第8話 デカいですよ
仕事から帰宅し、部屋の鍵を開けた途端、拓海の目は壁際の一角に釘付けになった。
「……おい、アステリア」
そこには、整然と積み上げられた未組み立てのプラモデル群——いわゆる「積みプラ」の山があった。
しかし、その山は怪しく傾き、箱の角は潰れ、あろうことか一部のパッケージは経年劣化と重圧で軽く膨らんでいる。
片手で「純銀ヴァルガイザー」を抱えたまま、腕組みをして仁王立ちするアステリアが、冷ややかな視線を拓海に投げかけていた。
「拓海。私、部屋の掃除と内職の準備をしようと思って、その『積みプラ』とかいう箱の山を少し動かそうとしたのよ」
「触るなと言ったはずだ! 積みプラの崩落は全壊事故に繋がるんだぞ!」
「うるさいわね! 事故の心配をする前に、自分の生活態度を省みなさい!!」
アステリアはビシッと、部屋の角に鎮座する「積みプラの金字塔」を指差した。
「これ、何年分あるのよ!? 箱の横の発売日見たら、『2018年』とか『2021年』とか書いてあるじゃない! あなた、買って満足して全然作ってないでしょ!!」
「くっ……! それは……『いつか作るための熟成期間』だ! ガンプラもスケールモデルも、買うこと自体がメーカーへの投資であり文化の継承なんだよ!」
「言い訳が見苦しい!!」
ポンコツ女神の雷が落ちた。
「『箱の傷は魂の傷だぁぁ!』とか『1ミリの歪みが〜』とか私には偉そうに説教しておいて! 自分が買ったプラモデルは作られずに箱の中で何年も放置されて、パーツがランナーから脱落しかけてるじゃない! これこそプラスチックに対する冒涜よ!!」
「ぐぬっ……!」
ぐうの音も出ない正論であった。
日頃、フィギュアの品質管理や関節の保持力にミリ単位で難癖をつけてくるオタクサラリーマンに対し、女神が放った「積むだけで消化できていない」という根本的な痛撃。
「いい? 上級神様は『金と銀を選別しろ』って言ったけど、私から言わせてもらえば、『金と銀を仕舞う前に、まずこの部屋の積みを消化しろ』だわ!」
「な……神の分際で、オタクの積みの罪深さを説いてくるとは……」
「ふふん! 痛いところを突かれたでしょ! ほら、今日の夜ご飯の焼きそばを食べたら、私にバリ取りを教えながら、まずその『2018年に買ったやつ』から組み立てなさい!」
「……チッ。分かったよ。ただし! ゲートカット(パーツの切り出し)の二段切りをマスターしてもらうからな!」
「なんで私がスパルタ指導受ける前提なのよーーーっ!?」
こうして、金と銀のロボ問題に加え、拓海の長年の課題であった「積みプラ消化作戦」が、女神の突っ込みによって強制的に開幕するのだった。
「……おい拓海、その押し入れから半分はみ出してる巨大な白い『棺桶』みたいな箱は何なのよ?」
バリ取りの手を止めたアステリアが、怪訝な顔で部屋の隅を指差した。
そこにあるのは、全高・全長ともに常識を置き去りにした超巨大ガンプラ「HGUC 1/144 ガンダム試作3号機 デンドロビウム」の箱である。
「……あれか。ガンプラ界の『エベレスト』こと、デンドロビウムだ」
拓海は神聖な面持ちで腕を組んだ。
「デンドロビウム……? なによその花みたいな名前。中身はロボットなんでしょ?」
「ただのロボットじゃない。巨大アーマードベース『オーキス』にコアユニット『ステイメン』が合体する、全長1メートル超えの怪物だ。置き場所の確保、組み立て時間の確保、そして完成後のディスプレイ場所の確保……そのすべてにおいて所有者の覚悟を試す、積みプラの頂点に君臨する存在だ」
「1メートル超え!? ちょっと、こんな狭いワンルームにそんなの組み立てたら、私の寝る場所が完全になくなるじゃない!!」
アステリアが叫ぶ。
「だからこそ手を出せずに『熟成』させていたんだよ! だが……お前という『バリ取り・パーツ切り出し要員』が確保できた今、状況は変わった」
「待ちなさい、嫌な予感がするわ」
「このデンドロビウムをどうすべきか……答えは一つしかあるまい」
拓海はアステリアに向かってビシッと指を突きつけた。
「二人で『デンドロビウム攻略作戦』を開始する!!」
「やっぱりそうなるのねーーーっ!?」
「いいかアステリア! 大型モデルはパーツ一個一個が大きく、面出し(ヤスリがけ)の精度が全体の出来栄えを左右する! お前には大型コンテナのハッチパーツ合計数百枚のバリ取りと表面処理を担当してもらう!」
「数百枚!? 正気!? 私、下級とはいえ女神よ!? なんで深夜にロボットのデカい箱の表面をヤスリで削らなきゃいけないのよ!!」
「文句を言うな! 巨大コンテナの合わせ目消し(接着剤でパーツ同士の隙間を埋めて消す作業)をサボれば、完成後に大惨事になるんだぞ! 神力を使わずに、人間の手作業の繊細さをその身に刻み込め!」
「うぐぐ……! 拓海の意地悪! 偏執的オタク!!」
「褒め言葉だな。さあ、まずは説明書の1ページ目からだ。今日から我が家は『アナハイム・エレクトロニクス工場』と化す!!」
涙目になりながら紙ヤスリ(400番)を握らされたポンコツ女神と、全パーツの検品を始めるオタクサラリーマンの、終わりの見えない超巨大プラモ組み立て徹夜作業が幕を開けるのだった。




