放課後の教室
導入みたいなもんです。
僕は自分が嫌いだ。
いや……許せないと言っても過言ではない。
ナルシストという言葉を知っているだろうか。彼らは自分が好きで好きでしょうがない人種らしい。
僕はその単語を知ったとき、そいつらを心底羨ましいと感じた。だって自分が好きということほど、幸福なことはないよ。
だってそうだろ?好きな奴と居るとき、人間は最も幸福を感じるのだろ。なら好きな奴と一心同体なナルシスト達は最高に幸せだ。
僕も一度で良いから自分を好きになってみたいよ。
あぁー自分を好きな世界ってどんな世界なんだろう。
夢の中の不知火仏が呟いた瞬間、突如彼を呼ぶ声がして現実世界に引き戻された。
不知火は気分の悪い夢を見たためか、不機嫌そうに、机から顔を上げた。
鋭い目付きに、やや整った顔立ちが、より一層の不機嫌さの演出をしている。
不知火の目の前には、きりっとした整った顔立ちの女の子が、不知火の不機嫌な顔にも全く動じることなく、仁王立ちで腕を組み、不知火を見下ろしている。
彼女は迫力を出しているつもりかもしれないが、子猫っぽい雰囲気の顔立ちと、肩まで伸びたポニーテールが幼さを演出しているため、迫力は皆無と言ってもいいだろう。
「完全に寝ぼけた顔しちゃって!もう放課後だよっ、寝る時間じゃないよっ、帰る時間だよっ」
不知火を起こし、矢継ぎ早に話しかける彼女の名は、能登路歩夢、不知火のクラスメイトであり、クラス委員長をやっている、明朗快活でお節介な少女である。
不知火に積極的に関わろうとする人物は少ないので、不知火が学内で認識している数少ない人物の一人だ。
「んー委員長……今何時?」
不知火は瞼をこすりながら、気だるそうに話しかけた。
「えーと……午後六時少し前だねっ!というか私の名前は委員長じゃないよっ!歩夢って呼んでって何度も言ってるでしょ!」
能登路はポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら、冗談半分にもとれるように怒っている。
「じゃあ歩夢さんで……」
(つかもう六時か、こんな時間まで寝てるなんて……)
不知火は放課後まで昼寝してしまった自分に少しイラついた。
「そういえば、なんで歩夢さんはここに?」
「へっ、私?ちょっとクラス委員長の集まりで長引いちゃってさ!あとね、毎日言ってる気がするけど、明日になったらまた委員長って呼ぶのはなしだよ!分かった?分かったね?分かったよね?分かれぇぇぇぇ!」
歩夢は突然な質問に少し驚きながらも、能登路節を炸裂させ、不知火に追い打ちをかける。
「分かった分かった。明日からはきちんと歩夢さんって呼ぶから落ち着いて」
不知火はテンションがうなぎ登りで上がる歩夢に圧倒され、少し引き気味だ。
「よしよしっ。分かれば良いんだよっ、ワトソン君。嘘は針千本だからね」
先ほどのハイテンションは嘘かのように、ケロッと平常に戻り、嬉しそうに笑っている。
相変わらずコロコロと表情が変わる面白い奴だなと思いながら、不知火は机にかけてある鞄を持ち立ち上がった。
「こんな時間だし、僕はもう帰るよ」
「うんっ!私もこれ片付けてから帰るから、先に帰ってて」
不知火は歩夢と挨拶をした後、夕闇に染まる街並みの中、家路を急ぐ。
逢魔時が見せる光景はどこか幻想出来で、現実と切り離された幽世の世界を感じさせる気がする。
その美しさと不気味さを兼ね揃えた街並みから、不知火はなんとなく嫌な予感を感じた。




