第八十九話:Be in agony
ブブブブブブ
制服の内ポケットに入れていたスマホがバイブで震えた。
しばらく震え続けていたので、これは通話着信だ。
取り出したスマホを視ると、ヤマゲンからだった。
「あ、出た。やまねこ? やまねこよね? ね? ちょっとやまねこなの? なんとか云いなさいよ!」
電話口の向こうで一方的に捲くし立てられた。何なんだ一体。何を焦ってやがるんだ。大体、スマホ相手に直電して本人かどうか確認するって何だ?
「ああ、耕一だよ。何だよお前。自分でこっちに掛けといて何云ってんの?」
電話口の向こうで、「ああああぁぁ……良かったぁぁぁ」っという叫び声が聴こえた。
「ポチ! ほんとに生きてるの?! 大丈夫? 勘違いしてない?」
この声は麗美香だな。まあ、声以前にポチと呼ぶ奴は麗美香しか居ないのだが。それに生きてるのを勘違いって何だよ。意味わかんねー。
「あのねあのね、危ないの!」
麗美香が慌ててる様子が伺える。普段から話が進まない奴だが、さらに輪をかけて話が進まなくなっている。
「麗美香、お前、何が云いたいのか全然わかんねえよ。何が危ないんだよ。落ち着いてゆっくり話せ。」
電話口の向こうで、かなりオーバーな深呼吸が聴こえる。麗美香の芝居がかった様子が目の前に居るかのように眼に浮かぶ。
「爺様に狙われてるかも。」
爺様というワードに心臓がきゅっと縮み上がる。
「ぉぃ、、、それって、もう片付いたんじゃねえのかよ?」
言葉で云うほどに、もう終わった、片付いたなんて本当は思っていなかった。あの爺様の事だ。こちらが怪しい動きをしたら何されるかわかったもんじゃない事ぐらいは解っているつもりだ。それでもやはり、希望に縋った。そして、つい、恨み口調になってしまった。
「麗美香もそう思ってたんだけど、なんかやばそうなの。」
ええい、もう! 要領を得ない奴だなあ。ピキっとキレそうになっていると、ヤマゲンが横入りしてきた。
「やまねこ。取り敢えずちょっと今会える? もう家かな? 出来れば今すぐに会ってこれからどうするか話合った方がいいと思うんだけど。」
さすがヤマゲン。というか、ヤマゲンが普通だろう。麗美香の奴が酷すぎるんだな。思わずヤマゲンの株を上げそうになったじゃないか。
「あー、まだ学校近辺に居るよ。だからすぐ会えるっちゃー会えるが……。ちょっと待ってな。」
そう、今、自分はニーナと美雨の三人で、子猫の本体を探しているところなのだ。こっちも急を要する感じだし、どうしたものか? いやいや、なんか麗美香の話だと命に危険を感じるし、麗美香の方を優先すべきか。
此方の様子を伺いながら側に居たニーナと美雨に事の顛末を伝え相談する。
「コーイチが危ないなら、私はコーイチと一緒に居る。」
「後はわたしだけでやりますので、お構い無くです。」
二人の意見を受けて
「ヤマゲン、取り敢えずOKだ。何処に行けばいい?」
美雨には悪いが命には代えられない。ここはこっちを優先させてもらおう。
「やまねこ、あんた何処に居るの?」
えっと、此処は何処だ? ニーナと美雨に眼を向ける。彼女らが云うには女子寮を囲む塀の裏手の方らしい。
「なんだ、すぐそこじゃん、やまねこ。って、女子寮の側で何してんのよ! やっぱあんた死ぬ?」
ひでえことを云いやがる。まあ確かに、男独りで女子寮の塀で佇んでたら通報もんかも知れないが。今は幸い女連れだ。というか、美雨の用事に付き合ってるだけだからな。好き好んでこんな場所に居るわけじゃない。
「別に変な事してねえよ。ちょっと人探しをしてるんだよ。」
「人探し? 誰を?」
「まあ、それも合ってから話す。じゃあ、女子寮の門の外でいいか?」
「あ、うん。わかった。門の外ね。すぐ行くから。」
電話を切り、美雨に申し訳ないと謝罪する。美雨は、「いえいえです。」と云って手を振った。
女子寮の入り口の方にニーナと向かったが、結局美雨も付いて来ている。彼女はずっと子猫と会話しながら、子猫の記憶を辿り本体が居るであろう場所を探っているのだ。動物と話した事がないからわからないけど、人間同士の会話とは異なり、イメージを取得するやり方らしい。なので、本体の場所を言葉で伝えるわけではなく、今観ている景色からだいたいの方角をイメージで伝えてきているといった感じらしい。うーん。よくわからん。まあ、さっきまでそうやってここまで来たのだが、どうやら、その方角は女子寮の入り口の方へ向かっているらしい。
「別行動する必要は無かったみたいだな。」
「そうみたいです。実は少し心強いです。本体を見つけた後どうしたらいいものかどうか不安です。あの、もし、あ、いえ、何でもないです。すみませんです。」
美雨はそう云って顔を伏せた。
「そこまで云ったら、云ったのと同じだろ。わかったよ。ちょっと、これからの用事がどうなるかわからないけど、美雨の方の手伝いもするよ。って、安請け合いしちゃうけど、でも、この感じだと女子寮の中とかだったら、無理だからな。」
「そうですねです。女装という手もありますけど、如何ですか? いえ、むしろ女装してくださいです。わたしは気にしませんです。」
美雨の眼が必要以上にキラキラしてるんですけど。何こいつ喜んでやがるんだ。そんなキラキラ眼で観てもダメだからな。女子寮に入るのは面白そうだが、女装は嫌だ。後世まで語り継がれそうな黒歴史になっちゃうだろうが。それに、女子寮入った事がバレてたらいろいろと人生終わりそうだしな。
「いや、女装は勘弁。それに女子寮潜入とか、犯罪になるしな。その場合はニーナに……」
ニーナの方を視ると、すごく興味深そうに此方を観ていた。そう、彼女の瞳もキラキラしていた。
おい。お前らなあ。そんなに女装させたいのか? わからん。女性という生き物は、男に女装させたいものなのか? その答を得る為に、自らを実験台にするつもりはないからな。
そんな馬鹿な事をやってるうちに、女子寮の入り口に着いた。
ヤマゲンと麗美香は既にそこで待っていた。
ただ、違和感があった。
ヤマゲンは私服に着替えていたが、麗美香は制服のままだった。その手にはハルバードを持って。まあ刃先は布でカバーして隠してあるけど、既に何度も観ているからハルバードだとわかる。
違和感はそこではない。
「よう! やまねこ。遅いぞー。」
そう云ってヤマゲンが前に立ち此方を迎えて手を上げて応えている。
その後ろに控えて、そっとヤマゲンに寄り添うように立っている麗美香だ。
いつの間にそんな風に仲良しになったんだ。いつも何かに付けていがみ合い対抗していた間柄だったはずだ。
ヤマゲンの側まで近づいてその疑問を口にする。
「なあ、ヤマゲン。お前ら、いつの間に仲良しになったんだ?」
尋ねるや否や、ヤマゲンの瞳が曇り、顔を伏せた。なんだ? 照れるとか、何っ云ってんのーって大げさに否定されたりという展開を想定したいたのだが、想定外だ。どうして、今の質問でそんなに辛そうな顔をするんだ?
「おぃ。どうした? 何か悪い事云ったか?」
「別に……。」
顔を伏せたまま、そう応えて
「此処だと目立つから、公園の方に行こ。」
そう短く云うと、先に立って歩き出した。
そして、その後ろを守る様に麗美香がいそいそと付いて行く姿が眼に写った。