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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第16話 小さな、だけど大きな一歩

 翌朝。


 居間のテーブルの上に、蝋燭が一本立っていた。


「昨日はすまなんだの。わしの教え方が悪かった」


「……確かに全く意味わからなかったですけど」


「うるさいわ。——ちょっと考えたんじゃが、口で説明するのはやめる。目で見た方が早いじゃろ」



 グリモワルドが片手を上げた。


 ぶわっ、と。


 窓がひとりでに開いた。外から土埃が流れ込んでくる。茶色がかった細かい粒が、居間全体にもわもわと漂っていく。


「げほっ——な、何を——」


「まぁ見ておれ」


 グリモワルドがもう片方の手を、土埃の中にかざした。


 ——次の瞬間。


 土埃の中に、透明な球が現れた。


 グリモワルドの手のひらの前に、拳二つ分ほどの大きさの、丸い空間。その中だけ、土埃がない。周りは茶色い靄でいっぱいなのに、球の中だけが澄み切っている。


「……え」


「ほれ、よく見てみい」


 ピリカは目を凝らした。


 土埃が球の縁に触れると——弾かれるように逸れていく。球の内側には、土埃が一切入り込まない。境界が、はっきりと見える。


「……土埃が、入らない……」


「これが真空じゃ。この球の中には空気がない。じゃから何も入れん」



 ピリカは球を食い入るように見つめた。


 茶色い土埃の中に浮かぶ、透明な球。境界がくっきりと見える。土埃が球の表面に触れるたびに、するりと滑って逸れていく。


「……ずっと、そのままなんですね」


「ん?」


「一瞬だけじゃなくて。ずっと、土埃が入らない。ずっと維持されてる」


「そうじゃ。当たり前じゃろ」


「……」


 ピリカは黙って、球を見つめ続けた。


 ——昨日、うまくいかなかった理由が、わかった気がした。



「……お師匠様」


「ん」


「昨日、私は"真空"とは空気を押し退けることだけ考えていました」


「そうじゃな」


「でも——押し退けるだけじゃ、駄目なんですね。押し退けた後に、そのまま維持しないといけない」


 グリモワルドの目が、わずかに動いた。


「押しただけだと、すぐに周りから空気が戻ってくる。——だから昨日は、一瞬だけ炎が縮んで揺れても、すぐ元に戻った」


「…………」


「押し退けて、そのまま——壁みたいに、空気が入ってこないようにする。この球みたいに」


 ピリカは透明な球を指差した。


「そういう、ことですよね」



 グリモワルドが手を振った。土埃が窓から外へ吸い出されていく。窓が閉まった。


 老人は何も言わなかった。ただ、蝋燭の方に顎をしゃくった。


「——やってみい」



 蝋燭の炎が、揺れている。


 ピリカは手のひらをかざした。


 ——押し退けるだけじゃない。


 ——押し退けた後、そこに何も入れない。


 目を閉じた。


 蝋燭の火の周りの空気を——掴む。掴んで、外に押し退ける。そして——そのまま。境界を、保つ。


 ——……っ。


 ピリカの額に汗が滲んだ。


「…………」


 目を開けた。


 蝋燭の炎が——小さくなっていた。


 揺れているのではない。縮んでいる。じわじわと、炎の高さが減っていく。空気が足りなくなって、燃え続けられなくなっている。


「……っ!」


 ——もう少し。もう少しだけ——


 ピリカは歯を食いしばった。


 炎が、ちらちらと瞬いた。弱々しく、消えかけの蝋燭のように——


 ——ふ、と。


 消えた。



「……あ」


 蝋燭の芯から、煙が細く立ち上っている。火は——ない。


「……消え、た……?」


「消えたのう」


 グリモワルドの声は穏やかだった。


「……消えた……」


 ピリカの手が震えていた。疲労ではない。


「……消えた!」


 ピリカの目に、涙が滲んだ。


「消えました、お師匠様!! 蝋燭の火が——私の力で——!!」


「うむ。まぁ、蝋燭の一本じゃがな」


「でも、消えた!! 消えたんです!!」



 グリモワルドはコーヒーを啜った。


 ——蝋燭の火を消した程度で、泣くほど喜ぶか。


 ——まぁ、この小娘にとっては。六年分の壁を、ようやく一つ越えたということじゃろうな。



 窓の外は明るかった。まだ昼前。


 ——昨日は一晩中やっても消えなかったのに。今日は、午前中に消えた。


 ——見えたから。目で見て、そして仕組みを理解したから。


 ピリカは蝋燭を見つめた。芯から立ち上る細い煙。


 ——たった一本の蝋燭。たったそれだけ。


 ——でも、六年間で初めて、自分の力で何かができた。


 ピリカは涙を拭いて、笑った。



「よし、じゃあ次は真空を大きくしようか。ファイアボールを防げるくらいの大きさにせんとならんからな」


 グリモワルドが棚から蝋燭を二本取り出した。さっきの蝋燭と間隔を開けて、三本並べる。全部に火を灯した。


「これを同時に、一つの真空で消してみい」


「も、もうちょっと感動に浸らせてください……!」


「正直いうと、大したことしとらんからの……」


「き、鬼畜……!!!」


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