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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第45話 ソーラーレイのグリモワルド

 森の手前、五百メートルほど離れた草原に降り立った。


 風が草を揺らしている。遠くで鳥が鳴いて、虫の羽音がかすかに聞こえる。薄い雲の向こうに太陽がぼんやりと透けている。——穏やかな、薄曇りの昼下がりだった。


 あの赤い鱗の巨体は、森の奥に横たわったまま動かない。眠っているのか。



「さて」


 グリモワルドが、いつもの調子で言った。


「ソーラーレイが見たいと言っておったの」


「は、はい」


「最初に断っておくが、今日は曇り空じゃから大した火力は出んぞ?」


 ——大した火力は出ない。その言葉を、ピリカはこの数分後に思い出すことになる。



 グリモワルドが、右手をゆらりと空に翳した。


 ——瞬間。


 世界から、光が消えた。



 太陽が、なくなった。


 正確には、空はまだそこにある。雲もある。しかし、太陽の光だけが—— 一切合切、地上に届かなくなった。


 昼が、夜に変わった。


 影のない暗闇が、一瞬で覆い尽くした。周囲だけではない。——見渡す限り、全てが夜だった。草原も、森も、遠くの山の稜線も。地平線の果てまで、光という光が消えている。


 まるで日食。しかし日食よりもなお深い暗さだった。空に太陽があるはずの場所だけが、薄く白い円を残している。


 肌が、ひやりとした。


 さっきまで暖かかった日差しが完全に途絶えて、空気の温度が一気に落ちた。腕に鳥肌が立つ。まるで冬の夜に放り出されたような、急な冷気。


 そして——音が消えた。


 さっきまで聞こえていた鳥の声が、虫の羽音が、全て止んだ。突然の夜に、森の生き物たちが凍りついたように黙り込んだ。


 森の中には、風の音だけが鳴っている。



 暗闇の中で、ピリカは自分の心臓の音を聞いた。


 隣のグリモワルドを見た。——いつもと変わらない、だるそうな顔。右手を空に翳したまま、欠伸を噛み殺している。


 そして。



 闇の中心に、光が落ちた。


 一本の、白い柱。


 天から地へ、まっすぐに突き刺さった純白の光の柱が——ドラゴンの身体を直撃していた。



 ドラゴンが咆哮した。


 あの巨体が跳ね起き、翼を広げ、炎を吐いた——しかし、光の柱はびくともしない。吐いた炎がほとんど見えないまま光に呑まれて消えていく。


 生半可な火魔法など一切通じないはずのファイアドラゴンの鱗が——灼かれていた。


 赤い鱗の表面が白く変色し、煙を上げている。あまりのエネルギーに、巨大な身体が地面に押し付けられている。立ち上がろうとしてもがいているが、光の重さに潰されるように動けない。


 光の柱が当たっている範囲の草木が、一瞬で色を失った。白い灰になって、風に触れた瞬間に崩れ落ちた。地面が赤く光っている。——赤熱。土がガラスのように溶けている。すでに地面は数メートル陥没して、巨大なクレーターが生まれていた。



 ピリカが、光の柱を見た数秒後だった。


 衝撃波が来た。


 五百メートル以上離れたここまで——ドンッ、と腹の底を叩く圧力が届いた。髪が後ろに煽られて、目を開けていられない。続けて、熱。真夏の炉の前に立ったような熱波が肌を焼いた。反射的に腕で顔を庇った。


 ——五百メートル離れて、これ。


 あの光の真下は、一体どうなっているのか。



 風に煽られながら、ピリカは隣を見た。


 グリモワルドは——微動だにしていなかった。


 同じ衝撃波が来ているはずなのに、髪一本揺れていない。右手を翳したまま、光の柱を見つめている。呼吸も乱れていない。汗の一滴もない。


 まるで、いつものコーヒーを淹れている時のような——日常の延長の、無造作な姿勢だった。



「ふむ。やはり今日の天気ではドラゴンを一気に消し飛ばすには火力が足りんな」


 その声に、焦りも苛立ちもなかった。——ただ少し、苦しみを長引かせて申し訳なさそうなだけだった。


「仕方ない。少し絞るか」


 翳した右手を、ゆっくりと握り込んでいった。



 光の柱が——変わった。


 太い柱が、細く、細く、凝縮されていく。明らかに光量が増している。太かった光が一点に絞られて、白から青白へ、青白から——直視できないほどの輝線に変わった。


 レーザーだった。


 ピリカは目を細めても耐えられず、手で顔を覆った。指の隙間から、あの光が見えた。



 その輝線が、一瞬の抵抗もなく——ドラゴンの身体を貫いた。


 あのファイアドラゴンの、分厚い鱗を。筋肉を。骨を。何の抵抗もなく、紙を裂くように貫通した。


 貫かれた部分は完全に炭化していた。血すら出ていない。傷口の断面が、黒く焼き固められている。



「これ以上、無駄に苦しまんようにな」


 グリモワルドが、ぽつりと呟いた。


 右手を少し横に動かした。——それだけで、レーザーが横に走って、ドラゴンの首を焼き切った。巨大な頭が地面に落ちて、大地が揺れた。


「あとは再生されんように」


 手を動かすたびに、レーザーが走る。身体が切り分けられていく。——まるで、包丁で食材を切っているような、何の感慨もない手つきだった。



 ピリカは、一言も発せなかった。


 声が出ない。喉が震えている。足が動かない。


 目の前で起きていることが——理解はできているのに、感情が、認識が、全く追いついていなかった。



 グリモワルドが、手を下ろした。


 夜が、明けた。


 唐突に、光が戻った。太陽が空に蘇って、暖かさが肌に触れた。鳥が一羽、おそるおそる鳴いた。——世界が、恐る恐る、昼に戻っていく。


 ドラゴンがいた場所には、巨大なガラスのクレーターと、整然と切り分けられた肉塊だけが残っていた。



 グリモワルドが振り返った。


 いつも通りの、だるそうな顔。


 黙ったままのピリカを見て、何を思ったのかこう言った。


「すまんの。物語で読むような魔物との戦いを想像しておったら、だいぶ退屈じゃったじゃろ?」


 ピリカは首を横に振った。——振ることしかできなかった。


「使う魔法はいろいろあるが、わしの魔物退治は大体こんなもんじゃよ」



 ピリカは、このとき初めて——本当の意味で思い知っていた。


 自分が師事している人物が、どういう存在なのかを。


 雨を止めるのも。コーヒーを淹れるのも。料理をするのも。——そして、ドラゴンを一方的に解体するのも。


 この人にとっては、全部同じなのだ。


 息一つ切らさず。汗一つかかず。片手間で。——同じ温度で、同じ顔で、全部やってしまう。


 それが、世界最強ということなのだと。


 膝が、少し笑っていた。


「お師匠様」


「ん?」


「…………」


 言葉が出てこなかった。何を言えばいいのかわからなかった。


 グリモワルドは少しだけピリカの顔を見て、鼻を鳴らした。


「では帰るかの」


 ——もう、終わり。


 ここに来て、ドラゴンを倒して、帰る。それだけ。


 散歩に出て、買い物をして、帰る——くらいの軽さで、この人はドラゴンを殺した。


 ——ふと、さっきの言葉が蘇った。


 "今日は曇り空じゃから大した火力は出んぞ?"


 ——あれで、大した火力が出ていない……?


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