【第一章】 第三十八話
ラストチャンスだ。角田先輩からのキックインでミニゲームが再開され、俺はボールを受け取った。
俺の前に立ち塞がった渡辺は息を切らし、かなり疲れている様子だったが、目は獣のように鋭くなっていた。いつものお調子者の様子を微塵も感じさせない。
そんな様子の渡辺に、最後の一騎打ちじゃなかったな、と悪態を付いてやりたかったが、俺もそんな余裕はない。
「若林!」
俺は名前を呼ばれ、前を見る。松本先輩が後ろに下がってきて、ボールを渡せと呼んでいる。しかし、ぴたりと後ろにくっつき、ボールを狙っている間中がそれを許さないような雰囲気を漂わせていた。
「おらっ」
俺に隙があると思ったのか、渡辺がボールを無理やり奪って来ようとしてきたが、ギリギリのところで体で防いだ。しかし、俺は後ろを向かされてしまった。
どうする。選択肢が狭まってしまった。ここから取れる選択肢は朽木先輩にボールを託す消極的なプレイと、後ろからボールを狙っている渡辺を無理やり抜き去る無茶なプレイ。
くそう、駄目だ。それじゃあ、駄目なんだ。
渡辺に後ろから少しだけ押され、俺はグッと太腿に力を入れ直す。このまま時間を使い続けてしまってはミニゲームが終了してしまう。それなら一か八か。
「朽木先輩!」
俺は叫んだ。それと同時に朽木先輩が俺の近くに少しだけ近づくが、朽木先輩の後ろから権田が狙っている。本職はゴールキーパーではあるが、しっかりと守備の鉄則を理解している。しかし、俺の本当の目的は渡辺の注意を、他に逸らせること。俺は視界の端で渡辺の視線が朽木先輩に一瞬移った隙を突いて、俺は渡辺を抜き去った。
「なっ!!?」
俺はそんな渡辺の声を小耳に挟みながら、前を見た。ゴールの左前らへんに松本先輩が陣取り、その後ろにはまだ間中がおり、少しだけ右サイドを警戒している。そして、右サイドには神田先輩と凌太が走っている。
今しかない。
「神田先輩!!」
俺は先の二回と同様に、コートの右隅を目掛けて右足を振り抜いた。地面すれすれを這うように進むボールを、神田先輩が追いかけていく。
凌太もその後ろを追いかけていくが、神田先輩との差が半歩分、一歩分、一歩半と広げられていく。それを見ていた俺は思わず、速ッ、と呟いてしまった。
そして、神田先輩はボールがコートから出る前に追いつき、ぴたりとボールの勢いを止め、そのままゴール前へとドリブルで切り裂いていく。
松本先輩を警戒していた間中が神田先輩を止めるために駆け付けるが、もう遅い。神田先輩は右足でシュートを打っており、ゴールネットを揺らしていた。
「おおおお!!!」
俺がゴールを決めたわけではないが、思わず叫んで神田先輩の元へと駆け出してしまった。そんな俺を見て、神田先輩はじろりと睨んだ。
「これが俺の本気だ。わかったな」
「はい!流石です!!」
俺は笑顔でそう答えた。
いくら丸山先輩の真似をしていたとしても、パスを出している側になってみると、絶対に通らないパスだろうと思っていた。しかし、俺の絶対を簡単に打ち破ってしまったのだ。
初めて心から尊敬できる人物を見つけたような気がした。




