失敗勇者と二人
袴を着た女性――正確には巫女服を着た女性は、アイリスとベロニカを引き連れ神社の境内を歩いて行く。
周りには普通の参拝に来ている人達もいるのだが、その人たちが歩くルートとは別の小道のような所を無言で歩き続ける。
そのまましばらく歩いたあとこちらへ振り返り「こちらで清めを」と言って来た。
私はタケミカヅチ様への拝謁は初めてで何を言っているのかが分からず横のアイリスに視線を向けると、アイリスは前に進み出て彼女の後ろにある小さな建物――手水舎と呼ばれる場所らしい――で柄杓を右手に持ち水を汲み左手を洗う。
その後も、何か意味ありげな所作をした後柄杓を元に戻し「同じように清めてください」と……ええ! 急に言われてもわからないわよ!
そんなことを思いつつ、アイリスの動きを思い出しながら清めようとしたところ巫女服を着た女性が隣に来て「私と同じことをしてください」と、アイリスの時とは違い親切に教えて頂けた。
なぜアイリスはここまでウグジマシカ神聖国――いえ、タケミカヅチ様の巫女たちに嫌われているのでしょうと疑問はあるが、流石に今聞ける様な事ではないので宿にでも戻ったら聞いてみようかしらとベロニカは思う。
ただ、入国の際にもゴタゴタしましたし……もしかしたら前勇者様の時に何かあったのでしょうか?
それとも、単にアイリスが嫌われているだけ……と言うのも何かおかしな気がしますがわからないですね。
そんなことを考えている間にも歩みを勧め……そして、先行する巫女が歩みを止めて振り返る。
「この先の門をくぐればまもなく本殿ですので、周りの物などお触りにならない様お気をつけください。」
そう私に微笑みかけ冷たい視線をアイリスに向けた後、彼女は門をくぐり中へ入って行く。
頭を下げながら泣いている少年と、空を見上げながら泣いている少女。
この時二人はまだ新人で、先に村を出た人達に誘われ同じパーティに入れてもらっていたらしいのだが、はぐれのトロールとの戦いで自分達を無くなってしまったようだ。
二人の様子に俺達はどう対応していいか困惑してしまっていたが、イザベルが歩み寄り二人を抱きしめた。
「いいのよ。仲間が亡くなった時ぐらい一杯泣いて良いのよ」
その優しい声に二人はイザベルにしがみ付きわんわんと泣き出してしまった。
周りの冒険者達も彼らの境遇を察したようで、悲痛な面持ちをして二人を見つめる者達もいた。
恐らく彼らも何らかの理由で仲間を失ったりしたことがあるのだろう……冒険者と言う死と隣り合わせの仕事を選んだのだから仕方が無いのかもしれないが、二人の事も周りの人達の事も見てはいられず俺は空を見上げる。
見上げた空には雲は少なく、元の世界と比べ物にならないくらい蒼く澄んだ空に太陽が光り輝く美しい空が広がっている。
こんなにも綺麗な世界なのに……何とも厳しい世界なんだな。
二人が泣き止むまでイザベルが抱きしめ、彼らの仲間を悼む冒険者達も俺達を囲んだまま離れなかった。
「……すみません」
「……ありがとうございます」
「いいのよ。少しは気が晴れたかしら」
「はい。いつまでも泣いてたら兄ちゃんたちに怒られちゃいます」
「そうよね。皆の分も頑張って生きないとね。あの、見ず知らずの私達の為にありがとうございました」
二人は泣き腫れた顔で頷き、イザベルから離れ再度お礼を言って去ろうとしたのだが……周りにいた冒険者達が集まってきた。
「あーボウズ共。お前たちのが仲間と別れたのはどのあたりだ?」
「あの……その……それはなぜですか」
自分の聞き方が悪かったと思い頭を掻く冒険者は、仲間に肘打ちされて代わりに別の冒険者が二人に話しかける。
「私達も仲間を失ったことがあるの。私達もその時はあなた達と同じように逃げ帰ったのだけど……その時の仲間の遺品を他の冒険者の人達が届けてくれたの……だからね」
なるほど、彼らもそのまた彼らの知り合いの遺品を届けてくれた冒険者も、ペイフォワード――誰かから受けた恩を他の誰かに繋いでいく――そんなことが先輩から後輩へ連綿と伝えられているんだね。
「「ありがとうございます」」
「気にしないで良いのよ。それで、どのあたりだったかわかるかしら?」
地図を広げた冒険者に彼らは場所を指し示し手伝え、場所を聞いた冒険者パーティは「遺品を見つけたらギルドに預けておくから受け取っておいてね」と言ってダンジョンへと入っていた。
二人はダンジョンに入って行く冒険者達が見えなくなるまで頭を下げ、その後街へと戻る道を歩き始めた。
……まあ、お人好しの鉄の盾がその二人を放っておくわけもなく、街までの道中を一緒に歩いていく。
この時イザベルとマリアは、二人に亡くなった仲間の事やこれからどうしていくのか色々を聞いてあげて、相談にも乗ってあげていた。
その縁もあり、街で見かけた時やギルドであった時には皆声をかけてあげていた。
そして、俺達が再度準備してダンジョンに潜る買出しをしている時に二人に会い、二人で出来る仕事はどれが良いかと相談を受けた時に――。
「二人は確か料理とか出来たわよね? だったら、私達のパーティの臨時に入ったらいいんじゃないかしら」
「え、良いんですか!」
「もしよろしければお願いしたいです。私達二人ではあまり冒険者としての仕事が出来ず……その……」
女の子の方が口ごもった瞬間にお腹が鳴り、顔を真っ赤にしていた。
その音に皆が顔を見合わせ少し笑った後、二人を連れて食堂に入り臨時での仕事内容と金額について相談しながら食事をした。
もちろん食事は俺達が奢った。
その時に色々話を聞くと、この子達が受けられる様な仕事でギルドにある依頼だと、薬草採集や雑用系の依頼ばかりで金銭的には安めの物が多く、彼ら二人では動物や魔物を討伐するには難しく困っていたようだ。
薬草採集は常設依頼ではあるのだけど、薬草の量で報酬が上がるが一束銅貨一枚と行く格安で、運良く群生地でも見つけなければ中々骨が折れる仕事なのだ。
そう言った事情もあり、二人は俺達がダンジョンに潜る際に臨時でパーティに加入し、食事の支度や荷物番などをやってもらっている。
それから半年ほどが経ち、彼らは銅級から鉄級にもう少しで上がれそうなほど腕も上げたし、基本的にまじめに行動してくれのでダンジョンに潜る際はいつも臨時に誘っているのだ。
俺達が戻ってくるといつも食事や飲み物が準備されており、定期的に魔物避けを撒きに行ったり休憩中に見張りをしてくれたりとかなり重宝している。
そして目の前には二人が準備をしてくれた料理が机に並び、ダンジョンではなかなか食べられない手の込んだ料理が並べられている。
二人は今戻ってきた俺達の代わりに見張りをする為に通路を小走りしていた。
「ふたりともありがとう。それじゃあ先に頂こうか」
イザベルが二人の背中に声を掛けていた。
用意されていたのはダンジョンのようなところでは珍しい、野菜と肉がたっぷり入ったスープに白パンと呼ばれる柔らかなパンだ。
ダンジョンでは野菜の日持ちせずかさばるもの持ってくるものはあまりおらず、白パンは値段も関係あるが古くなると堅くなるため持ち込むものは少ない。
ただ、俺たちの場合は俺のアイテムボックスがあるし今の俺たちには金銭的余裕もある為、多少贅沢ではあるがこういった嗜好品のようなものを持ち込んでいた。
俺たち四人がキャンプ地設置されたテーブルセットに腰をかけながら食事を始める。
このテーブルセットも俺が魔法で作り上げ、撤収する際にいつも解体している。
「相変わらずルーシーとエリクの作る飯はうまいな! これなら冒険者じゃなく飯屋で働いた方が儲かりそうなもんだけどな」
「それはダメよグランツ。普通の店だとウェイトレスか皿洗いしか雇わないし、給金もかなり安いじゃない」
グランツの言葉を否定し、イザベルが実情を教えてくれる。
「そんなに安いのか?」
「まあ、働く時間も昼の数時間と夜だけだから少ないのだけれど、一日鉄貨三枚程度じゃないかしら。ただ、食事が出るからそこまで安くは無いかもしれないけど生活していくには厳しいわよね」
この世界の通貨は、薄銅貨、銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、聖金貨の六種類で、俺の感覚だと十円、百円、千円、一万円、百万、一億と言った感じだと思っている。
ただし、食料はもとの世界とくらべると半額以下と格安なので、食事所でのバイトならそんなものかもしれない。
それを基準に考え昼夜あわせて六時間労働で鉄貨三枚と考えると、自給五百円プラスまかない飯があるからそんな所かもしれないな。
因みに、俺達のパーティとの臨時代金は初めは銀貨一枚だったのだけど、戦いの上でも上がりダンジョン入り口辺りでは二人に任せられるレベルだし、料理の腕かなりの物だから日当銀貨十枚と俺達がダンジョンで稼いだ金額から二人に支払っている。
そのため、一階の遠征で二人は銀貨数十枚――多いときは金貨一枚程度稼ぐことが出来ている。
少し多いと感じるかもしれないが、戻ってきた際に温かい食事がある事や見張りをしてくれているから休養がしっかり取れリフレッシュして戦いに挑めるのだ。
「それに、あの子達は自分達の店を持つことが目標だから、そんな給金じゃ店なんて持つこと出来ないわよ」
マリアが二人が将来を見越して冒険者になったことや、そのお金で店を持ちたいと言う夢があることを説明してくれた。
なんでも、イザベルとマリアは二人とパーティを組んでいるとき以外でも会っていたらしく、かなり仲がいいみたいだ。
建物を借りるのか新しく建てるのかわからないけど、既に二人合わせればかなりの金額を稼いでいるはずなんだけど、そもそも賃貸の金額がいくらか分からないから何とも言えない所ではある。
「そうなのか! ふーむ、あの二人が店を出すならさぞ繁盛するだろうな。このスープ一つでもかなり人気が出るだろう」
使われている肉は普通のイノシシ肉でスープなどにした場合硬くなってかなり歯ごたえがあるのだが、このスープの肉は圧力鍋で作ったかのように柔らかく出汁もしっかり出ており……ぶっちゃけ元の世界の料理と遜色ないほどである。
調理方法は彼らが考えたことらしいので聞いてはいないが、それをこんなダンジョンで作れるのだから店を持ってまともな厨房で作ったら――このスープだけでも行列が出来るのは予測できる程の出来だ。
まあ、いつも疲れて戻ってくるとこんな料理が待っているのだから、臨時じゃなくて正式に入らないかと話をしたことがあったけど、二人は自分たちの実力では足手まといにあるのでと言って断られてしまったんだよね。
まあ装備さえ整えれば鉄級になれるのだろうが、彼らの目的は冒険者ではないのでそこにはあまりお金をかけたくない様だしね。
「二人と言えば――あっちの二人はどうなんだろうな」
「大丈夫でしょ。あの二人が何かする訳じゃないし、付いていてあげるくらいしか出来ないのだから問題ないでしょ」
あっちの二人と言うのはアシュリーとコンラートの二人だ。
彼らは既に俺達のパーティから離脱し、冒険者稼業から足を洗っているのだ。
二人が冒険者を引退したのは……パパになるからだ。
前に村であった二人の彼女のアマーリエとアンナとの間に子供が出来たことで、冒険者を引退して街で暮らすことにした。
……まあ、引退する前に最後にお金を稼ぐために行った怒涛のダンジョンアタックは中々大変だったけど、父親になる二人の為に皆で協力してダンジョンに潜りまくったな。
そのおかげで、俺達はダンジョンの中層で普通に狩りが出来るほどの装備を整えることが出来たし、アシュリーは少し装備品に金を使ったがコンラートは満額貯金に回せたようだ。
因みに、六人でダンジョンに潜っていたことは一日金貨数十枚稼ぐこともあり、全員ミスリル製の武具に買い替え出来たほどだ。
そして二人は冒険者を辞め、次になった職業が……。
「二人が父親になって、しかも二人で訓練所をやるとは思っても見なかったよね」
「まあ、コンラートの方は超越魔法が使えるから下手したら王都からも弟子になりたい奴が来るかもしれないが、アシュリーの方は……どうなんだ?」
「そこは問題ない様よ。アシュリーはギルマスと話をして新人冒険者の教育係にもなったみたいだから、臨時ギルド職員にもなっているわよ」
「ブーーー! な、あいつ、いつの間にそんなことを」
グランツは飲んでいたスープを吹き出しながら驚いていた。
「なにしてるのよ、汚いわね。臨時の時は基礎の基礎だけを教えて、それ以上の詳しい事は訓練所に通えって事らしいわ。この街には現役金級は居ないのだから、この街最上位の銀級の道場なんだから人はそれなりに来るでしょ」
冒険者のランクは六段階あり、薄銅、銅、鉄、銀、金、白銀で銅までが新人扱いになり鉄と銀はベテランクラス、そして金が実質最高ランクで白金は魔王の討伐戦に参加や魔族討伐などの功績が無ければなることが出来ない。
そしてこの街では元金級のギルマスが居るが、現役クラスでは俺達銀等級が実質最高位になる。
「まあ、まだ訓練所も始まっては居なんだから焦る必要はないんじゃないかな」
「それはそうだが……いや、そうだな。俺達があれこれ言っても仕方がない。あいつらにはあいつらの人生があるんだからな……もったいない気もするが」
「仕方ないでしょ? 奥さん達二人が危険な冒険者を辞めて欲しいって言ってるんだから」
冒険者の依頼は多岐にわたり、薬草採集から魔物討伐……一番大掛かりなのは魔王討伐戦なんてものもあるが、実際どれもこれも危険であることに変わりはない。
最下級依頼の雑用系ならいざ知らず、薬草採集でも魔物や野生動物との遭遇もあり得るし魔王討伐の時はかなりの人数の冒険者が亡くなったらしい。
そう言ったことが無くても、毎年この街でも数十人の冒険者が亡くなっているらしい。
大体は薄銅や銅級のパーティが殆どだが、ダンジョンが近くになるこの街では鉄や銀等級が無くなることも珍しくは無いのだ。
あの二人は冒険者を辞めるまでの間にかなりの金額をためていたから、もしかしたら始めからそのつもりだったのかもしれないね。
「二人の話は置いておいて。明日の帰還の予定はいつも通りで良いのか?」
「そうだな。今日はこのまま休息にして、明日の朝には撤収する予定だな。流石に七日もダンジョンに篭ってると……いろいろ面倒もあるしな」
「じゃあ今日はあれをしても良いのね!」
「やった! トマあれの準備して!」
「わ、わかったから。食事が終わったら準備するから少しは待ってくれって」
テーブルに手を付き前のめりになってくるイザベルはまだしも、隣に座っているマリアは腕に抱き付いてきて少しうれしいが恥ずかしい。
食事が終わった後、広場奥の付き当たりに魔法で衝立の様な壁を作り、その内側に縦横二メートル程の枡のような物を作り出す。
そしてその中に魔法で水を張った後火魔法を直接水に落としお湯をにする――まあ、ぶっちゃけお風呂を作ったわけだ。
ダンジョンに篭りっぱなしで水浴びをする事も出来ず、濡らした手ぬぐいで体を拭くぐらいしかできないので、女性二人からは毎回最終日にお風呂を作ることを要求される。
本当は毎日作っても良いのだけれど、始めてお風呂を作った時にみなが爆睡して翌日の狩りに支障をきたした為、最終日の夜のみお風呂を作ることになったのだ。
「それじゃあ先に入るわね」
「トマも一緒に入る? ――なんちゃって!」
「さっさと入れ! お湯が冷めても知らないぞ!」
「あははー。じゃあ先にははいるねー」
「ああ、いってらっさい」
俺をからかいながらウキウキした足取りで二人は衝立の向こうへと消えていった。
……はぁ、毎回毎回飽きずによくからかってくるよね。
そんな俺の様子をニヤニヤした顔で見るグランツに軽くチョップを入れた後、見張りをしている女の子であるルーシーよ呼びに行くのだった。




