第97話 魔道具の母
「いや、そういう話じゃ——」
「あ、そうだ。あとですね——」
ピリカが、ぽんと手を打った。
「向き、反対にしたら、冷風機になりますよね?」
親方が——止まった。
若い職人が、口を半分開けたまま、止まった。
「……えっ」
「前から冷風出して、後ろから温風を捨てるんです。夏、すごい売れると思うんですよ」
「お、お嬢さん、ちょっと待っ——」
「あと、これ、大きく作って部屋全体に効かせたら、涼しい部屋になりますよね。お屋敷の夜会用に……あ、冬は逆向きにすれば暖房にもなるかも。一台で二役」
「お嬢さ——」
「それと、床の下に長く仕込めば、あったかい床になりませんか? 冬、足元から温かいの、絶対需要あります」
「……」
「あと、断熱した箱の中の熱を、ずーっと外に捨て続けたら、中は冷たいままですよね。食べ物の保存。夏でも、お肉が腐らない、みたいな」
工房中が——完全に、静まり返った。
誰も、何も言わなかった。職人たちが、道具を握ったまま、口を半分開けて、小さな女の子を見つめていた。
ピリカは、ふと、その視線に気づいて、職人たちの顔を見回した。
「……あ、すみません。一気に話しすぎました?」
⸻
親方が、ゆっくりと、目を閉じた。
それから、目を開けた。
「お嬢さん」
「はい」
「それ、全部……いつ思いついた?」
「昨夜です」
「……一晩か」
「はい。夜中、机で考え事してたら、急にバーッと広がっちゃって。あんまり寝てません」
あんまり寝てません、ではない。一睡もしていないのは、目の下のクマを見れば、わかった。
親方は、もう一度、深く息を吐いた。
この娘は、わかっていない。
たった今、自分の口で並べたものが、ひとつひとつ、産業まるごとを生む発明だということを。机の上の試作機一台が、魔道具というものの歴史を、今日この日で二つに割ったということを。
わかっていないまま——「夏、すごい売れると思うんですよ」の顔で、笑っている。
……いや。
親方は、思い直した。
わかっていないから、こうなのではない。この娘の頭の中では、もう次の十個が見えていて、そちらのほうが楽しくて仕方ない。ただ、それだけなのだ。
⸻
親方は、振り返った。
「おまえら」
職人たちが、弾かれたように姿勢を正した。
「お嬢さんの言うことは、昔から突飛で——正直、意味のわからんことも多い」
「えっ。それはすみません……?」
「だが、全部、人のためになるものだった。そして今度のは、今までの比じゃない。……八十分の一だぞ。ここにいる全員の家に、嫁さんに、子どもらに——魔力があろうがなかろうが、ちゃんと使える魔道具が行き渡るんだ」
親方は、大きく息を吸い込んだ。
「本当の——革命だ。お嬢さんの言うもの、全部、わしらの工房で形にしていくぞ!!!」
「「「————おう!!!」」」
工房が、揺れた。
「そ、そんな……大袈裟な……」
ピリカが、小さくなった。
「大袈裟なもんか」
親方は、それ以上は言わなかった。
ただ、もう一度——計測機の針を、見た。
動いていない。
動かないまま、試作機は、何事もないような顔で、温風を出し続けている。
魔力のない者にも届く、温風を。
「……革命だ」
もう一度、低い声で。
今度は、自分に言い聞かせるように、親方は呟いた。




