第6話 食人植物の森と、極上のベーコン巻き
北への道中、一行は「帰らずの森」と呼ばれる地帯に足を踏み入れていた。 鬱蒼と茂る木々が日光を遮り、昼間でも薄暗い。
「ボ、ボルグさん……ここ、雰囲気ヤバくないですか?」
御者台のリズが身を震わせる。 周囲からは、ガサゴソと何かが這い回る音が絶え間なく聞こえてくる。
「そうか? 俺には宝の山に見えるがな」 『貴様の目は節穴か? 殺気だらけだぞ。四方八方から敵意を感じる』
魔剣グラムが警告を発した瞬間だった。
シュバッ!
茂みから、太い緑色の「鞭」のようなものが飛び出した。 一本ではない。十、二十……無数のツタが、生き物のようにうねりながら馬車に襲いかかる。
「ひゃあっ!? これ、『キラー・アイビー(殺人蔦)』です! 絡みつかれたら養分に……!」 「騒ぐな。野菜不足の解消にはちょうどいい」
ボルグは馬車の引き具を外すと、魔剣を抜き放った。
『汚らわしい! 草刈りなど御免だぞ!』 「ただの草じゃない。よく見ろ、あの先端の若芽を」
襲い来る殺人蔦。その先端は柔らかく、瑞々(みずみず)しい緑色をしている。 ボルグは迫りくるツタを回避するどころか、自らその渦中へ飛び込んだ。
ヒュン、ヒュン、ヒュン。
最小限の動きで剣を振るう。 敵を倒すための斬撃ではない。「収穫」のための精密なカットだ。 根元から切れば枯れてしまうが、先端の美味しい部分だけを切り取れば、また生えてくる。持続可能な農業(?)だ。
『やめろ! 緑色の汁が! 葉緑素がつくぅぅ!』 「こいつの繊維は強靭だ。普通の刃物じゃ潰れて筋が残るが、お前なら細胞を壊さずスパッと切れる。えぐみが出ないんだ」
数分後。 襲撃してきた蔦たちは、先端の美味しい部分だけを綺麗に刈り取られ、恐れをなして森の奥へと縮こまってしまった。 ボルグの腕には、大量の山菜――もとい、キラー・アイビーの若芽が抱えられていた。
*
森を抜けた河原で、昼食の準備が始まった。
「いいかリズ。肉ばかり食べていると血が濁る。兵士にとって野菜の摂取は任務の一環だ」 「は、はい。でもこれ、さっきまで私を絞め殺そうとしてた植物ですよね……?」
リズは緑色の棒きれ(アスパラガスに似ている)を恐る恐る見つめる。ボルグは、以前仕留めたアイアン・ボアのバラ肉――保存用に塩漬けと燻製にしておいた自家製ベーコンを取り出した。 それをナイフで薄くスライスし、蔦の若芽にくるくると巻き付けた。
「『殺人蔦のベーコン巻き』だ。シンプルだが、これが一番素材の味を活かせる」
熱したフライパンに並べると、すぐにジューッという食欲をそそる音が立ち上った。 ベーコンから染み出した脂が、蔦の表面を揚げ焼きにしていく。 肉の焼ける香ばしい匂いと、新鮮な野菜の青々しい香りが混ざり合う。
「味付けは塩と胡椒。最後に少しだけ、隠し味の果実酒を垂らす」
ジャァァッ! アルコールが飛び、芳醇な香りが具材を包み込む。 表面がカリカリになったところで完成だ。
「熱いうちに食え」 「い、いただきます……あむっ」
リズが口に放り込む。 シャクッ! 小気味よい音が響いた。
「!!」
目を見開くリズ。 ベーコンのカリカリ感と、濃厚な塩気。それを、中の蔦が受け止めている。 噛んだ瞬間、若芽からジュワッと溢れる熱々の水分。それは驚くほど甘く、筋っぽさが全くない。
「あま……甘いです! なにこれ、果物みたいに瑞々しい!」 「キラー・アイビーは獲物の血を吸うために維管束が発達しているからな。水分と糖分を溜め込んでいるんだ」 「ベーコンの脂っこさを、野菜の水分が洗い流してくれて……これならいくらでも食べられます!」
リズは次々と串に手を伸ばす。 野菜嫌いの子供でも、これなら皿まで舐めるだろう。
『……ふん』 鞘の中で、グラムが不貞腐れた声を出した。 『我は認めんぞ。所詮は草だ。肉の引き立て役にすぎん』 「お前だって、手入れの油だけじゃ錆びるだろう。たまには鞘を掃除してやるから機嫌を直せ」
ボルグは焚き火を見つめながら、焼けたベーコン巻きを齧る。 シャクシャクとした歯応え。 かつて戦場で、泥にまみれながら食べた野草のスープとは違う、豊かな「食事」の味がした。
「次は北の国境だ。そこを越えれば、雪原は近い」
栄養バランスも整った一行。 だが、国境には、これまでの魔獣とは違う「人間の壁」が待ち構えていることを、ボルグはまだ知らない。




