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第九十七話 『追儺』 (Banishing)

 このとんがり帽子の恥ずかしい格好している奴は、わたしの知る限り1人しか居ない。肩幅以上在る帽子のつばで、顔が隠れて視えないが、あいつに間違いない。


 夢の外へ立ち去ろうとするわたしの姿をしたアイツが、とんがり帽子に気付いて振り向いた。


「なんだてめぇ。何勝手に人の夢ん中入ってきてんだぁ?」


 おまえが云うの? 自分の事を棚に上げてやがる。とんがり帽子云ってやれ! わたしがツッコミたいけど声出ないし。


「人の事云えますの? 貴方も勝手に入って来てらっしゃる様にお観受けいたしますけど?」


 そうだそうだ!


「あぁ? 何云ってんだぁぁてめぇ」


「ここは麗美香さんの夢の中です。そして貴方は麗美香さんではありません。見た目は彼女そのものですが匂いが違います。彼女は、そうですね、もっと芋臭い匂いがします」


 芋臭いってなに?! わたしそんな匂いするの?! ボディーシャンプー換えよう……うん。


「へぇ。何だか知らねぇけど何しに来やがったぁ? あんた何者だぁ?」


 あ、そのセリフ云っちゃダメ。とんがり帽子がちょーし乗っちゃう!


「ふふふ、よくぞ訊いてくださいましたね。そう、我こそは大魔術師メイ・シャルマールなり!」


 あぁぁ、やっちゃったよ。とんがり帽子は片手を突き出し、マントを翻し、帽子のつばを上げてその顔を見せた。やっぱり、あのハロウィン女だった。


「はっ? 魔術師だぁ? そんなもん居る訳ねぇだろぅ。何だ、ただの頭の可笑しい奴か。バカは、とっとと帰りな」


「あら? 魔術師の存在を否定されるのですか? 貴方、何処かの魔術協会に属してらっしゃらないのですか? いえ、それ以前に貴方、魔術師では無いのですか?」


「質問が多いんだよ、てめぇ。わたしは魔術師でもねぇし、魔術協会とかも知らねえぇよ。」


 がーんという効果音が似合いそうな表情をして、ハロウィン女は後退った。芝居がかってやがるなあ。本気なのかフリなのかイマイチ解らないんだよねーこいつ。


「これは驚きました。貴方、魔術じゃなく、この夢の中に入って来ているのですか? 驚愕です。ええ、有り得ない事です。貴方、人間ですの?」


「質問が多いっつてんだよぉ。人間、人間ねぇ。そうねぇぇ、わたしぃ、もう人間じゃあぁねぇかもぅねぇぇ。」


「魔術協会に属して無く、人間でもない。そうですか。なら……遠慮なく排除しても良さそうですね。」


「排除だぁぁ?! なんだぁてめぇぇ!」


 わたしの姿をしたアイツは、ハロウィン女に殴りかかった。


「アテ マル ヴェブ ヴェド」


 ハロウィン女が、なんか唱えて十字を切った。たぶんあれ、カバラ十字だと思うけど、なんだあの短縮呪文。それにむっちゃ速い十字切りだ。わたしも叔母に習ったけど、だいぶ違うなあ。流派なのか、ハロウィン女の改良版なのか知らないけど。


「レイ・オールラハル・アルメン」


 殴りかかった拳がハロウィン女に当たると同時に、腕が根元から消失した。

 って、ええええ! わたしの腕に何してくれてんのぉ! あああ――あんたら、ひとの腕だと思ってえ、ひどい! 止めてよーもお。 


「てめぇぇ、何しやがった!」


「別に。ちょっと結界を張らせていただいただけですけど。不用意に入っていらしたのは貴方ですよ。この結界は、在るべきものを在るべき場所に戻すものなんですけどね。貴方の場合、やはり在るべき者ではないようですね。」


「てめぇえ、戻しやがれ!」


 うんうん。元に戻してぇ、お願いぃ。って、元に戻せるの? 戻せるんだよね?


「何を仰ってるんですか? わたくしは、初めからここに、元に戻す為に来たのですから、もちろん、元に戻して差し上げますよ。ええ、元通りにね。」


 ほんとだよね? 信じていいよね? お願い。 

 ん? なんだ? ハローウィン女は、指で五芒星を宙に書いて歩き廻り始めたよ。


「おぃ、なに始めやがった」


 ぐるりと一周したハローウィン女は、両手を広げて身体を十字にした。

 なんかあの儀式、見たことある。そーいえば、叔母から教わった様な気もする。もうすっかり忘れちゃったけど。


「最後通告です。貴方、そのエーテル体を麗美香さんにお返しする気はありませんか?」

 

 そうだー、返せ―、このやろう!


「てめぇに指図される云われはねぇよ。でもまあ、片腕持ってかれちまったからぁ、そうだなぁ、おまえこそ、腕戻す気はねえぇのかよ?」


「残念です。そういう方向には力は働きませんの。諦めてくださいまし。」


「なら、こうするしかねぇな!」


 ハロウィン女の両腕がみるみるうちに指先から崩れ始めた。

 えええ、あいつ、今度はハロウィン女に移る気なの? じゃあ、わたしの身体にハロウィン女が入るの? ええ、それもちょっと、やだああ。


「急ごしらえとはいえ、わたくしの創った結界をお破りになるとは、驚きました。」


「そんな余裕ぶってるが、内心焦りまくりじゃあねぇえのかぁあ?」


 アイツは耳障りにケタケタと笑いだした。

 やだ、わたしの顔が嫌な顔になってる。勘弁してよ、もう。つーか、ハロウィン女なんとかしろよー。って、ハロウィン女両脚も無くなってきてるよ。大丈夫なの? 勝てるの? このまま負けたりするんじゃないでしょーねー。あんたどっか抜けてる気がするから心配なのよ。


「そうですね。貴方がちゃんと修行した魔術師なら、わたくしも危なかったでしょうね。それは認めますわ。でも、幸い貴方は、特異な技術を持った、ただの素人です」

 

 いや、あんたもう首だけだよ? 大丈夫なの? 生きてるの? それ?


「プラエ ラァァファァァァィィエェェェレ、ポーネ ガァァァーブリィィィエェェェル、アデ パレス マイィィィクゥゥゥエェェェレ、ア スニストラ アゥゥゥリィィィエェェェル」


 ハロウィン女がまた何か唱えると、草原やら湖やら灼熱の太陽光やら山々が廻りに出現した。真っ白いただの空間だったわたしの夢が、一挙にヨーロッパの自然観光地っぽくなった。アイツ、わたしの夢に何したの!? 


「ノナセデェード ミー マ―ルム クィウセモーディン クオニアマンジェリ サンクティ クストディウーント ミー ウビクミクセウマ」


 四方から黄、青、緑、白の光が現れて広がり、やがてすべて輝く光で何も見えなくなった。見えなくなった状態で身体があちこちに振り回される感覚があった。まるで目隠しされてジェットコースターに乗っている気分だった。


 しょぼしょぼする眼をゆっくりと開けると、ハロウィン女が立っていた。私の姿をしているアイツは見当たらない。消滅してしまったのだろうか……。って、


「じゃあ、わたしはどうなるのよ!」


「何が? ですか。」


「何がって、わたしが消滅しちゃったら、わたしに戻れないじゃない! このバカちん!」


「すみません。麗美香さんが何を云っているのは解りません。まあ、貴方の云う事はいつも解らない事ばかりですが。」


 そういうと目の前のハロウィン女は、くすっと笑った。


「何笑ってんのよ! ハロウィン女、わたしを元に戻しなさいよ!」


「ハロウィン女って、貴方。わたくしは、メイ・シャルマールです。それに、それ以上、何を元に戻すのか、わたくしには解りかねますが」


 やれやれといったポーズを、わざとらしく見せつけられる。ほんっっっっとーに、こいつイラつく!

 ぐっと拳を握りしめる。そして握りしめた拳が視界に入った。

 あれ?

 あれれれ?

 

 身体のあちこちを見回し、手で触る。

 おー、戻ってる。わたしの身体だ。よかった。腕も両方在る。

 そっか。助かったんだ。助けられたんだ。こいつに助けられるとか、屈辱だけど。まあ、あのままだともうダメっぽかったし。これはこれで良かったんだよね。うん。そう、良かったんだ。うん……。


「あ、あの、んっと、あれ。うん。その――つまり、ありがとう」


「その一言を云う為に、随分と葛藤が在ったようですが……。まあいいでしょう。素直に受け取っておきます。あー、後、あの方、えーっと、山根さんでしたっけ? その方にも是非お礼を云っておくべきですね」


「え? ポチがどうしたの? なんでポチにお礼?」


「あの方が、貴方を救ってくれと、それはもう嘆願なさって。どういうご関係なのかしら?」


「ポチが……。そうなんだ。ふーん。うーん。そっかそっか。いやあ、ポチは、そのわたしの犬だから」


「そう。良い犬をお持ちですね」


 そっか。ポチ。よし、今度ご褒美をやろう。うんと豪華な首輪とか。

 いや、今はそれよりも。


「それはそうと、アイツは何処に行ったのよ? わたしの身体奪おうとしたアイツ」


「なんか誤解を与えそうな言い回しですね。まあいいですけど。あの人なら、そこのハルバードに戻りましたよ」


「えー、ちょっとやだな。他に移せない? あのハルバードまだ使いたいんだけど」


 アイツ入りのハルバードとか使いたくないわ。やっぱり。それにまた夢に出てきたら嫌だし。またこいつに借り作るのも嫌だし。


「それなら大丈夫ですわ。もう勝手に外には出れない様にしていますから」


 ってことは、ずっとハルバードの中で暮らすのか、アイツ。危うく自分がそうなるところだと思うと、ぞっとする。アイツがこれからずっとそうなると思うと同情したい気持ちは少しあるが、わたしをそうしようとしたのだと思い出してその想いを打ち払った。そう、同情なんてしてやらない。


「あ、1つお願いがあるんだけど、ハロ……、メイさん。助けて貰ってすぐにアレなんだけど」


「……、何でしょうか?」


 放っておけない事だし、解決しないとダメだけど、悔しいけどわたしじゃ何も出来ない。ハロウィン女に借りをこれ以上作りたくはないけれど、こいつに頼るしか方法がない。


 ハロウィン女に正対し、深々と頭を下げる。


「お願い。猫と入れ替えられた人を元に戻してください」

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