第1話 金ですよ?
「ズッシリと重い……。これだよ、このダイキャストの重量感こそが命の重みなのだ……」
30歳、独身サラリーマンの小野寺拓海は、夜の住宅街をホクホク顔で歩いていた。
両手で大切に抱えているのは、半月分の給料を吹き飛ばして手に入れた完全限定生産の超合金ロボ「超神機ヴァルガイザー(特製メッキVer.)」の巨大な箱だ。
今夜は徹夜で箱から出し、関節の可動域を心ゆくまで確認するのだ——そう決意して鼻歌を歌った、次の瞬間。
「うわっ!?」
足元の段差につまずき、拓海は盛大にズッコケた。
手から離れた箱はコロコロと路地裏の坂道を転がっていく。
「あぁっ! 俺のヴァルガイザーが!!」
拓海が必死で手を伸ばすも虚しく、箱はガードレールの隙間をすり抜け、その先の暗がりへと消えた。
直後、——ポチャン! という水の音が響く。
「な……!?」
そこはただの路地裏のはずだった。池など絶対にないはずなのに、なぜか幻想的な青い光を放つ小さな池が出現していたのだ。
拓海が青ざめて池に駆け寄ると、水面が激しく波打ち、眩い光とともに一人の女性が浮かび上がってきた。
「ふははは! 悩める人間よ、刮目しなさい!」
現れたのは、光り輝く羽衣をまとった美しき女神——のはずだったが、どこかドジを踏みそうなドヤ顔を浮かべている。
「私は泉の女神! あなたが落としたのは、このまばゆい『全身純金製・黄金のヴァルガイザー』ですか? それとも、こちらの『純銀加工・シルバーヴァルガイザー』ですか?」
女神が水の中からジャキーン!と持ち上げたのは、眩いばかりの金と銀のロボットフィギュアだった。
「さあ! 正直者のあなたには……って、ちょっと待ちなさい! なんでそんな般若みたいな顔で睨んでるの!?」
拓海は膝をつき、怒りに震える拳を地面に叩きつけた。
「ちがう……ちがうんだよ……!!」
「えっ?」
「俺が落としたのはダイキャスト重量800g! 関節部にオリジナル可動ギミックが仕込まれた『特製メッキ版のノーマルカラー』だ!! 金とか銀に塗り潰したら、ダイキャスト独特の重厚な質感と成型色の絶妙なグラデーションが台無しになるだろ!! 正気かお前は!!」
「ひえっ!? な、なに急に早口でキレてるの!?」
あまりの熱圧に、女神はビクッと肩を跳ねさせて水中へ後退した。
「だ、だって童話のルールだし! 金か銀って決まってるし! ていうか純金よ!? 売ったら元のやつ100個は買えるのよ!?」
「金銭価値の問題じゃない! 俺が欲しいのはあの工芸品のような造形美なんだよ! 塗装の厚みで関節の保持力がゆるくなったらどうすんだ!!」
「知らんわよそんなマニアックなこと!!」
逆ギレする女神だったが、拓海の目が本気なのを見て冷や汗を流した。
「うぅ……わかったわよ! ほら、あなたの落とした箱はこれね!?」
女神が慌てて水底から引っ張り上げたのは、拓海が待ち望んでいた「特製メッキVer.」の箱だった。
しかし、箱はビショビショに濡れ、角が盛大につぶれている。
「あっ……」
女神が気まずそうに声を漏らした。
「おい……まさかお前、沈んだ時に箱の角を底の岩にぶつけたのか……?」
「い、いや! 違うの! これは最初から……じゃなくて、ちょっと水深の目測を誤って……」
「箱の箱痛は、コレクターにとって魂の傷なんだぞぁぁぁ!!」
「ごめんなさいぃぁぁ!!」
拓海の咆哮に、ポンコツ女神は涙目になって頭を下げた。
「償いはしてもらう……! 部屋に来て、この箱の水気をドライヤーで乾かす作業を手伝え!」
「えぇ!? 私、神様よ!? なんでサラリーマンの部屋でドライヤー係しなきゃいけないのよ〜〜!!」
こうして、ロボ愛が強すぎるオタクサラリーマンと、うっかりもののポンコツ女神の奇妙な同居生活が幕を開けたのだった。




