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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第73話 空き地の教室

 週末の朝。丘の下の、空き地。


 ——私が雨の日に倒れて、お師匠様に拾われた、あの場所。


 その空き地に今、学園の制服が並んでいた。


 ティナと、教えてほしいと言ってくれた、6人の生徒たち。


「え、えっと。今日は、来てくれてありがとう」


 ピリカが頭を下げると、生徒たちは、ぶんぶんと首を横に振った。


「こ、こちらこそ!」


「よろしくお願いします……!」


 みんな、ガッチガチに緊張していた。ピリカ相手なら平気だったのだろうが——隣にいるのが、公爵家の令嬢にして歴代最高の魔法の才能と名高い、アリサ・ヴァイスフェルトなのだ。


 ピリカの隣には、アリサが立っていた。


「人数も増えたから、アリサも手伝ってくれると嬉しいなって」


「ええ、任せて。私も、教えてみたかったの」


 アリサは、やる気に満ちていた。



 丘の上の家。


 グリモワルドは、窓辺の椅子に深く沈んで、コーヒーをすすっていた。


 窓の外。丘の下の空き地に、小さな人影が並んでいるのが見える。


 ——あの空き地を、毎日眺めていた頃があった。


 泥だらけで、雨に打たれて、何百回も失敗し続ける小娘を、コーヒーを飲みながら、暇つぶしに。


 その小娘が今、空き地の真ん中で、誰かに何かを教えている。


 グリモワルドは何も言わず、もう一口、コーヒーをすすった。



「じゃあ、始めるね。——最初に聞くけど、みんなは『風』って、何だと思う?」


 ピリカの授業は、いつもの問いかけから始まった。


 魔法は結果を世界にお願いするもの。でも、私がやるのは、過程を自分でやること。風は空気が動いていること。空気はどこにでもあること。だから、新しく創らなくていいこと。そこにある空気を、ちょっと押すだけでいいこと。


「——で、じゃーん」


 ピリカが取り出したのは、小さな綿の塊が六つ。


「はい、ひとり一個ね」


「……わた?」


「空気って透明でしょ? だから『押せ』って言われても、どこを押せばいいかわかんないの。私もそうだった。——でも、掌の上に綿を乗せて、これを動かすだけなら、できそうな気がしない?」


 六人が、おそるおそる掌に綿を乗せた。


「掌のすぐ先を、ふわっと押してみて。そしたら綿が動くから」


 ひとり、またひとり。


 すうっと息を吸って、掌の上の綿を見つめて——


 ころ、と綿が転がった子が、目を見開く。


「で、できた……動いた……! 私、初めて……!」


「うん! その調子! もう一回!」


 もう一度。今度は——ぽふ、と綿が浮いて、続けて風が起きた。前髪が揺れる。


「風! 風出た!!」


 その顔が、ぱあっと輝く瞬間を、ピリカは何度も見た。


 ——この顔だ。


 ティナのときも思った。この顔を見るたび、胸の奥が、ぽかぽかする。



 一方、その頃。


 アリサの組は——難航していた。


「ここでね、こう……ふわっと集めて、きゅっとすれば、できるわ」


「ふわっと……?」


「ふわっとよ。それで、きゅっと」


「き、きゅっと……」


 生徒は半泣きで、アリサは大真面目だった。


 やってみせれば、完璧なお手本が出る。アリサの掌の先で、風は綺麗に渦さえ巻く。でも、言葉にしようとすると——「ふわっと」と「きゅっと」しか、出てこないのだった。


「……あれ?」


「す、すみません……」


「謝らないで。悪いのは、たぶん、私の説明……な、気がする」


 見かねたピリカが、そっと交代した。


「ねえ、綿、見てる? 遠くじゃなくて、掌の上のこの子だけ。この子を、ちょっと押すだけだよ」


「掌の上の……これだけ……」


 すう——ころ。ぽふ。ぶわっ。


「できた!?」


「できたね!」


 その様子を、アリサは少し離れたところから、じっと見ていた。



 お昼の休憩。


 草の上に座って、アリサは、ぽつりと言った。


「……私、教えるのに、向いていないのね」


 しょんぼりと、膝を抱えている。


「みんなが、どこで困っているのか、わからないの。だって私、困ったことが、ないんだもの……」


 それは自慢ではなく、本気の落ち込みだった。


「アリサ……」


「——お主はわしと同じで、"自然とできる側"じゃからな」


 不意に、声が降ってきた。


 見上げると、丘の上から、グリモワルドがコーヒー片手に下りてきていた。


「お、お師匠様」


「なぜできないのか、理解できんのじゃろう。——当然じゃ」


「は、はい……」


 アリサが、小さく頷いた。図星だった。


「ピリカが魔法を使えんのと同じでの。お主ができない気持ちを理解しようとするのは、非効率な努力じゃ。お主はお主のできることをすればよい」


「私の、できること……」


「試しに——風で宙に浮いて座っているのを見せてみろ。皆が憧れて、そこを目指して努力し始めるやもしれんぞ」


 アリサが、きょとんとした。


「……浮く?」


「お主なら、造作もないじゃろ」


「その程度でいいんですか……?」



 午後の授業。


 生徒たちが集まったところで、アリサが一歩前に出た。


「——少し、見ていてくれる?」


 すう、と息を吸う。


 アリサの足元から、風が渦を巻いた。髪がふわりと持ち上がり——そのまま、アリサの体が、すうっと宙に浮いた。


「えっ……浮いてる……」


「う、浮いてるよね!?」


 アリサは止まらなかった。ゆっくりと、でも確実に、どんどん高く上がっていく。空き地の木の梢を越え、丘の家の屋根を越え——やがて、小さな影が空に溶けるくらいまで。


「た、高い……!」


「飛んでる……風だけで、飛んでる……!」


 そのとき。


 上空で——風が、止んだ。


 アリサの体が、すっと地面に向かって落ち始めた。


「————っ!!」


 ピリカの顔から、血の気が引いた。


「お師匠様っ!!!!」


 丘の上に向かって、叫んだ。


「——問題ないわい。みておけ」


 グリモワルドの声が、コーヒーカップの向こうから、のんびりと返ってきた。


 落ちてくる。まっすぐ、まっすぐ、アリサが落ちてくる。生徒たちが悲鳴を上げかけた——その、瞬間。


 地面すれすれで——ぶわっ、と風が爆ぜた。


 アリサの髪とスカートが大きく舞い上がり、落下が嘘のように止まる。風のクッションに包まれて、アリサの体が、ふわり、とゆっくり減速して——すとん、と地面に降り立った。


 涼しい顔だった。


「風って、こういうこともできるの。——みんなが今やっている綿を動かすことの、その先にあるもの」


 沈黙。


 それから——わあっ、と歓声が弾けた。


「すごい!!」「かっこいい……!」「飛んでた! 本当に飛んでた!!」


 生徒たちの目が、きらきらと光っていた。——憧れの顔だった。


「……よーし」


 ピリカが、にやっと笑って前に出た。


「じゃあ私もやってみようかな——えいっ」


 ぶわっ。足元の風が吹き上がって——ピリカの体が、ほんの一瞬だけ浮いて——バランスを崩して、しりもちをついた。


「いたた……」


 生徒たちが、ぷっと吹き出した。ピリカも、草の上に座ったまま笑った。


「……あはは。私だとこんなもんです」


「で、でもちょっと浮いた!」


「浮いてた浮いてた!」


「でしょ? ——アリサみたいにはいかないけど、ちょっとなら浮けるの。みんなも、やってればそのうちこのくらいはできるようになるよ」


 空の上のアリサが——憧れ。地面すれすれのピリカが——もうちょっとで届きそうな希望。


 生徒たちの目が、さっきまでとは違っていた。綿を動かすだけの練習が、急に、その先に繋がって見えたのだ。


「——よし、じゃあ午後もやろっか!」


「「「はいっ!!」」」



 アリサがピリカの隣に来て小声で言った。


「……ピリカ、あなた、わざとやったでしょう」


「え? 何が?」


「落ちて転んだやつ。——もうちょっと上手にできたんじゃない?」


「ううん、残念ながらあれで本気なんだよね。私あんまり浮けないの、本当に」


「…………そう」


 アリサは、少しだけ笑った。


「私とあなた。——ふふ、ちょうどいい組み合わせね」


「でしょ?」



 夕方。


 帰っていく生徒たちは、来たときとは別人みたいな顔をしていた。


「ピリカさん、アリサさん、ありがとうございました!」


「あの、来週も……来週も、来ていいですか!?」


「う、うん。いいよ」


「やったぁ!!」


 歓声を上げて、丘を下っていく背中を、ピリカとアリサは並んで見送った。



 その夜。


 夕食の席で、グリモワルドはいつもよりほんの少しだけ、機嫌よさそうにコーヒーをすすっていた。


「お師匠様、今日はありがとうございました。アリサにアドバイスしていただいて」


「別に。——暇じゃったからの」


 それきり、グリモワルドは何も言わなかった。


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