少しだけ力が抜けた。


 天城はその空気を見て、最後に一つだけ釘を刺した。


「いいですか。

 これは“魔法の石”として扱った瞬間に終わります」

「ですが、“使いどころを絞った異常に優秀な冷媒材”としてなら、現代社会へ滑り込ませる余地がある」

「私たちが売るのは奇跡ではなく、現場の解決策です」


 その一言は、研究所の人間たちにかなり効いたらしい。


 榊が、半ば諦めたように資料を閉じる。


「分かりました。じゃあやりましょう」

「理屈は気持ち悪いままですが、製品仕様は作れます」

「冷却能力はマージン込みで切る。交換推奨期間も仮置きする。過酷環境試験はこっちで回す」


「ありがとうございます」


「ただし」


 榊は天城を見た。


「これ、本当にどこから持ってきたんです?」


 会議室がまた静かになった。


 天城は一秒だけ間を置いてから、微笑んだ。


「それを研究所で考えるのです」


「丸投げだこれ!」


 さっきまで張り詰めていた分、笑い声はさっきより少し大きかった。


 だが、その笑いは長くは続かない。

 すぐに全員が画面へ目を戻し、試験計画と製品仕様の詰めに入る。


 受動冷却材としての使用限界。

 交換目安。

 重量と冷却能力の相関。

 ケース内実装時の結露管理。

 輸送用モジュールとしての外装材との相性。

 “説明できる範囲”をどう切るか。


 会議は二時間を超えた。

 終わる頃には、研究者たちの顔から「熱力学的にありえねーんだよこれ」という生理的拒絶感は消えてはいなかったが、その代わりに「どう売れる形にするか」という実務の目が入っていた。


 それで十分だった。


 会議室を出たあと、天城は一人、廊下の窓際で立ち止まった。


 夕方の薄い光が、研究棟の向こうの海へ落ちていく。

 ガラスに映った自分の顔は、少し疲れていた。だが悪くない疲れだった。


「また面倒なものを持ってきましたね、久世さん」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。


 電源の次は冷却。

 しかも、ただの高性能冷媒ではない。

 原理を語れず、しかし性能は否定できず、商品化すれば確実に市場を持っていく種類の技術。


 普通なら、こんなものは研究室の奥で止まる。

 あるいは軍事、国家、巨大企業のどこかで封じられる。


 けれど、久世恒一はそれを、業務用の顔をつけて現場へ流し込もうとしている。


 地味で、現実的で、だからこそ厄介だ。


 天城は小さく息を吐き、端末を開いた。


 件名:EEL-TC 初期商品化方針(限定共有)

 宛先:限られた数名のみ。


 本文の最初の一文を打つ。


「本件は、既存熱制御材の延長として市場投入する。ただし、通常の延長と考えてはならない。」


 書いてから、自分で少しだけ笑った。


 理屈はまだない。

 説明も仮だ。

 でも、売り方は見えた。


 それで十分、前に進める。


 東都E&Lは、また一つ、普通ではない製品を“普通の業務用品の顔”で世に流す準備を始める。

 そしてたぶん、それが一番危ない。


 天城澪はその危うさを理解していた。

 理解した上で、止めるつもりはなかった。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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