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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

最後の光

作者: 赤城優也
掲載日:2026/04/30

 喧噪響く、都会の町の光の届かぬ真っ暗な路地裏。

 男は一人、たたずんでいた。


「さて、死ぬか」


 男は背負っていたギタ―バッグを地面に下ろし、その横に座り込んだ。


 男は、着ているパーカーの前側のファスナーを開け、その懐から刃渡り18cmの包丁を取り出した。


 男は刃を首元の頸動脈の位置に当てる。


 男は最初に自宅であるマンションの風呂場を考えた。しかし、自宅とは言えマンションは借り家だ。自分が死んだ後、大家さんや不動産屋に迷惑がかかるだろうと遺書だけを部屋に置き、外を選んだ。

 この真っ暗な路地裏なら死ぬ前に見つかることもないだろう。


 後は首にあてた刃を力ずよく、素早く引くだけ。

 そんな状況で、男は思い出す、数十分前の出来事を。

 人生で最初で最後、赤の他人に認められ、光を放つことが出来た瞬間を。






 パチパチパチ......


 消して多くはない拍手が駅前の路上に鳴り響く。

 男はそんな拍手を送ってくれる者たちへ頭を下げた。

 下げられた頭を見て、拍手を送ってくれていた者たちは止めていた歩みを再び進ませ、自分たちの生活へと戻っていった。


 男の人生最後の路上ライブだった。


 結果はいつも通り、まばらに足を止めて聞いてくれる者が数人。二桁はいかない人数。

 そんな最後の路上ライブを終えて、男は軽くため息をつきながら微笑んだ。


(まぁ、誰にも聞かれないよりはマシだよな、......よしッ)


 男は、無言で頷き、背追っていたギターをギターバッグに戻そうと路上に背を向けしゃがみこんだ。


 すると、突然背中に声を投げられた。


「死ぬつもりなんですか?」


 男は突然の言葉にビクッとして、振り向く。


 そこには眼鏡にスーツを着た一人の女性がたたずんでいた。

 その女性の顔を男は知っていた。


 週に数回行う路上ライブで、いつからか足を止めてくれて、それからライブをするたび唯一欠かさず曲を最後まで聞いてくれていた女性だった。


「ああ、あんたか。今日も最後まで聞いてくれてありがとね。......ところで急に、何を言い出しちゃってるの?」


 男は何とか平然を装った。彼女には悪いが男はもうとっくに折れていた。

 心の中で、もう終わらしてくれと彼女に望んでいた。


「......今日、この後、死ぬつもりなんですか?」


 しかし、彼女は同じ問いをもう一度口にした。


「......あんた、さすがにふざけ「誤魔化さなくていいです。私には分かりますから」


 女性の目は決してふざけて言っているような目ではなく。そのまなざしは真剣そのものだった。


「ンッ!......はぁ~......なんで分かるんだ?」


 そのあまりに力強い眼差しに男は仕方なく白状するしかなかった。

 すると女性は答えた。


「私、生まれつき分かるんです。人の心が」


「......は?」


 男は一瞬、思考を止めたが女性の雰囲気は全く嘘をついてるような感じはなかった。


「だから分かるんです。あなたが今からなにをしようとしているのか。どういった心持ちで歌っていたのか」


 あまりに現実離れした文言だが、男は信じるしかなかった。すでに、これから男が死ぬことを見抜かれている状況も含めて、男には信じる以外の選択肢がなかった。

 それより、男はその話を聞いてそれが嘘か真かよりも気になることがあった。


「......じゃあ、何か。あんたが今まで俺の曲を聞いてくれていたのは、その心を読んでからの同情だった、というわけか」


 心が読めるということは曲が気に入ってくれた以外の理由があるんじゃないかということだ。

 男のその声にはかすかな怒気と悔しさが滲んでいた。


 その言葉を聞いて、女性は目を見開いた。


「あ、いや、そういうわけじゃ......いえ、そうですね、確かに同情の部分もあると思います」


 女性は一瞬、戸惑ったが一度考え込んだ後はっきりとした声でそう言った。


「ふんッ、そうかい」


 男はそれを聞いて、鼻息を鳴らしながら女性から目線を外し、ギターの片付けに戻った。


(もういいや、どうせ今日で終わりだったし......逆にこれで悔いはなくなった)


 男は息を吐きながら、そう自分の心に残る感情に割り切りをつけた。その顔には自嘲気味な笑みを浮かべていた。


「でも、それだけじゃないです」


 そんな男の背に女性の淡々としたそれでも力強い言葉が響いた。

 男はもう一度女性の顔を見る。


「あなたの歌には嘘や醜さが全くありませんでした。あなたがホントに歌いたい曲を歌う、それだけは一切ぶらさなかった......そんなあなたの曲に私は救われた」


 女性は男の目を見ながらしっかりとした声音で言い切った。

 そして、そこから女性の過去の話が続いた。

 曰く、女性はその生まれつきの力で世の中に絶望していたこと、曰く、もう死を選ぶほど限界だったこと、曰く、男の歌っている姿に出会いその絶望しきった心を一度奮起させることが出来たこと。


「私はあなたの真っ直ぐに世に足掻く姿勢を見て、そしてそんな思いが真っ直ぐこもった歌を聞いて、もう一度やり直そうって思えることが出来たんです......その結果、ほらこの通り」


 そこで女性は自分の名刺を差し出した。

 そこには男でも聞いたことがあるような、超大手企業の取締役という文字が書かれていた。


「私が同情しているのは、あなたの真っ直ぐな気持ちは、今の世の中にはあまりに奇麗すぎて合っていなかったこと......この世の中があなたの歌の魅力に気づくほどに澄んではいなかったこと......それだけです」


 男の目には自然と涙が浮かんでいた。

 その涙を隠すように男は女性から目を背ける。

 そして笑いながら言う。


「それは買いかぶりすぎだ。あと、俺は歌わなかったんじゃなく歌えなかったんだ。独りよがりの曲しか俺には歌えなかったんだ。それで勝負し続ける強さもないくせに」


「ええ、知っています。......そこも含めての同情です」


 女性もそう言いながら微笑んだ。

 それを聞き男は「ははッ」、と涙交じりの笑い声を発した。

 しかし、その顔は笑った後にもう一度地面を見る。

 男の決意に変化はなかった。


「......もしかして、止めにきたのかい?」


 男は女性に尋ねる。

 女性はその問いに首を横に振った。


「私は一度、その選択を選びかけた身。だからこそ、その選択が間違いであるものとは私は思えないし、説得もできない......私は最後にあなたとせめて言葉を交わしたかったそれだけです。それに私がなんて言ったところであなたの曲が今の世に合っていないことは確かです」


 女性は目をふせ、悲しい微笑みをその顔に浮かべてながらそう淡々と言い始めた。


「私はあなたの歌に救われ、どうにかこの世の中での役割を見つけることが出来た。今では部下という簡単に身を投げ出すわけにはいかない理由も出来た......。あなたの役割は私には分からないし、その役割を探しだす強さを身に着けるかどうかも他人が強要するものじゃない、全てあなた次第です。……私にできることなんてありません」


「あんたの立場の力があれば俺を救えるかもだぞ、ほら、その影響力で曲を流行らすとか。......というかあんたほどの収入だったら俺を一生養うことだって可能だろ、試しにどうだ一か月ほど、奮起させた恩返しってことで」


「......わざと屑っぽいことを言って私を試していますね。無駄ですよ、全部分かっています。あなたは自分以外の力によって押し上げられた自分の曲を許せはしない。それに、もし私自身がそれを()()()()()としても、あなたはそれを聞き入れはしないでしょう。その場で強制的に聞き入れさせたとしてもどうせ、あなたは養われる自分を許せずに結局自分から私の元を去っていきます」


「へぇ~、よくもまぁ俺という人間のめんどくささを知り尽くしてることで」


「ええ、一番のファンですから」


 男と女性は互いの目を見ながら笑いあった。


「......それじゃあ、俺もう行くわ。最後にあんたと話せて良かったよ」


 男はギターバッグを背負い、手を挙げ、その場を去ろうとした。

 しかし、そうはいかなかった。


「……おい、止めないんじゃなかったのかよ」


 女性が男の背負ったギターバッグを掴んでいた。


「……やはり、条件があります」


 女性は顔を俯けそう言った。


「は?」


「最後に一曲、私のために歌って録音させてください……じゃないと私は全力をもってあなたの死を阻止します」


 そう言った彼女の声は若干震えていた。


 それを聞いて男は、


「......しょうがないなぁ、じゃあ、あんたのためだけの特別ライブを開いてやるよ。ありがたく聞けよ」


 ギターを取り出し、本当の最後のライブを開始した。


 たった一人の女性の前で路上に座り込み、ギター一本で全力で歌う男。

 その姿は目の錯覚か、女性から見て、男は優しくも強い光を纏っていた。

 最後に相応しい、眩くも、目に入れても全く痛くない光だった。


「......最後の曲、録音できました。本当にありがとうございました」


 女性はその目を拭いながら、男に頭を下げた。その声は完全に涙ぐんだ声になっていた。


 その姿を見て、男の顔にも涙が浮かんでいた。今度はもうこらえきれようの、隠しきれようのない、ボロボロとあふれ出る涙だった。そこには、まだ死にたくない、歌っていたい、悔しい、という感情が滲み出ていた。しかし、男は理解していた。自分の歌は決して世には求められていないことを、もうこれ以上続けられるだけの炎が自分の中には残っていないことを。

 これが最高の引き際だ、男は涙を拭い笑顔を作る。


「いや、こちらこそ本当にありがとう。最後に、最高の気分で歌を歌えた。人生で一番のライブだった......でも、俺、これでもうホントに行くわ。このままだと俺......死ぬのが嫌になっちまう。どうせだったら、一番のこの瞬間を最後にしたい」


 男はギターをバッグにしまい、急いで立ち上がった。

 理想の自分にはもう慣れない、でも理想の最後を迎えられるかもしれない、そう感じて。


 パチパチパチパチ......


 立ち上がった男の背に力強い拍手の音が鳴り響いた。


 振り返れば女性がその目に涙を溜めながら懸命に拍手していた。


「......せめて、拍手で送らせてください。私の人生を救ってくれた最高のシンガーソングライターのその素晴らしき最後のライブに、その終わりに」


 男はそんな女性に笑って手を振った。

 男が獲得出来たファンは一人だけ、結局音楽では一銭も稼げはしなかった。

 けれど最後に拍手をもらえるような人生、これは幸せもんだなと男は涙をこぼし、その顔には笑顔を浮かべながらその場を後にした。

 男の背が見えなくなるまで、その拍手はひたすら路上に鳴り響いていた。




 男は首に刃を当てながら、その時を思い出し、笑みを作る。

 今思い出せば、我ながらこっ恥ずかしいやり取りをしたもんだと、自然とこぼれた笑みだった。

 最後がこんな風に終われる、なんて幸せなんだろうと、男はそんな風に思った。

 自分を一切曲げられず、その癖に弱く耐えられず、途中で折れて死を選ぶしかなくなった救えない、めんどくさい男とその男の気持ちを理解しすぎたあまり、その死を止められずに拍手で男を送り出した女。


「どちらもアホで、ホント、めんどくさいなぁ~」


 男はそう口にして笑みを浮かべたまま、首元にあてていた刃を全力で引いた。

 路地裏の地面が大量の血で染まる。男の体はそこからピクリとも動くことはなかった。


 朝が来て、路地裏にも光が差し込む。


 光が当たりだしたその場所には顔に笑みを浮かべた死体が一つ、誰かに見つかるまで転がっていた。


































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