第三十八話 『SEARCH』
「なあ、屋上に行っても、今は閉鎖されているぞ」
俺が前に行ったとき、屋上への扉は固く鎖で繋がれて鍵が掛けられている。おそらく今もそのままだろう。
「いいから、いいから。行くよ」
こいつは、ほんとに人の言うことを聞きやがらない。
エレベータで屋上へ向かうのかと思いきや、麗美香は2Fのボタンを押した。
「おい? 屋上へ行くんじゃなかったのかよ?」
「忘れ物よ、忘れ物。すぐ取ってくるから、そのままエレベータ止めといて」
エレベータが二階へ着くと、麗美香は降りて廊下をドドドと走って行った。
あいつ、すぐ帰って来るよな? このままずっとエレベータ止めてたら迷惑にならんか。いやまあ、そんなに使う人もいないから大丈夫か……。
などと心配する暇もなく、麗美香は帰ってきた。その手には、朝見かけた斧のような長物を取って来た。
「おいおい、そんな物騒なもの、教室に置いてたのかよ。よく置けたな」
それにしても、その斧を持ち出すということは、それぐらい危険があると言うことか? こいつのふざけた態度のせいで、うっかりしていた。つまり、屋上へ行くとはそういう事なのだ。
「急ぐよ! お昼休みが終わる前に片付けないとね」
そういえば、お昼休みをだいぶん消費している。スマホで時間を確認すると、残り二十分といったところだった。
「片付けるってなにを片付けるつもりなんだ?」
「いいから、あんたはついてきたらいいの」
答えるつもりはないらしい。
ニーナは何かを察しているのか、ずっと黙り込んでいる。
エレベータが屋上へ着き、三人で屋上への階段を登っていく。
屋上へ出る扉は、前に来たときに見た通り、重い鎖と、鍵で厳重に閉ざされていた。
「ほらね。このとおりなんだよ。さ、気が済んだかい?」
俺の言葉など耳に入らないのか、麗美香は扉にツカツカと近付いていった。
そして、自分の胸元に手を突っ込んで鍵を取り出した。その鍵で、鎖を縛っている錠をガチャリと開けた。
「おい、おい、おーい! なんで、おまえが、鍵持ってるんだ」
そして麗美香は、重い鎖を紐を解くように軽々と外し、ポイッと脇へ投げた。
ドシャっと重苦しい音をたてて、鎖が階段を転がった。
なんというパワーなんだ、こいつ。あの鎖、めっちゃ重そうだったぞ?
「ポチは、この扉の所で待機、ニーナちゃんは、階段の下で待機してて」
「ポチだと? 俺のことか? おい! 俺はポチじゃねえ」
「ええっと、なんだっけ? モウちゃんだっけ?」
「ちがう、コウちゃんだ」
勢いでつい、コウちゃんとか言っちまったじゃねえか。恥ずかしい……。
「そうだそうだ、コウちゃんだ」
麗美香は、うんうんと頷く。
「いや、コウちゃんもやめて――」
「もし、わたしに何かあったら、コウちゃんはこの扉をすぐに閉めてね♪ よろしく」
「話を聞けーーー! って、え? なんかあったら、ってなんだよ? それに、閉めたら、おまえはどうなるんだよ?」
「大丈夫。たぶんなにもないよ。万が一のためだから。それに、なんかあったときは、もうわたしは終わってるはずだから、気にする必要はないよ」
ちょっ、どういうことだよ、と聞く声を無視して、麗美香は扉を開けて屋上へ出て行った。
追いかけようとしたとき、いつの間にかカバーを外した例の長物の切っ先が鋭く鼻先に光った。
「そこを動くと、斬っちゃうぞ♪」
満面の笑顔で言われた。でも、冗談ではなく、本気であることが彼女の放つオーラからわかった。俺は恐怖のあまり、喉がカラカラになって声を出すことができずにいた。
そんな俺を麗美香は満足そうな瞳で見つめ、屋上をさらに奥へと歩いていった。
麗美香は、長物を軽やかに、舞を踊るかのように振り回しながら、屋上をぐるぐると回っている。
いったい、あいつは何をしているんだ? さっぱりわからない。
でも、大丈夫だよな? 屍魔は倒したし。もう、ここにはいないよな?
俺の背後からニーナが、ひょっこりと顔を出して屋上の様子を覗きだした。
おいおい、ニーナさんよ、持ち場離れたら、ザックリ斬られるよ?
まあ、あいつが、ニーナを斬るとは思えないが。
それにその、ニーナと接触している俺の背中がきみの体温で温かいんだけど……。これはさすがにちょっとまずいのでは?
「ねえ、麗美香さんは、何をしているの?」
俺に聞かれても困る。ニーナは俺との密着なぞ意に介さず、麗美香しか気にしていないようだ。ちくしょうめ。
「わからん」
きっぱりと言った。
屋上は、特に異常はないように見える。掃除されてないせいか、塵やゴミでそうとう汚れていた。
まあ、何ヶ月も放置状態だったからな。
しばらく麗美香の舞を眺めていたが、麗美香は踊りを止めて俺たちのところに戻って来た。
「ニーナちゃん、いけない子。こっち来たらダメでしょ。めっ!」
子供を諭すような口ぶりで、おどける麗美香。
俺に対してとは、随分態度がちがうよな、おまえ。って、麗美香に俺が「ダメでしょ。めっ!」って言われたところを想像してみたら……。無理でした。いまのままでいいです。
「そろそろ、お昼休み終わっちゃうから、ニーナちゃんは、もう戻って」
おお、もうそんな時間か。
急ぎ教室に戻ろうとすると、制服の袖を麗美香に摘まれた。
「ポチは、ステイ」
「ステイってなんだよ! ポチもだけどよ!」
「英語で、留まれって意味だよ。ごめん、英語苦手だった?」
「ちがうわ!」
あーもう、めんどくせえ。なんなんだこいつは!
「まだ、なんかここでやるってんだな。で、ここでまだ、見張ってろと?」
「すごーい。ひょっとして、頭良かった?」
あかん、まともに相手してたら、こいつのペースに飲まれる。
心頭滅却、心頭滅却……
ニーナも残ると言い出したが、さすがに初登校初日からサボりはまずいだろうと説得して、引き上げさせた。
「あ、でも、おまえも初日だろ? いいのか?」
よく考えたら麗美香も、登校初日だ。まあ、こいつに回す気なんて、俺にはないがな。一応、聞いてやろう。
「わたしは別に、いいよ。勉強嫌いだから」
おい、そこは、こっちが優先だとか言っとけよ。勉強嫌いだからサボる事になっちゃうじゃねえか?
「そっか、まあいいや。で、何をするんだ? まだ舞を続けるのか?」
麗美香は、違うと首をふるふると振り、ちょっと瞑想するから、今度は何かあったら、大声で呼んで欲しいと言った。瞑想中は、周囲の事が分からなくなるらしい。
「なあ、いったいおまえは何をしてるんだ?」
応えないとわかっていても、聞かずにはいられなかった。
「なに? 気になっちゃう? だぁーめ。乙女の秘密だよ♪」
予想通り、いや、予想より、いろいろ余計なものが付いて返ってきた。




