第29話 美食の階級社会と、深海魚のフォアグラ
美食都市ガストロノミア。 大通りには三ツ星レストランが立ち並び、貴族や富豪たちが優雅に食事を楽しんでいる。 しかし、ボルグたちが向かったのは、華やかなレストラン街ではなく、中央卸売市場の「廃棄場」だった。
「うぅ……臭いですボルグさん。生ゴミの匂いがします……」 「宝の山だと言え、リズ。この街の連中は舌が肥えすぎて、少しでも見た目が悪い食材はすぐに捨てる」
ボルグが目を光らせてゴミ捨て場を漁る。 そこへ、純白のコックコートを着た男が、鼻をつまみながら部下を怒鳴りつけていた。
「捨てろ捨てろ! こんな醜悪な魚、我がレストラン『グラン・ブルー』の厨房に置くだけで美意識が汚れる!」
男が蹴り飛ばしたのは、巨大な口と不気味な突起を持つ、グロテスクな深海魚だった。 『アビス・モンクフィッシュ(奈落アンコウ)』。 深海に棲む魔魚で、その見た目の醜さから、この街では「悪魔の失敗作」として忌み嫌われている。
「待て。それを捨てるなら俺が貰う」
ボルグが声をかけると、男――三ツ星シェフのピエールは、蔑むような目を向けた。
「フン、乞食か。好きにするがいい。そんなゲル状の怪物を食べるなど、正気の沙汰ではないがな」
ピエールたちは嘲笑を残して去っていった。 残されたのは、泥のようにヌメヌメした巨大魚。
『……おい。本気か? これ、我も触りたくないぞ。ヌルヌルで滑って斬れん』 「見た目に騙されるな。こいつの肝臓は、『海の宝石』だ」
*
ボルグは市場の片隅で、手早くアンコウの解体に取り掛かった。 ヌメリの強い皮を、魔剣の背を使って器用に剥ぎ取る。 そして腹を裂くと、そこにはオレンジ色に輝く、巨大な肝臓が詰まっていた。
「デカい。最高級の脂の乗りだ」
ボルグは血管を丁寧に取り除き、塩と酒(先ほどの海賊ラム酒)で臭みを抜く。 それをアルミホイル代わりの「耐熱バナナの葉」でソーセージ状に巻き、蒸し器へ。
「蒸す時間は30分。だが、俺たちにはそんな時間はない」
ボルグは蒸し器の蓋の上に魔剣を置いた。 そして、魔剣に魔力を流し込み、超高温に発熱させた。
『熱っ! 熱いって! 我をカイロにするな!』 「圧力鍋の原理だ。上から熱と圧力を加えて、一気に蒸し上げる」
シュシュシュシュッ……! 猛烈な蒸気が噴き出す。 わずか5分。 ボルグは火を止め、葉を開いた。 そこには、艶やかなオレンジ色の固まりが、ふっくらと蒸し上がっていた。
厚切りにして皿に盛り、紅葉おろし(唐辛子と大根)と、特製のポン酢をかける。 仕上げに刻みネギ。
「『奈落アンコウの蒸し肝』だ」
見た目は完全に高級フレンチのテリーヌだ。 先ほどまでゴミ扱いされていた魚の一部とは思えない。
「ど、どう見ても高級料理です……。いただきます」
リズが恐る恐る口に運ぶ。 舌の上に乗せた瞬間。
「んんっ……!!」
とろけた。 濃厚。あまりにも濃厚な脂の甘み。 まるで上質なバターと生クリームを濃縮したようなコクが、口いっぱいに広がる。 しかし、ポン酢の酸味と紅葉おろしの辛味が、その後味を驚くほど爽やかに切ってくれる。
「フォアグラ……いえ、それ以上です! 臭みなんて全くない! クリーミーで、お酒が欲しくなる味です!」 「海のフォアグラとはよく言ったものだ。捨て値でこんな美味いものが食えるとはな」
その芳醇な香りに釣られて、先ほどのシェフ・ピエールが戻ってきた。
「な、なんだこの芳しい香りは……! まさか、あのゴミ魚か!?」
ピエールは信じられないものを見る目で、皿の上の「黄金」を凝視した。 ボルグは一切れをフォークに刺し、ニヤリと笑って差し出した。
「食ってみるか? お前の『美意識』が変わるかもしれんぞ」
プライドと食欲の葛藤の末、ピエールはパクりと食べた。 その瞬間、三ツ星シェフの膝がガクンと折れた。
「……負けた。食材の真価を見抜けない私は、シェフ失格だ……」
アンコウの肝は、高慢なシェフの鼻を見事にへし折った。 だが、これはまだ序の口。 ボルグはこの街で、さらなる「食の革命」を起こすことになる。
「おい、次のゴミ捨て場に行くぞ。次はどんな宝が埋もれてるかな」 『……頼むから、次はヌルヌルしてないやつにしてくれ』




