第7話 鉄壁の関所と、とろける兵糧スープ
北の国境には、巨大な城壁がそびえ立っていた。 帝国と北の小国を隔てる『鉄の関所』。 ここを越えなければ、目指す雪原には辿り着けない。
「とまれェェッ! その怪しい馬車を止めろ!」
予想通り、ボルグたちは門の前で槍を突きつけられた。 衛兵たちの目は血走っている。 無理もない。最近、国境付近では盗賊団や魔獣の被害が増えており、警備は最高レベルに引き上げられていたのだ。
「……厄介だな」
ボルグが馬車(引き具は外している)から降りると、ガチャガチャと金属音をさせて騎士隊長が現れた。 神経質そうな細身の男だ。
「貴様、何者だ。その背中の大剣……タダモノではないな。密偵か? それともお尋ね者の傭兵か?」 「ただの料理人だ」 「ふざけるな! 料理人がそんな禍々しいオーラを放つ剣を持つか!」
隊長がグラムを指差す。 グラムは鞘の中で『殺せ……こいつの喉元を食いちぎれ……』と漏らしており、その殺気がダダ漏れだった。
「隊長! こいつら、間違いなく危険分子です! 連行しましょう!」
部下たちが殺気立つ。 リズが青ざめて「ち、違います!」と弁解しようとするが、聞く耳を持たない。 一触即発の空気。 だが、ボルグは鼻をひくつかせ、全く別の方向を見ていた。
「……アンタら、昼飯はまだか」 「あ? 何の話だ」 「衛兵たちの顔色が悪い。それに、さっきから漂ってくる匂い……煮込み不足の豆と、岩のように硬い干し肉の匂いだ」
図星だったのか、兵士たちの肩がビクリと跳ねた。 国境警備の兵糧は劣悪だ。特に保存用の干し肉は「靴底」と呼ばれるほど硬く、そのまま煮込んでもゴムのようで、兵士たちの顎と胃袋を痛めつけていた。
「食事が不味いと士気が下がる。判断力も鈍るぞ」 「貴様……我々の兵糧を侮辱するか!」 「証明してやる。俺なら、その『靴底』を絶品スープに変えられる」
ボルグは挑発するように言った。 隊長は眉間の青筋をピクリとさせたが、同時に空腹の虫がグゥと鳴いた。
「……いいだろう。もし出来なければ、公務執行妨害で投獄だ」
*
関所の調理場。 ボルグの前には、支給された「帝国軍制式・特硬干し肉」が置かれていた。 カチカチに乾燥した牛の筋肉だ。ナイフはおろか、斧で叩いても割れない代物である。
『おい。まさかとは思うが』 「頼むぞ、グラム」 『嫌だ! 断る! 我は人の命を断つ剣だ! そんなミイラみたいな肉片を削るための道具ではない!』
ボルグは構わず魔剣を抜いた。
「この肉は、普通に戻しても不味い。繊維を『原子レベル』で極薄にスライスするしかないんだ」
シュンッ。
魔剣が走る。 目に見えないほどの速さ。 硬度において鉄をも凌ぐ干し肉が、音もなくスライスされていく。 その薄さは、向こうが透けて見えるほど。鰹節よりも薄い、絹のような削り節になった。
「なっ……なんだその剣技は!?」
見守っていた隊長が腰を抜かす。 ボルグは削った肉の山を、沸騰した鍋――香味野菜とミルクを煮立てたスープ――に一気に投入した。
「仕上げだ」
極薄にされた干し肉は、スープに入れた瞬間に解けた。 凝縮されていた旨味が爆発的に溶け出し、ミルク色のスープが黄金色に染まっていく。 とろみがつき、濃厚なポタージュのようになった。
「完成だ。『靴底のミルクチャウダー』」
器に盛られ、差し出されたスープ。 隊長は疑わしげにスプーンを口に運んだ。
「……!」
カチャン、とスプーンが落ちた。 硬い、臭い、不味いの三重苦だった干し肉が、口の中で雪のように溶けたのだ。 噛む必要すらない。 肉の旨味と塩気が、優しいミルクの甘みと融合し、冷え切った体に染み渡る。
「う、美味い……! これが、あの靴底か……?」 「お代わりならあるぞ」
兵士たちも次々と群がった。 殺伐としていた関所が、一瞬にして温かい食堂に変わる。 *
一時間後。 満腹になり、憑き物が落ちたように穏やかな顔になった隊長は、通行許可証にハンコを押してくれた。
「……行ってよし。ただし、その剣のことは他言無用にしておけ」 「感謝する。アンタらも、たまには温かいものを食えよ」
ボルグが馬車を引いて歩き出すと、背後で隊長が敬礼している気配がした。
『……解せぬ』
鞘の中でグラムが低く唸る。
『我は「魔剣グラム」だぞ。なのになぜ、最近は「万能調理器具グラム」扱いされているのだ。兵士たちも、我を見て恐怖するどころか「ごちそうさまでした」みたいな目で見てきおって……』 「人斬り包丁よりはマシだろう」 『そういう問題ではない! プライドの問題だ!』
関所を越えると、空気は一変した。 肌を刺すような冷気。 目の前には、見渡す限りの銀世界が広がっている。
「ボルグさん! 雪です! 北の大地です!」
リズが歓声を上げる。 ついに、最初の目的地である雪原に到着したのだ。 ここには、皮下脂肪をたっぷりと蓄えた「氷雪の魔獣」たちが待っている。
「さあ、仕入れの時間だ」
老兵と少女と魔剣の旅は、いよいよ本格的な「美食の探求」へと突入していく。




