表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/159

第三十二話 『心の枷』

 「ん? そこに誰か倒れていなかったか?」


 nullさんは、教員が倒れていた辺りを指差す。


「ああ、その人はエレベータ前に運びました。下の階に降ろそうと思いまして。ここに放置していると、襲われたらいけないので」

「では、おまえと、そこのおまえ、そいつをとっとと降ろしてしまえ」


 nullさんは、ヤマゲンにも声を掛けた。急に声を掛けられて、ヤマゲンはまごついている様子だった。


「えっとでも、それじゃ、nullさんとニーナだけになるじゃないですか?」

「そうだが、なにか問題があるのか?」

「二人だけで行くのは危なくないですか?」

「あの男を運ぶのなら、おまえがいないと大変だろう。重そうだからな。

ニーナがいないと闘えんし、残るは、わたしかそこのやつしかおるまい。

おまえ一人じゃ運ぶのきつかろう」


 nullさんを信じないわけではないが、ニーナと二人っきりにするのには躊躇いがある。

 ニーナの方を窺うと、彼女は大丈夫だと頷いた。ニーナとすれば、一刻も早くあいつを始末したいのだろう。


「わかりました。降ろしたらすぐに戻ってきます」

「じゃあな」


 nullさんは、そう言って、ニーナと廊下の向こう側へと歩いて行った。

 なんだか釈然としない。上手く騙されたように感じた。


「よし、ヤマゲン急ぐぞ」


 考えても仕方がない。ヤマゲンを急がして、エレベータ前へ向かう。

 エレベータを待っている間、摩耶先輩に電話をして事情を説明。一階のエレベータ前で合流する手筈を整えた。


 なんだか嫌な予感がして仕方がなかった。




 ◇◇◇




 ピ……ピ……ピ


 nullとニーナは、廊下の突き当りまで辿り着いた。nullは、受信機を上に向けた後、下に向けた。


「下だな。この下は理科実験室だな」


 隣にいるニーナに、nullは下だと合図をする。

 ニーナは静かに頷く。


 ニーナがいったいどうやってあいつを倒すつもりなのか? nullは訝しんだ。そしてどう倒すのかを口にしないことにも不信感を抱いた。

 そう思いつつも、nullには大体の見当がついていた。そのために、nullはニーナと二人きりになったのだった。

 急がねばならなかった。何故なら、先程の怪物との戦いの後遺症でnullは意識が朦朧とし始めていた。それに、身体が麻痺から覚め、痛みが強くなってきていた。


 受信機を空中に彷徨わせながら、ゆっくりと階段を降りていく。ニーナも後についてゆっくりと降りてくる。


 怪物は手傷を負っているはずである。nullは自分が生き延びたのは、怪物が傷を負って逃げたからだと考えた。


 改造空気銃のボルトを引き、新しい弾を装填する。一応、保険を掛けておくことにしたのだ。ニーナがあいつを倒せなかったときに対処するためだ。


 慎重に階段を降りていく。怪物の動きは緩慢だった。受信機の反応音から、ゆっくり降りている我々が、怪物に徐々に追いついているのがわかる。かなりダメージを喰らったのか? それとも罠なのか?


「おい、ニーナ。やつは、すぐ下だ」


 ニーナは、黙って頷く。


「ところで、ニーナ。おまえは、どうやってやつを倒すつもりなんだ?」


 ニーナの動きが止まる。


「それは、言えない」

「やはりな。なんて決意に満ちた顔をしているんだ、おまえは。なあ、おまえ、死ぬつもりだろ?」


 ニーナは、びくっと身を震わせて、nullを見た。


「まったく。世話の焼けるやつだな。おまえ、やつと相打ちにでもなるつもりか?」


 ニーナは口を噤んだまま、俯いて答えない。


「やっぱりな。どんな事情かは知らんが、わたしの目の前で死ぬことは許さんぞ。そんなもの見せられるのは迷惑だ」


 nullは鋭い目で睨む。


「あいつは――私が連れてきてしまった……。だから、私が始末しないとダメなんです。あんな恐ろしいこと、またたくさんの人が死んでしまう。そんなことを、ここでまた起こすわけにはいかないんです」


 ニーナはnullとは目を合わせず、俯いたまま呟く。


「ふん。責任感? いや、罪悪感か? 生きるより死ぬほうが楽かもしれんな。まあ、わたしのいない所で勝手に死んでくれ。やれやれだ。まったくどうしようもないやつだなあ」


 ニーナを手で制して、nullが独りで階段を降りていく。

 

「nullさん、お願い。私にやらせて」


「残念だが、断る。やつには、先程ぶっ飛ばされた借りがあるんでね。お陰でまだ頭が痛いんだよ。わたしはね、根に持つタイプなんだよ。やつは、わたしが始末する。まあ、おまえがやりたければ、勝手にやればいい。わたしはわたしで勝手にやるさ」


 降りていくnullを追いかけて、ニーナはその腕を掴んだ。


「ダメなんです。nullさんは離れていてください」

「なるほど。わたしが近くにいると巻き込まれるというわけか。そういうタイプの何かなんだな。ふふふ。じゃあ、離れるわけにはいかないな」


 nullは意地悪く笑って、ニーナを見つめる。


「言っただろう。やつには借りがあるって」


 ニーナは自分の手のひらを見つめ、首を振って、手を降ろした。


「なんの真似だ? まあ、いい。そうだ、そのおまえのとっておきを、わたしに教えてくれないか? わたしなら、おまえよりもっと上手く使えるかもしれんぞ」


 ニーナは、少し驚いたような表情を浮かべたが、意を決したのか、上着の両ポケットに手を入れて中の物を取り出してnullに近付いた。


「これです」


 ニーナが差し出した両掌には、ゴルフボール大のピンク色に輝く透き通った石と、緑色に輝く透き通った石があった。


「ほほう? 見たことのない石だな」

「はい。私の世界で採れる数少ない石です」


 ニーナは、石を元のポケットに仕舞った。


「この二つの石を、少しの間、強くくっつけると爆発します。やつの身体の中でくっつければ、やつが吹っ飛ぶぐらいには爆発します」

「なるほど。やつにわざと喰われて、爆死するつもりだったのか」


 コクリと頷くニーナ。


「まあ、悪くない作戦だ。一番確実だろうな。だが、不採用だ」

「え?」

 

 ニーナの驚いた顔をみて、nullは吹き出した。


「あはははは。よし、では、行くぞ。ニーナ、おまえはわたしの指示通りに動け。いいな」


 ニーナは、反射的に頷いた。


「ふふふ。よし、いま頷いたな。ニーナ、二人でやつを倒すぞ」


 ニーナはnullにしてやられたと思った。だが、同時にnullというこの人物なら、もしかしたらあいつを倒せるのかもしれない。


 そう思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ