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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第59話 指輪の真相

 ひとしきり遊んだあと、二人は桶に水を汲んで、いつもの練習に戻った。水素の生成——水に電気を流して、水素と酸素に分解する、真空と並んで、ピリカの原点の魔術だ。


「せーの」


 二人同時に、桶に手をかざす。


 しゅわしゅわしゅわ……。


 二つの桶から、細かい泡が立ちのぼる。


「……あれ」


「……あれ?」


 二人は顔を見合わせた。


 ——ピリカの桶の方が、泡が多い。


「ね、ねぇ今、私の方がちょっと速くなかった?」


「もう一回お願いします」


 せーの。しゅわしゅわ。——やっぱり、ピリカの方が速い。ほんの少しだけど、確実に。


「れ、練度の差かな? これは私、相当練習したし……」


「でも、変です。真空も気体の操作も水の生成も、後から始めた私の方が速いのに……」


 まるで悪気なくアリサは言いながら、無意識みたいに水の玉をいくつか出して、指先でくるくる回している。片手で。考え事のおともに。


「うわぁ……私じゃ逆立ちしてもできないことを、考え事しながら……。そうなんだよねぇ、なんでだろ」



「お師匠様ー! なんで水素だけ、私の方が速いんですか?」


 石の椅子に向かって叫ぶと、グリモワルドはコーヒーをすすってから、こともなげに言った。


「左手の小指につけとる指輪。それ、白金じゃろ。そいつが電気分解を助けとるんじゃよ」


「……はい?」


 ピリカは左手を持ち上げた。小指で、銀色の小さな指輪が光っている。


「白金はな、自分は変化せんくせに、周りの反応を速くする性質がある。——触媒というやつじゃ。水の分解とは、すこぶる相性がええ」


「あ! もしかして、左手だとやけに電気分解しやすかったのって……」


「その指輪のおかげじゃな。逆に、なんだと思っとったんじゃ」


「なんか、その、利き手……みたいな……」


「バカもん。それだけ左右で差があったら理由があるわ。ちゃんと疑問を持て。お主の利き手は10倍の力が出るのか?」


「す、すみません、心がけます……」


「そもそも、お主の利き手は左なのか?」


「み、右です……」


「理論が思いっきり破綻しとるじゃないか……」


 ピリカは小さくなった。が、すぐに顔を上げた。


「と、というか! 気づいてたなら教えてくださいよ!」


「お主がずーっと左手でやっとるから、てっきり気づいた上で使っとるもんだと思っとったわ」


「…………!」


 ——た、たしかに、そう見えるか……?いや、そんなこともないか……?



「ま、よい機会じゃ。指輪を外して試してみい」


「は、はい。——アリサ、ちょっと持ってて」


「はい」


 指輪をアリサの手に預けて、ピリカは桶に手をかざした。


 しゅわ………しゅわ………。


「おっっっっそ!!!!!」


 泡が、ぽつ、ぽつ、としか出ない。いつもの感覚の何分の一だろう。同じ魔術、同じ自分のはずなのに。


「アリサ、次はお主じゃ。それを握ったまま、試してみい」


「は、はい」


 アリサが、指輪を握り込んだ右手を桶に向けて、力を込めた。


 ずもももももももももも。


「わっ、わっ……!」


 握った手の先の水面が、沸騰したように荒れ狂った。指輪に近いところから、白い泡が爆発的に湧き上がって、水しぶきが二人の顔にかかる。


「——こういうことじゃ」


 グリモワルドが、コーヒーを片手にまとめた。


「アリサの魔術に、白金の触媒。両方そろうとこうなる。ピリカ、お主の水素が速かったのは、半分はその指輪の手柄じゃ」



 ピリカは、アリサから指輪を返してもらって、左手の小指にそっと戻した。


 ——この指輪は、小さい頃にお兄様がくれたものだ。


 自由になるお金なんてなかったはずの、まだ子供だったお兄様が、お父様に頭を下げて買ってくれた。サイズが合わなくなっても手放せなくて、小指に移して、ずっとつけてきた。


 ——あっ。


 不意に、気づいてしまった。


 決勝戦の、あの水素爆発。ぎりぎりで間に合った、あの一発。この指輪がなかったら——到底、間に合っていない。


 こんなところでも、助けられてたんだ。


「……ねぇ、アリサ」


「はい?」


「この指輪がなかったら——決勝戦、引き分けじゃなかったね」


「それは——そうかも」


 アリサが、素で返した。それから二人で、ふふっと笑った。


「さて」


 グリモワルドが、石の椅子から腰を上げた。


「わしはちと出かけてくる。コーヒー豆が切れそうじゃ」


「あ、いってらっしゃい」


 ふわり、と。グリモワルドの身体が浮き上がって、そのまま空の向こうに小さくなっていった。豆を買いに行く距離感ではない。


 ピリカは、陽射しにかざすように左手を上げた。小指の上で、白金の指輪が静かに光っていた。


 ——お兄様。


 会って、お礼が言いたいな。ふと、そう思った。


ちなみに、この白金の指輪は「第9話 湯船」で出てきたピリカが湯船の中で眺めていた左手小指の指輪になります。地味に初期から張っていた伏線でした!

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