さよなら、だ。
千春は雷鬼の方を見てニコリと笑った。雷鬼はその場から動くことなく千春の方を見ると鼻で笑った。
それが合図だったかのように鬼は再び千春達に向かって襲い掛かった。左右上下からくる鬼達を千春は寸の所で躱し、得意のカウンターで一体、また一体と倒していく。鬼人となった楓も二体、三体と襲い来る鬼を倒していった。
着実に減っていく鬼達。高みの見物をしている雷鬼は少しずつ苛立ちを見せていた。
「チッ、雑魚二人に何を手間取っているんだが。
…ただ殺すだけじゃつまらんな。あの女には悲劇のヒロインでも演じてもらおうか」
雷鬼はそう言うと腰掛けたまま人差し指を楓の方に向けた。そして指をパチンと鳴らす。その瞬間、倉庫内はけたたましい轟音と眩い光に包まれた。
「あぶねぇ!!」
千春はそう言って手に持っていた武鬼を投げ捨てると楓の元へ急いだ。雷鬼が繰り出したのは雷。普通に考えて間に合う距離では無かった。
「……ッ」
楓はゆっくりと目を開く。不思議と体に痛みはない。光にやられた目も徐々に慣れてきた。楓は自分の目の前の光景を見て言葉を失った。
「…怪我、はねぇか?」
楓の目の前には顔から全身にかけて樹状の傷が走っている千春の姿があった。
「ち、千春さん? 千春さん! す、すぐに病院にいきましょう!」
楓がそう言うと千春は膝から崩れ落ちた。楓はそれを受け止める。千春の呼吸はとても浅く、すでに虫の息であった。
雷鬼はその様子をやはりその場から動くことなく、ただただ傍観していた。すると他の鬼が千春にトドメを刺そうと動いた。その瞬間、先程と比べると控えめな雷がその鬼を襲う。
「いいところを邪魔すんじゃねぇよ。今際の別れを邪魔するのはアホのすることだ。黙って見とけ」
雷鬼はそう言うと組んでいた足を組み替える。
「…あぁ、畜生。こんな、ところで終わるなんてなぁ」
千春は天井を眺めながら弱弱しく呟いた。
「何を言っているんですか! まだ諦めないでください! 秋寺さんのところに行けば助かりますよ!」
「いや、もう無理だ。私の体は、私が一番分かってる。
…楓、顔、近くに寄せてくれ」
千春にそう言われた楓は素直にそれに従い、千春に顔を近づけた。するとその瞬間、楓の唇に千春の唇が重なった。
「ふっ、私のファーストキスだ。お前にくれてやる」
千春はそう言うとニコリと笑った。そして、独り言を呟き始めた。
「…生まれ変わったらな。普通の、女の子になるんだ。普通って言うのはよく分からねぇ、けど、きっと、鬼のことなんて何も知らない、女の子になって、学校行って、部活して、おしゃれして、恋愛して、平凡に暮らしていくんだ。来世ぐらい普通でいいよな…
楓、美冬利達のこと、頼んだ。もう、さよなら、だ」
千春はそう言うと静かに目を閉じた。もう息をしていない。楓は千春を抱きかかえたまま嗚咽を漏らすように泣き叫んだ。
その様子を見ていた雷鬼は鼻で笑う。
「やっぱ別れってのは悲しいよな。その気持ちだけはよーく分かるぜ。まぁ、そんな泣くな。今から同じところに送ってやるから」
雷鬼はそう言って再び人差し指を楓に向けると雷を放った。楓は雷鬼に背中を向けたまま右腕を後ろに振った。
雷鬼の放った雷は楓の振った右腕によって跳ね返され雷鬼の頬を掠めた。
楓は静かに千春をその場に置くと振り返った。その表情は無だった。怒りも憎しみも感じられない。ただ赤い目から赤い涙が延々と流れていた。雷鬼の雷を跳ね返した楓の右腕は異形の形に変わっておりどこか禍々しさを感じる。
雷鬼はその楓を見て、身震いをした。雷鬼だけではない。その場にいた鬼達は一刻も早くここから離れなければ確実に死んでしまうことを瞬時に悟った。
「…いい面構えになったな。久々にたのし―
「これ以上喋るな。息をするな。この世に存在すんな」
楓は雷鬼との距離を一気に詰め、雷鬼の顔面を鷲掴みにするとそのまま地面に叩きつけた。
「死ね」
楓はそう言うと鷲掴みにしていた雷鬼の顔をそのまま握りつぶした。辺りには雷鬼の血が広がる。雷鬼の体はしばらく跳ねまわったが、やがて動かなくなった。
余りにも唐突な出来事に周りにいた鬼は動けなかった。その間、僅か十秒程だった。たったその十秒の間で倉庫内にいた十七体の鬼は楓の手によって殺された。
楓はふぅと一息つくと、背後から鬼の気配がした。
「あぁ、そうか。お前ぐらいのレベルになると頭潰されても生きてるんだっけ。初めて会った時は怖かったけど、今はそうでもないね」
楓はそう言って雷鬼の体に自分の手を突き刺すと何かを引き抜いた。楓の手には雷鬼の心臓が握られていた。まだ脈を打っている。楓はそれを表情を変えることなく握りつぶした。血が飛び散る。楓は手についた血を払うと千春の元に歩み寄った。
「…千春さん、仇討ちました。帰りましょう」
楓はそう言うと近くに落ちていた千春の武鬼を手に取り、千春を抱きかかえると倉庫を後にした。




