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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第60話 兄、来訪

 グリモワルドが空の向こうに消えて、しばらく。


 ピリカはまだ庭先で、左手の指輪を眺めていた。


「——ピリカ」


 門の方から、声がした。


「お、お兄様!?」


 振り向くと、見慣れた顔が立っていた。会いたいなと思った矢先に本人が現れたので、心臓に悪い。思わず、指輪をかざしていた左手を後ろに隠した。


「どうした、変な顔をして」


「な、なんでもない! ……えっと、ようこそ?」


 アーサーは苦笑して、それから、隣のアリサに気づいて姿勢を正した。


「失礼しました。妹がお世話になっています。アーサー・ベルフォードと申します」


「アリサ・ヴァイスフェルトです。こちらこそ、ピリカさんにはお世話になっています」


「ヴァイスフェルト——大会の、同率優勝の」


「は、はい。それは、その……どうも」


 アリサが、ちょっと気まずそうに会釈した。妹と決勝で爆発し合った相手です、とは言いにくいらしい。


「それで、お兄様、今日はどうしたの?」


「グリモワルド様にご挨拶をと思ってな」


「あー……いまちょっと出かけてるよ。コーヒー豆を買いに」


「そうか、タイミングが悪かったな」


「ううん、たぶんすぐ帰ってくると思う」



「——それでだ、ピリカ。先に、言っておきたいことがある」


 アーサーが、急に声を落とした。深刻な顔だった。


「な、なに?」


「お母様が——あのドライヤーとシャンプーを、社交界で自慢しまくっている」


「…………はい?」


「夜会のたびに、あの艶々の髪を披露しているんだ。それでご婦人方から『どこで手に入りますの』『うちにもひとつ』と、問い合わせが殺到していてな……。俺も父上も、迂闊に何も答えられん。——あれは一体、どこの工房の品なんだ?」


「工房っていうか……お師匠様が、その場で、ぱぱっと」


「ぱぱっと」


「ぱぱっと」


「…………」


 アーサーが、こめかみを押さえた。


 ピリカはピリカで、別のことを考えていた。


 ——欲しい人が、いっぱいいる。


 夜会のたびに、問い合わせが殺到。社交界のご婦人方といえば、お金ならいくらでも持っている人たちだ。


 ——これ、もしかして。



 ふわり、と。


 影が落ちてきた。


「うおっ!?」


 アーサーが飛びのいた。空から、豆の袋を抱えた老人が、ゆっくりと庭に降りてきたのである。


「と、飛んで……人が、飛んで……」


「お師匠様、おかえりなさい」


「ただいまじゃ。——ん? 客か」


 アーサーは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。が、すぐに我に返って、背筋を伸ばした。一歩前に出て、深く頭を下げる。


「——お初にお目にかかります。ベルフォード侯爵家長男、アーサー・ベルフォードと申します。妹が、大変お世話になっております」


「うむ」


 グリモワルドは豆の袋を小脇に抱えたまま、アーサーの顔をじっと見た。


「…お主、よくメイドと一緒にこの辺をうろついておった男じゃの。兄じゃったか」


「はい。ピリカの兄です」


 アーサーは、素直に頷いた。——見回りの件は、とっくにバレていたと父からも聞いている。今さら、ごまかすことでもない。


「ま、立ち話もなんじゃ。入れ」



 玄関で、アーサーがそのまま上がろうとした。


「あ、お兄様。靴はそこで脱ぐんだよ」


「……靴を?」


「この家のルールなの。家が綺麗だし、慣れると床が汚れないから楽だよ」


「靴を……そうか、脱ぐのか……」


 アーサーは、ぎこちない手つきで靴を脱いで、揃えた。


 ——そういえば私も最初の日、同じ顔をしてたっけ。


 ピリカは、ちょっとだけ笑ってしまった。



 居間に通されて、四人でテーブルを囲んだ。


「さて、客も来たことじゃし、コーヒーでも淹れるかの」


 グリモワルドが、買ってきたばかりの豆の袋を軽く指で叩いた。


 袋から豆が浮き上がり、空中で赤く光って焙煎され、砕け、粉になる。どこからか水の球が現れて沸騰し、粉と混ざり合い——数十秒後、四つのコップが、ふわふわとテーブルに着地した。


「…………」


 アーサーが、湯気の立つコップを見たまま、完全に沈黙した。


 ——あ、この顔。


 ここに初めて来た人、みんなこうなるんだよね。ピリカはコップを受け取りながら思った。我ながら、慣れてきたなぁ。


 隣でアリサも、こっそり遠い目をしていた。——私も最初、あんな顔をしていたんでしょうね、という目だった。



「あの、お師匠様」


 ピリカが、コップを置いて切り出した。


「ドライヤーとシャンプーって——もっと作れます?」


「? 作れるが。……なんでまた、あの二つなんじゃ」


「お母様が、社交界であの二つを自慢してるらしいんです。それで『どこで手に入るの』って、問い合わせが殺到してるって」


 ピリカは、ぐっと身を乗り出した。


「つまり——売ればお金が、稼げます!」


「ほう」


 グリモワルドが、にやりとした。


「なるほどの。——例の金稼ぎか」


「はい!」


「かっかっか! 草むしりよりは、よほど筋がええの」


「その話は忘れてください」


 グリモワルドはひとしきり笑ってから、コーヒーをひと口すすった。


「ええじゃろ。ただし、わしが作るのは最初のサンプルだけじゃ。あとはそっちでなんとかせい。ずっと作り続けるのは面倒じゃ」


「はい! それで十分です!」


 グリモワルドは椅子から立ち上がると、棚の奥から素材をいくつか取り出した。金属の板やら棒やらが手のひらの上に浮かび、くるくると組み合わさっていく。指先でちょちょいと魔法をかけるたび、取っ手のついた魔道具が、ひとつ、またひとつ、テーブルに着地する。


 五つ並ぶまで、三分もかからなかった。続けて洗面所の方から、シャンプーの瓶が五本、ふよふよと飛んできて隣に整列した。


「ほれ。ドライヤー五個と、シャンプー五本。サンプルじゃ」


「ありがとうございます!」


 ピリカは、普通に受け取った。実家へのお土産のとき、目の前で作ってもらったから知っている。この人は、こういう人なのだ。


「…………」


 一方、アーサーは声も出ていなかった。


「い、今……目の前で、魔道具が……組み上がって……」


 兄と妹の温度差に、アリサがこっそり苦笑していた。



「……整理させてくれ」


 アーサーは、コーヒーをひと口飲んで、息を吐いた。


「つまりピリカは、これを売って稼ぐつもりなんだな」


「うん。……だめかな?」


「いや」


 アーサーは首を振った。それから、五つ並んだドライヤーを見て、少し考え込んだ。


「需要は、間違いなくある。母上が広めてくれているからな……皮肉なことに、宣伝はもう済んでいる。問題は中身の解析や量産だが——」


 顔を上げた。


「うちは国防を預かる家だ。武具や魔道具の工房とは、昔から付き合いがある。王都の魔道具職人ギルドにも——伝手はきく。父上に相談してみよう」


「ほんと!?」


 ピリカは、思わず立ち上がった。


「お兄様、ありがとう!」


 言ってから、ふと気づいた。


 ——あ。


 今日こそ指輪のお礼を言おうと思ってたのに、先に商売のお礼を言ってしまった。


 ——指輪のお礼は、また今度。ちゃんと、言おう。


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