目覚め
それから一週間が経った。すっかりと回復した夏樹と秋穂は退院し、日々訓練に励んでいた。千春はというとまだ目覚めないままでいた。
何時も通りの時間に皆で千春のお見舞いへと、千春の病死へと入った。すると、そこには上半身を起こし、窓の外を眺めている千春の姿があった。皆、驚いた様子で千春の元へと駆け寄る。
「千春姉さん! 目を覚ましたんだ!」
興奮冷めやまない様子で千春の手を握った夏樹を鬱陶しそうな目で見た。
「たった今目が覚めたよ。だから、あんまり煩い声をだすな。頭に響く」
「体の調子はどう?」
秋穂に尋ねられた千春は自分の手を握ったり開いたりして調子を確かめているようだ。
「まぁ、普通と言えば普通かな。死んだと思ったんだけどなぁ。
あっちでさ、母さんに会ってさ」
千春は再び窓の外に視線を戻した。
「母さんはなんて言ってたの?」
「千春がこっちに来るにはまだ早いって。あんなに怒られたのは母さんのプリンを黙って食べた時ぐらいだよ」
「それなら相当怒っていたみたいですね」
美冬利は怯えるように自分の肩を震わせながらそう言った。
「普段は優しいけど、プリンのことになると人が変わるよな、うちの母さんは。でも、最後は優しい顔で頭を撫でてくれたんだ。思わず泣きそうになった」
千春がそう言うと夏樹は噴き出すように笑った。
「とか言って、実際は泣いていたんじゃないの? これこそ本当に鬼の目にも涙ってやつだね」
「夏樹、家に帰ったら覚えとけよ。リハビリの相手にしてやるよ」
千春はそう言うと罰が悪そうに病室の隅に立っていた楓に声をかけた。
「ていうか、楓はなんでそんな隅っこに立っているんだよ。もうちょっとこっちにこいよ」
そう言われた楓は俯きながら千春に近付いた。
「…すみません、僕のせいで千春さんに迷惑かけて」
楓がそう言うと今度は千春が噴き出すように笑った。
「お前、何言ってんだよ。確かにこんな形になってしまったけど、お前が雷鬼を倒したんだろ? それならそれでいいじゃねぇか。お前が倒してくれなきゃ、この町がいや、日本が無くなっていたかもしれないんだ。お前は立派なことをしたんだよ。もし、私の家族や他の奴らがお前の事を悪く言うなら、そいつは何も分かっちゃいねぇ。私がぶっ飛ばしてやる。お前は立派に胸を張っていいんだよ」
千春はそう言ってニコリと笑った。励まされた楓は目の淵に涙を浮かべながら「ありがとうございます」と笑顔で返した。すると、丁度そのタイミングで秋寺が病室へと入ってきた。
「やぁ、千春ちゃん。目を覚ましたみたいだね。助かって良かったよ」
秋寺はニコニコしながらそう言った。そして、すぐさま表情を戻し、話を続けた。
「ちょっと、千春ちゃんに話がある。みんなはもう知っていることだ」
秋寺はそう言うと千春が助かった経緯を話した。それと同時に武鬼が取り出せないことも。千春は驚いた表情で秋寺を見たが、同時に納得したような表情を浮かべた。
「つまり、私はもう戦えないんだな」
哀愁の漂う声でそう呟いた。
「残念だけど、そういうことになる」
「あの、この前聞きそびれたのですが、どうして千春さんはもう戦えないんですか? 武鬼が取り出せなくとも代わりの刀を持てば、千春さんの身体能力なら戦えるのではないんですか?」
楓はあの日の夜に聞けなかったことを秋寺に尋ねた。秋寺が説明しようと口を開いたが、それを千春が止め、代わりに説明を始めた。
「あれはな、武鬼があって初めて成り立つ技なんだよ。みんなそうだが、武鬼を使用することで身体能力も底上げされているんだ。つまり、武鬼が出せないのに鬼と戦うのは木の枝を持ってライオンの群れと戦うのと同じなのさ」
「…そうだったんですか」
楓は悲しそうに下を向いた。
「まぁ、せっかく生かされた命だ。やれることはやるさ。
で、秋寺叔父さん。退院は何時になりそう?」
「僕的には別に今日でもいいんだけど、やはり、藪なりにも医者だからね。ある程度の精密検査を受けてもらうから、二日後かな」
「二日後か。…と言うわけだ。お前ら、お見舞いのプリン忘れんなよ」
千春はそう言うと一番の笑顔を見せた。




