第二十八話
「私は――ミコ。」
静かな声だった。
だが。
その一言だけで、
部屋の空気が凍りつく。
カナメが即座に術式を展開する。
「全員下がれ!」
隊員たちが武器を構える。
だが。
ミコは動かない。
黒い着物。
長い黒髪。
どこか儚い少女。
黄泉列車で見た時より、
ずっと人間らしく見えた。
トワは息を呑む。
「……あなた。」
ミコが視線を向ける。
不思議な瞳だった。
夜空みたいな深い色。
「また会えたね。」
優しい声。
敵意はない。
だが。
それが逆に怖い。
ヒカリが苦しそうに膝をつく。
「っ……。」
身体が透けている。
まるで存在が削られているみたいに。
トワが駆け寄る。
「ヒカリ!」
ミコは静かにそれを見つめていた。
そして。
悲しそうに呟く。
「やっぱり。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「間に合わなかった。」
レンの目が細まる。
「何をしに来た。」
低い声。
ミコはレンを見る。
その瞬間だけ。
彼女の表情が揺れた。
懐かしそうに。
苦しそうに。
「レン。」
名前を呼ぶ。
それだけで。
レンの表情も変わる。
トワは気付く。
この二人も。
知り合いだ。
「……久しぶり。」
ミコが微笑む。
「千年ぶりくらいかな。」
沈黙。
「は?」
トワの声だった。
カナメも固まる。
ユラたちも固まる。
レンだけが額を押さえた。
「その言い方やめろ。」
「だって本当だし。」
ミコが少し笑う。
トワの頭は追いつかない。
千年?
何の話だ。
だが。
レンは否定しなかった。
その時。
モニターの中のシグレが笑う。
『やっぱり来たか。』
ミコの視線が画面へ向く。
一瞬。
空気が変わった。
冷たい。
重い。
ミコの瞳から感情が消える。
「シグレ。」
初めて。
怒りが見えた。
『久しぶり。』
シグレは笑う。
『まだ黄泉駅ごっこしてるの?』
次の瞬間。
部屋の温度が数度下がった。
ミコの足元から、
黒い水面のようなものが広がる。
カナメが青ざめる。
「黄泉化現象……!」
レンが即座に前へ出る。
「ミコ。」
ミコは目を閉じる。
深呼吸。
そして。
怒りを押し込めるように静かに言った。
「……ごめん。」
黒い水面が消える。
トワは鳥肌が立った。
今。
この少女は。
東京支部ごと飲み込めた。
そんな気がした。
ミコは再びトワを見る。
「時間がない。」
真剣な声。
「神崎トワ。」
「……何。」
「あなたの魂は、
もう隠せない。」
部屋が静まり返る。
ミコは続ける。
「黄泉も。」
「空蝕も。」
「神籍管理局も。」
「みんな、
あなたを探してる。」
トワは唇を噛む。
そんなことは、
もう分かっていた。
だが。
ミコの次の言葉は、
全員の予想を超えていた。
「でも。」
「本当に危険なのは、
まだ現れていない。」
レンの表情が変わる。
「……まさか。」
ミコが静かに頷く。
「目覚め始めてる。」
ヒカリの顔が青ざめる。
ユラたちも震える。
そして。
ミコはゆっくりと口にした。
「最初の魂が。」
その瞬間。
部屋中の魂波モニターが一斉に真っ黒になった。
警報。
『緊急警報。』
『京都支部より緊急通達。』
『伏見稲荷大社周辺にて超高濃度魂波を観測。』
全員が振り向く。
モニターへ映し出されたのは。
京都の夜空。
その中心に。
巨大な黒い鳥居が現れていた。
そして。
鳥居の上に立つ一人の少年。
白い髪。
金色の瞳。
その姿を見た瞬間。
ミコの顔から血の気が引く。
「……嘘。」
レンも固まった。
「なんで、
もう起きてるんだ。」
少年はゆっくり顔を上げる。
そして。
画面越しに。
まっすぐトワを見た。
微笑む。
まるで。
ずっと待っていた家族を見つけたみたいに。
「見つけた。」




