第五十二話
その手は。
大きいという言葉では足りなかった。
星々より大きい。
銀河より大きい。
世界そのものを。
掌に乗せられるほど。
巨大だった。
高天原の空が軋む。
観測者たちが道を開ける。
まるで。
王の前に跪く臣下のように。
創世主の顔から血の気が消えていた。
「本当に来た……。」
震える声。
トワは初めて見た。
創世主が。
本気で怯えている姿を。
「そんなに強いの?」
創世主は苦笑した。
「私を一瞬で消せます。」
「え。」
トワが固まる。
「この世界も。」
「高天原も。」
「観測者も。」
「全部です。」
神々の顔色が変わる。
絶望。
その言葉しかなかった。
その時。
巨大な手が止まる。
世界の目前で。
そして。
初めて。
声が響いた。
《失敗作確認》
低い声。
感情がない。
まるで機械。
まるで法則。
世界そのものが喋っているようだった。
《創造者確認》
創世主が前へ出る。
「はい。」
声が震えている。
それでも逃げない。
トワは少しだけ笑った。
似ている。
怖いのに前へ進むところ。
どこか自分と。
《質問》
巨大な存在が言う。
《なぜ世界を延命した》
創世主は目を閉じた。
そして。
静かに答える。
「孤独だったからです。」
静寂。
神々も。
観測者も。
誰も喋らない。
「私は。」
「最初の人間を見ました。」
「一人で泣いていました。」
「だから。」
「誰も独りにならない世界を作った。」
巨大な存在は黙って聞いている。
「失敗だったかもしれません。」
「間違いだったかもしれません。」
「でも。」
創世主は振り返る。
トワを見る。
レンを見る。
ヨルを見る。
神々を見る。
そして微笑んだ。
「後悔していません。」
その瞬間。
巨大な手が動く。
神々が身構える。
レンがトワの前に出る。
ヨルも。
アマツも。
だが。
手は止まった。
トワの前で。
《個体確認》
巨大な意識が。
トワを見る。
その視線だけで。
世界が震える。
しかし。
トワは逃げなかった。
「なに。」
すると。
意外なことが起きた。
巨大な存在が。
沈黙したのだ。
一秒。
二秒。
三秒。
まるで。
何かを思い出そうとしているように。
やがて。
その声が響く。
《記録照合》
《不一致》
《不可能》
創世主が眉をひそめる。
「どういうことです?」
返答はなかった。
代わりに。
巨大な存在は。
トワへ向けて問いを投げる。
《個体》
《問う》
《生は何だ》
高天原が静まる。
神々も。
観測者も。
創世主も。
全員が答えを待つ。
だが。
トワは難しい顔をした。
「えぇ……。」
レンが嫌な予感を覚える。
ヨルが顔を覆う。
アマツが笑いを堪える。
トワは真剣に悩み。
そして。
答えた。
「おいしいご飯。」
沈黙。
完全な沈黙。
神々も固まる。
創世主も固まる。
観測者たちまで固まる。
「トワ。」
レンが頭を抱える。
「違うと思う。」
「でも大事だよ?」
真顔だった。
「お腹空くし。」
「友達と食べると楽しいし。」
「うどんとかおいしいし。」
なぜか。
香川県の記憶が浮かんだ。
「あと。」
トワは続ける。
「笑うこと。」
「泣くこと。」
「誰かを好きになること。」
「帰りたい場所があること。」
静かな声。
「全部かな。」
巨大な存在は動かない。
しかし。
その奥で。
何かが揺れていた。
最上位存在。
観測者。
創世主。
誰も知らない。
遥か昔。
最初の世界が生まれる前。
その存在もまた。
一度だけ。
誰かと笑ったことがあった。
忘れていただけだった。
そして。
初めて。
巨大な存在の声に。
感情が混じる。
《……理解不能》
だが。
続く言葉は。
今までと違っていた。
《だが》
《興味深い》
その瞬間。
創世主の瞳が見開かれる。
観測者たちがざわめく。
ありえない。
絶対の法則が。
初めて迷った。
世界を懸けた戦いは。
破壊ではなく。
対話へと姿を変え始めていた。




