【第一章】 第四十話
「良かったな、若林」
背番号を配り終え、整列を解いた瞬間、朽木先輩に声をかけられた。朽木先輩のあの口ぶりから俺がサッカー部の練習試合や公式戦の録画を何度も見返して、実力を付けたことを知っているようだった。だから、俺に期待してくれていたのだろう。
「はい。ありがとうございます」
「あのミニゲームの時の様な、神田の限界を引き出すようなパスを期待しているぞ」
「頑張ります」
俺は丁寧に頭を下げた。
朽木先輩にチームAへと加入するように言われなければ、きっと背番号六番という若い番号を得ることはできなかっただろう。
感謝してもしきれない。
「おい。一年坊」
と、背後から声をかけられ、慌てて顔をあげて振り向いた。声で察していたが、そこには相変わらず鋭い目を向けてくる神田先輩が立っていた。神田先輩の手には背番号七のユニフォームがある。
「何でしょう」
「お前。なかなか良いパスだったぞ。これからは若坊と呼んでやろう」
神田先輩は俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。しかし、その撫でる力があまりに強いので、痛いですよ、と少し怒りながら振り払った。その様子が面白かったのか、神田先輩は笑っていた。
そして、俺は少し腹を立てながらも、神田先輩に問いかける。
「若坊ってなんですか?」
「そのままの意味だ。若林一年坊。略して若坊だ」
どうやら一年坊を俺にどうしても付けたいらしい。歳は一つしか変わらないというのに。
しかし、断って怒られても面倒くさい。こういう人は適当にあしらうのが一番だと思い、否定をせずにそのまま受け流した。
「じゃあ、また明日から良いパス頼むぞ」
神田先輩は今までに見たことがないような笑顔で俺から離れて行った。オールバックにするために濡らされた髪が夕日に照らされていた。きっとワックス使っているんだろうなぁ、とぼんやり思った。
「透真」
視界の右端から名前を呼ばれた。俺のことを苗字ではなく、名前で呼ぶ人物は一人しかいない。目をわざわざ動かさなくてもわかる。
「凌太」
俺はそう言ってから、視界の真ん中に凌太を捉えた。凌太もユニフォームをもらっている。背番号は十六だ。
お互いに背番号をもらっているが、気まずさは消えない。たった数秒沈黙が続いた後、渡辺が駆けつけ、俺たちの間で急ブレーキをかけた。砂埃が舞い、下げていた顔をぐんと上げた。
「若林!!!」
渡辺の片手には背番号九のユニフォームが握られている。
「今回のミニゲームでは負けたが、ここからはもう負けないぜ!わかったな!!」
宣言された。
しかし、俺は間中に負けたくなかっただけであるため、渡辺に勝ったところで嬉しさは小さいのだが、優越感を得た。
「まぁ、精々頑張りな」
俺は顎を少し上にして、笑った。
そこから間中、波多野、権田と合流し、また一緒に公園で自主練習をした。間中は背番号十四を得ていた。