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超速戦騎(4)

「まさか、こんな場所で君とまた会うことになるとは。」


「うむ、久しいな。」


 キラキラとした雰囲気を振り撒く青年と、それを軽くあしらうアリス。こうも綺麗にすれ違っている様は、傍から見ていて少し気の毒にすら思える。


(こんな場所で悪かったな……)


 家の前に停められた馬車には、住宅街の風景には似つかわしくない純白の貴公子が乗っていた。

 聞けばヴァールハイトの爺さんはここに二人きりで来ていて、自身と孫の腕に信頼を置いているから他に護衛は必要ないとか……


「レクスよ、実はな、かくかくしかじかで……」


「わかりました、御爺様。我が誇りに賭けて、栄光ある勝利を。」


「その心意気や良し。だがそう気負うな。相手の腕も見ぬうちに息巻くようではまだまだだな。」


「はッ!!」



「……」


「こちらが勝負を引き受けてくれたクロウ・ミカヅキ殿だ。失礼の無いようにな。」


「よろしくお願いします。」


「よ、よろしく。」


「勝負の形式は学院で一般的なものを採らせてもらう。ミカヅキ殿、レクス、異論はあるかな?」


「ありません。」

「同じく。」


 正直なところこの勝負自体が不満だが、魔族であるアリスと違ってあまり強くは言えない。この爺さんは吹けば飛ぶようなと己を卑下していたが、なら俺は風に漂っている塵芥だ。本来であればアリスが断った時点で顔に泥を塗ったとして無礼討ちにされても文句は言えなかったのだ。もはや腹を括るしかない。


「よろしい、では刃引きを施した武器や防具はこちらで用意しよう。勝負――試合の日取りについて、何か指定はあるかね?ミカヅキ殿。遠慮なく言ってもらって構わんぞ。」


「……では僭越ながら、近日中のうち当店が休業している日、あるいは一月後にお願いしたく。」


「ふむ、年も末、私もこちらも概ね同じ日取りを想定してはいた。レクス。」


「可能なら、今すぐにでも。」


「よろしい。ならばせっかくだ、今日始めよう。場所はどうする?うちの屋敷の武闘場も、学院のものを借りるにも、超速戦騎には狭かろう。」


「どのような場所でも、お望みのままに。」


「……同じく。」



「わかった。学院の演習場を使おう、戦場が相手の屋敷では落ち着くまい――にしてもよい返答だ。ロンのせがれは腑抜けたと評していたが、いい意味で裏切られたな。ますます君たちが欲しくなった。」



「――では、十分ののち、支度を整えてこの馬車へ乗り込むよう。」






 なんてことのない昼下がり、“元”無敗の天才が第三演習場で試合を行うという噂が突如として舞い込んできた。

 その出所はわからないが、事実演習場の利用者名簿には彼の名前があった。

 僕自身さして噂話に通じているわけではないが、そんな僕にまで話が回ってきたあたり、つい数日前の彼の敗北がいかに衝撃的であったか、そして学院の休みに暇を明かした学生たちがどれだけ退屈かを物語っている。


 もっとも、こうして演習場の端に突っ立っている僕も暇な学生の一人であるのだが。


「あのレクスが試合ねえ。」


「受験生ごときに負けた直後なのに頑張るよなぁ。」


「あいつが負けるとこ見たかったなぁ。」


「ま、今日見られるだろ!」


「「ははははは」」


 隣に座っている二人組が下品に笑う。

 なぜこいつらは自分が強くなったわけでも無いのに笑っているのだろう。


 いや、当然と言えば当然か。こいつらも僕や彼と同じ戦術科の学生、付け加えて言えばその上級生だ。自分では勝てない生意気な天才の下級生が受験生に負けた、と聞けば笑いの一つでも出るか。みっともない。

 笑っている暇があるなら少しは研鑽を積んで……まあ、野次馬をやっている僕もお互い様か。


 にしても不可解なのが、試合するという相手の情報だ。これだけ噂が出回っているのに、その名前すらわからない。


 だがどんな相手にせよ、そう簡単にレクスが負けるとは思えない。

 彼の過酷な訓練に裏打ちされた戦士としての技量、そして非凡な魔術の才能を妨害と迎撃に特化させた対魔術師能力は間違いなく一級品だ。彼が負けたという話も、実際に彼の特権勲章が外れているのを見るまでは信じられなかった。


 演習場の中央に立って剣と向き合っている彼は、一体何を考えているのだろうか。




 演習場の門が開き、三人の男女が入ってきた。

 門を開けたのは中背の男、その後ろにはとんでもない魔族の美女と白髭の大きな老人……僕の記憶が間違っていなければ、ヴァールハイト家の前当主が続いている。


「あの女めっちゃヤバくね?」


「というかあの爺さん……やべ、聞かれてないよな?」


 隣で見ていた二人の上級生も、そしてまばらに散ってそれを見ていた野次馬も、不意に現れた姿に反応の波が広がる。


 そしてレクスと向かい合って立った試合の相手は、レクスの祖父でも魔族の美女でもなく、先頭で門を開けていた男であった。黒々とした短髪と肌の色、骨格からして人種はおそらく旧王国系か東国・南国系、あるいはその混合だろう。



 誰だろう……少なくとも講師であんな人を見たことは無い、記憶に残っていないだけかもしれないが。現役の警邏か冒険者あたりだろうか?軽装に帯剣しているところを見るに戦士のようだが、纏っている雰囲気が魔術師のようでもある。もしかしたらレクス同様にどちらも使う類だろうか。



「では、ただいまより両者の試合を執り行う。改めて、異存は無いな?」


「ありません。」


「同じく。」


「では――」


 老人の持つ白刃が、天高く振り上げられ、演習場全体が静寂に包まれる。



「始め!!」


 その刃は、戦いの火蓋を切って落とした。



 号令と同時、正眼に構えていた男が即座に15mほどの距離を詰め、レクスに斬りかかる。


 常識的にありえない速度。おそらく魔力による筋力強化に加え、足と背からの大量の魔力放出によって空中でも加速しているのだ。もし相手が魔術師であれば、あるいは平凡な戦士であれば、たとえ倍ほどの距離があったとしてもこの一刀で敗北するであろう。


 大量に巻き上げられた砂埃に、二人の姿の輪郭がぼやける。

 しかし相手はあのレクス、致命の一撃をしっかりと受け止めて見せたようだ。



「流石だな。」


「くっ……見くびっているのか?そんな単調な――」



 二人は鍔迫り合いをしながら何か話している。そしてその間にも、レクスが徐々に圧されている。

 信じられないのはあの男だ。あれほどの魔力放出の直後だというのに、さらに目も眩むような魔力放出を続けている。


 通常、戦闘時は術者が内包する魔力の高速循環によって肉体を強化する。だがあの男は、循環の代わりに莫大な魔力放出を行い、その魔力通過によって肉体を強化しているのだろう。たしかにあれなら連続循環による魔力劣化が起こりにくく、効率的に肉体を強化できる。さらに放出した反動が強化した肉体の運動の補助にもなり合理的だ。しかし……


「ぐ、なぜそれだけの魔力を捻出できる!」


「集中しろ。」


「っ!!」


 レクスがいなして体勢を立て直す。

 そこにすかさず追撃を行う男。崩された体勢を意にも介さず、魔力放出で姿勢補助と推進を続ける。しかもその勢いは明らかに先ほどよりも増している。


「ナメるなッ!!」


 剣の技量では間違いなくレクスが勝っている。今度は鍔迫り合いに持ち込ませず、お返しと言わんばかりに魔力放出で流す。

 突進の勢いを逆手にとられ、男の身体はほぼ真上に放り出された。



「「「巧いっ!!」」」



 思わず、隣にいた上級生達と声が重なる。

 完璧に決まった。空中なら可能な行動は一気に限られる。その一瞬で再度反撃すれば、男は防げない。もし無理に防いで体勢を崩せば、着地の衝撃が男に牙を剝く。それ自体は大したダメージにはならないだろうが、やはりその次の攻撃が防げない。雑な突進を的確に咎めた必殺の一手だ。


 苦し紛れか、空中から剣が投げられる。しかし先程の猛攻と比べればあまりにも遅い。レクスは、難なくそれを防いだ。


――が。


「良い腕だ。」



 男の構えていた二の矢。それは回避でも防御でもなく“落下”だった。

 そう、放り出された刹那、男は投擲と同時に再び魔力放出を行ったのだ。真上に向かって。



 落下までの秒数を即座に予測、投擲の迎撃に注力していたレクスは綺麗に虚を突かれた。

 迎撃のために剣を薙いだのが災いした。レクスの右手は着地した男の拳に弾かれ、流れた剣は返されることなく数m先の地面へと飛ばされる。


 そして男の右の人差し指は、レクスの眉間へと突き付けられていた。



「……降参だ。」



 離れた僕たちに聞こえてはいない。だが、彼の口がそう紡いだのは誰の目にも明らかだった。






「見事見事。流石はかの超速戦騎だ。私の孫をこうもあっさりと下してしまうとは。」


「いえ、薄氷の上の勝利でした。速攻が決まらなければ結果は逆だったでしょう。」


「くくく、食えぬ男よ。あのような賭けに乗っておいて、最初から負ける気など無かったろうに。レクス、お前も見事だった。何か言うことはあるかね?」


「……では不躾ながら、その魔力の絡繰について知りたく。」


「うむ、私も気になるな。答えてはくれぬかね?」


「……そうですね、私の身体はうろのようなものでして――ふむ、僭越ながら、後は私に聞くよりもご自身でお考えになる方が興に乗るかと。」


「う、ろ……?」


「くくっ、はははは!私を試すか!よーし気に入った。その問い、受けて立とう!」


「行き詰まったならば、いつでもご相談ください。店でお待ちしております。」




 わけがわからない。

 剣戟では間違いなくレクスが勝っていた。相手は素人とまではいかずとも、立ち姿の隙からして平凡と言うほか無かった。近接戦闘は僕の得意分野ではないが、対戦士の訓練は嫌というほど積んできた。そしてそれを全て打ち砕いてきたレクスの技量は嫌というほど知っている。

 だがそれを嘲笑うかのように、あの男はでたらめな魔力放出と不可避の速攻でレクスを完封して見せた。

 さらに思考を深めるなら、最後の一瞬の攻防すら、あの男は最初から計算していたようにも見えた。


 隣の二人も絶句している。それはそうだ、笑う気にすらならないのだろう。レクスでなくとも学生ごときが勝てるわけがない。あるいは講師ですら……






「いや~見事見事。過ぎた時間を感じさせない強さだったよ。」


「……お前さ、昨日何て言ったか覚えてるか?」


「さあ?最近忘れっぽくてねえ。」


「また来年、って言ったんだぞ。」


「そうだっけ?でも君も言ってただろう。来年と言わずいつでも来い、って。」


「……はあ。茶、飲んだら帰れよ。」



 ヴァールハイト氏に大儀式盤の引き渡しを行った翌日。何を思ったのかロンが再び訪ねてきた。



「この茶うっすいねえ、しかも渋いし。あまりにも奥ゆかしすぎて参っちゃうよ。あの手先でよくこんなまずい茶を淹れるもんだ。」


「道具屋の茶だぞ、アテにされても困る。嫌なら飲むなよ。」


「寒いしありがたく飲ませては貰うけどさあ――で?どうだったようちの新しい助手は。」


「やっぱりお前の入れ知恵か……ああ、強かったよ。つい本気出しちまった。」


「はっ!よく言うねえ!翼も槍も使ってないのに。」


「使うわけないだろ。それは本気じゃなくて殺す気って言うんだよ。」


「あと訂正しておくと、俺はただあの狒々爺に君のことを紹介しただけで、そこから先はあの人の判断だよ。」


「……お前それ絶対本人に言うなよ。」


「ご忠告感謝しておこう。ま、とりあえず助かったよ。彼には一度敗北の経験が必要だと思ってたもんでね。もっとも、彼女が先に土を付けちゃったのは計算違いだったけど。」


「お前はいつも行き当たりばったりだな。」


「ああ、でも今回は幸運の女神が付いてたみたいだ。レオン翁はともかく、君が乗ってくれるかどうかは賭けだった。実際うまくいったのは彼女のおかげだと睨んでるんだが、どうかな?」


「……そうだ、と言えば?」


「嬉しいねえ。我が親友に二度目の春が来たんだ。祝福するほかない。」


「……」


「今日来たのもその女神についての案件でね。君に一つ恩を売って帳消しにしてもらおうと思ったんだが……ところで、彼女はどこにいる?」


「アリスなら試験の成績優秀者への特別伝達事項があるとかで王城に行ってるぞ。」


「は?伝達事項なら俺が知らないわけ……最悪だな。おい、今すぐ出るぞ。」


「最悪――って、何が?」


「……彼女は秘密にしたかったみたいだが、今から彼女の正体を言う。もしものことがあったら後で庇ってくれよ。」


「彼女の正体?というかなんでお前が――」


「彼女の本名はアリシア・エル・ロードユナイト。大魔王の娘、魔族狩りの推定第一目標だ。」



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