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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第82話 ティナ編2/3:雨の谷の子

「あのとき教えてって言ってたけど、今でもまだ、気になる?」


 最初、何を言われたのか、わからなかった。


 あのとき。教えて。——覚えて、いてくれたんだ。あんな、廊下ですれ違うだけの、一言を。


「え……教えて、もらえるの?」


「うん。私も、今ならちゃんと教えられるくらいに、理解したから」


 あとで知ったことだけれど、ピリカちゃんはあの頃、師匠から「魔術のことはまだ話すな」と言われていたらしい。説明できない者が話すと、ややこしくなるから、と。


 あの困った顔は、意地悪じゃなかった。教えたいのに教えられない、板挟みの顔だった。


 ——考えすぎじゃ、なかったんだ。


 それから、名前を聞かれた。六年間、同じ学年にいて、名前を聞かれたのは初めてだった。ちょっとだけ切なくて、それよりずっと、うれしかった。



 放課後の物置小屋の裏で、ティナの世界はひっくり返った。


 風は、創るものじゃなくて、そこにある空気を動かすこと。


 掌に乗せられた、小さな綿。


 ころ、と転がった綿を見て、「今、動いたよ」と言われた瞬間のことを、ティナは何度でも思い出せる。六年間、びくともしなかった世界が、綿ひとつぶん、動いた音がした。


 三度目で、風が起きた。綿がくるくると空へ舞って、自分の髪がふわりと膨らんで——ティナは、たぶん人生でいちばん大きな声を出した。


 水は、もっとだった。


 空気の中に水が溶けている、なんて信じられなかった。半分疑いながら、掌の点に集めて、五回目——ぷるん、と生まれたさくらんぼほどの水玉を見たとき、涙が出た。


 雨の谷の子に、なれた。



 数日後の、実技の授業。


 的の前に立ったとき、ティナは、ちょっとだけ迷った。


 このまま黙って風を撃てば、「ティナが急にできるようになった」ことになる。六年間の落ちこぼれが、自力で追いついたことに。……そのほうが、家の体面もいいのかもしれない。


 ぶわっ、と的が倒れて、教室がざわめいて、「何かしたの?」と囲まれたとき——ティナは、はっきり言った。


「ピ、ピリカちゃんに、教えてもらったの!」


 迷いは、一瞬で済んだ。だって、この魔術は、黙って独り占めしていいようなものじゃない。それに——教えてもらったことを隠すのは、あの綿への、裏切りだと思った。



 その晩、家の夕食の席で、ティナは掌に水玉を作ってみせた。


 お父様は、フォークを置いたまま、長いこと黙っていた。


 それから、ぽつりと言った。


「……レーゲンタールの、水だ」


 お母様は、ハンカチを目に当てて、それきり顔を上げなかった。ため息の上手だったお父様は、その日から、ティナの学園の話を、夕食のたびに聞きたがるようになった。


 その夜、ティナは自分の部屋で、枕元に小さな水玉を作っては、消した。作っては、消した。——なかなか、眠れなかった。



 それが、少し前までの話。


 いまは週末の空き地の教室に毎週通って、教えてほしい子たちの取り次ぎ役も、している。ピリカちゃんは、なんだかいつも忙しそうで——最近は、生徒の数がすごいことになっている。


 そして、今日。


 昼休みの廊下に、二度目の「ねぇ!」が、飛んできたのだった。



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