龍の望んだ旋律 2
何時からそこに居たのか、それすらも解らない。だが今までの時間の流れを、ほんの少しだけ変える出来事には変わりない。静かに声をかけられたリダスは狼獣人を見て、問いかけに応えようと口を開いた。
「……明確な用は、無い。何時から、君はそこに居たんだ……?」
「さぁ、何時からだろうな。俺はお前が無意識のうちに近くに居る時もあれば、意図的に遠くに居る時もある。……無論、お前の様に俺を見つめてくる奴は稀だな。」
「稀……?」
問われた事に対し返事を返すも、彼は要件があって見たわけでは無い事を告げた。視界に入り気にかかって彼を見ただけであって、その後どうしようかはリダスは考えていない。静かに話す青年の口ぶりを聞いて、相手は気付かない内にその場に座っていた事を彼は悟った。
「俺はただの傍観者。その傍観者に気付ける奴なんて、普通は稀だ。そうじゃなきゃ、見たとしても記憶に残さずその時の出来事に過ぎねぇからな。」
「その時の、出来事……」
「お前はどうする。俺みたいな相手を見つけて、何を思う? 何をしたいと、思うんだ?」
「………」
自分自身を傍観者と呼ぶ青年の言葉に耳を傾けていると、リダスに不思議な質問をしてきた。その時にしか起こらない出来事である彼を見つけ、君自身は何をしたいと望むのか。まだ良くも知らない相手に望みを打ち明ける事が出来るのか、青年はそれが聞きたかったのかもしれない。
リダスは彼からの問いかけに対ししばし考える仕草を見せ、言葉を口にした。
「……少しだけ、話に付き合ってもらえないか。独りで、少し寂しかったんだ。」
「あぁ、構わねぇよ。」
「ありがとう。」
彼の申し出は、先ほどまで心に溜め込んでいたものを聞いてもらいたいと言うものだった。アスピセス達に話を持ち込む事が可能ではあったのにも拘らず、彼は何故そのような質問をしたのか。青年は左程気にしていない様子で返事を返すと、再び砂漠となった風景を見る様に顔を前へと向け彼が話しやすい様に目線を逸らした。
それを見たリダスは立っていた位置から少し移動し、彼の近くに腰を下ろし並んで座った。
「俺には、心から想う大切な人が居たんだ。……その人には大切に想える人が少なくて、静かに過ごす事が多かった。それでもその人には友達と呼べる人に新しく出会ってからは、笑顔を見せる事が多くて幸せな日々を過ごしていたんだ。」
「………」
「でも、ある日の衝突からその人達から嫌われてしまって……距離が出来て、心もボロボロになってしまった。俺はその人の元に居たかったけれど、その衝突の頃の記憶は持っていない。何故そんな曖昧な記憶の中、明確にあの人の事を想っていたのか………俺にも良く分からなくて、今その人がこの場に居ない事が……余計に苦しくて。泣かせたくなかったのに、最後の最後に………泣かせてしまったんだ。」
「そいつの涙を見て、お前はどう思ったんだ。曖昧な気持ちに、別の符を打てたか。それとも、もっとそばに居たかったと……辛い気持ちを抱いたか。」
「辛い、気持ちになった……… もっと幸せな結末が出来ると思っていたのに、俺はそれを……導き出してあげる事が出来なかった。傷つけた人達も、あの人の事を大切に想っていたのかさえ……もう解らない。ただ一人、クラウだけは……そう思ってくれていたと信じていたかったけど、指輪で時間を巻き戻した時の今では………そう言えるのかさえ、解らないんだ。」
「……そっか。」
静かな口調でリダスは話しだし、青年は耳だけを動かし彼の言葉を拾っていた。暗く沈んでしまうほどの出来事があり、その出来事があった相手の事が大好きだった。その人を何時から想っていたのかさえ分からない曖昧な状態であっても、自分がそう信じている限り一緒に居たいと思っていた。
だが結果的に相手は亡くなり、その気持ちを何処へ向けたらいいのかも分からない。相手を嫌った友人達も居なくなり、想い人が愛していた獣人さえもいなくなった。この気持ちを話して聞いてくれる相手も居ないからこそ、彼は心の中にしまい込むしか出来なかった。それを今彼は話し、青年に簡単な相槌を打ってもらいながら言葉を続けていた。
「想い人っつーのは、お前が想っているほど一方通行の感情じゃねぇと思うけどな。」
「ぇっ……?」
「知らねぇか。自分が抱いた感情っつーのは、相手にも今じゃなくても後からやってくる。その出来事を両者で分かち合った時、互いに認め合い距離が変わる。……お前は、その想い人から何か貰ったモノはねぇのか。」
「テリスターに……貰ったモノ…… ………」
すると彼は、不意に彼の口ずさんだ言葉に意見を言ってきた。自分がそう思っているだけであって、相手がどう思っているのかが分からず不安になる。だが不安になるほどすれ違っているのか、その答えはやり取りで明確でありそれに気づいていないだけ。
本当にすれ違っているのかを探そうと、青年が呟いた言葉にリダスは記憶を巡り鍵となりそうな言葉を探した。すると、
【あの子達の事、護ってあげられなかった………】
「……護って、あげられなかった。」
不意に彼の頭の中に好きだった相手が呟いた言葉が響き、復唱する様にリダスは呟いた。それを聞いた青年は目線を彼の下へとおろし、目で『すれ違ってねぇよ』と言っていた。
「恐らく、今のお前と同じで『護りたい気持ちはあっても、それを上手に伝える事が出来なかった』んだろうな。……ほら、お前等の気持ちは同じじゃねぇか。そんな二人が、好きじゃない訳がねぇだろ。互いに同じ気持ちを理解出来る相手を、何故嫌いにならないといけないんだ。存在なんて、完璧な奴なんざいるわけねぇんだからな。お前も言ったんだろ、そいつが好きだって。」
「……あぁ。待ってて欲しい、必ず迎えに行くからって………」
「そんな事を言われて、喜ばないのは感情が伝わっていない能無しだけだ。そいつも護りたい奴が居た、お前も想い人を護りたかった。相手もそれを知れるだけの存在なら、すれ違っちゃいねぇよ。」
「テリスターが……俺の事を……… ……そっか。」
「………」
その後彼は目で送った理由をそれとなく説明し、相手もその事を知れる意見をリダスが言ったのかを質問した。リダスは首を縦に振り言った言葉を告げると、青年は少し確信が持てた様子で改めて考えを告げ、不安になるほどすれ違っていない事を言った。その言葉を聞いて、リダスは少し嬉しくなり笑みを見せていた。
何時振りに笑ったのか、それさえも解らない程の自然の笑みだった。
「ありがとう。なんだか、元気が出たぜ。俺、やっぱりテリスターの気持ちを解ってないんだなって……思ったんだ。」
話を一通りし満足した様子で、リダスはゆっくりと塀の上に立ち上がり相手にお礼を述べ頭を下げた。後悔ばかりではあるけれど、それ以上に相手の事を解る機会を得る事が出来た。それだけで先ほどの笑みを浮かべる事が出来た事に、彼は感謝をし青年に礼を伝えた。
彼からの礼を受け、青年は不思議そうな顔を見せるも、すぐに前を向き再び荒地を見た。
「自分と違う相手なんだ、無理もねぇよ。そう何回も自分を責める様じゃ、相手が気持ちを変えちまうかもしれねぇしな。」
「本当だな…… こんなんじゃ、テリスターも一緒に居て嬉しいって何度も言ってくれる保証もない。……もっと、俺が立派な行動を取れていれば………テリスターも、喜んでくれたかな。」
「かもな。」
その後視線は変えずに口だけを動かし、彼は自分を責めるいい方ばかりをしていたら嫌われるかもしれないと言った。それによって相手がどう返事を返すのかを見たかったのか、それともただ単にもう一度絶望して欲しかったのか。特に変化を見せる事無く彼はそう言い、リダスは少し落ち込みながらも同意を求め、まだまだ己が弱い事を改めて知るのだった。
「……お前はもし、それを知れる機会があったら。どうする。」
そんな彼に対し、青年は仮の提案を彼にぶつけてみた。するとリダスは特に表情を変える事無く考えだし、彼は素直にこう返事を返した。
「……… 多分、悔む前に行動を取って……後悔しない道筋を見つけられるようになってから、その出会いに身を任せるかな。今のままじゃ、多分変化を貰っても同じことを繰り返すかもしれない。」
「なるほど、後悔しない道筋か。……分かった。」
「ぇっ……?」
返事を受けた青年は納得するかのように返事をし、その場に立ち上がりながら返事をした。その言葉を聞いたリダスは何が分かったのか理解出来ず彼を見ていると、彼はゆっくりと塀から飛び降り宮殿敷地内の芝生の上へと降り立った。それを見たリダスは彼に続いてその場を跳び降り、着地した後相手を見上げた。
自分よりも背が高く、クラウと同じくらいの背丈を狼獣人は持っていた。だが彼よりも体系が良く肩幅があり、何処となく怖い印象もある。それでもリダスは恐れをあまり抱いていない様子で、彼を静かに見ていた。
「お前が後悔しないよう、俺が出す条件をこなしたら。もう一度、お前を想い人の居る時間へ戻してやろう。」
「テリスターの居る、時間……? 君は、一体………」
「俺はただの傍観者。気まぐれで存在の元に現れて、気に入った相手であればそいつの望みを可能な限り叶えてやっている。ただ、それだけだ。」
「………」
青年が言った『分かった』とは、リダスが求める変化を知った事。そして彼の言う望みと言うのは、彼の想い人である『ラプソディ』の居る場へと行かせてくれること。
それが、青年の言う気まぐれで起こす行動の様だった。




