第一話
朝の渋谷のスクランブル交差点は、人で溢れていた。
大型ビジョンから流れるニュース
信号待ちの列
イヤホンを耳に押し込んだ会社員
スマホを見下ろしたまま歩く高校生たち
誰も空を見ない
誰も隣を見ない
誰もが忙しそうに
誰にも興味なさそうに歩いている。
神崎トワは、その人波の中を静かに進んでいた。
彼女には、人が『光って』見える
赤
青
金
白
人の身体には、それぞれかすかな光が宿っている。
人それぞれ違う色
それは感情によって揺れ、
疲れによって濁り、
怒りで尖り、
時には燃える
トワにはそれが生まれた時から見えていた。
医者に話したこともある。
だが、返ってきたのは
「空想癖」
「共感覚」
「ストレス」
という言葉だけだった。
だからもう、誰にも話していない。
親にすら・・
話しても無意味だ。
世界は、自分が見ているものを見ない。
トワにとってそれは特別なことではない
むしろ、見えない人間の方が怖かった。
信号待ちで立ち止まる。
ふと、向かい側にいた男と目が合った
黒いスーツ
疲れ切った顔
30代ぐらい
その身体には、何の色もなかった。
空白
トワの喉がちいさく鳴る
まただ、最近増えている。
魂の光を持たない人間。
普通に喋り
普通に働き
普通に笑う
でも、中身だけがぽっかり抜け落ちているみたいな存在。
トワは、心の中で
彼らを『空白者』と呼んでいた
ピッ ピッ
信号が変わる。
人の波が一斉に動き出した。
その瞬間だった。
ざわり、と
交差点全体の魂の色が揺れた
風もないのに
巨大な街そのものが脈打ったように見えた。
まるで何かを恐れるみたいに。
トワは反射的に顔を上げた
いる
人混みの向こう
一人だけ
完全な『無』が
黒いパーカー姿の少年
眠そうな目
気だるげな立ち方
どこにでもいそうな高校生
なのに・・・
その存在だけ、世界から切り離されて見えた。
何もない
本当に何も
トワの背筋を冷たいものが走る
少年がゆっくりこちらを見る
目が合った瞬間
周りの魂の光が一斉にざわついた・・
逃げるみたいに
少年は数秒、、黙ってトワを見つめていた。
そして、、、少しだけ目を見開く。
驚いたように
嬉しそうに
壊れそうなくらい寂しそうに
やがて少年の唇が、静かに動いた。
「・・・やっと、見つけた」
雑踏にかき消されそうな声
だが確かに
トワへ向けられていた
トワは息をのむ
知らない、こんな少年
なのに・・・
彼の目を見た瞬間
胸の奥がざわついた
怖い
なのに・・・目を逸らせない
少年が一歩、こちらへ踏み出す。
その瞬間
後ろから誰かがトワの肩を掴んだ
「危ない!」
強い力で引き寄せられる
次の瞬間
トワのすぐ横を大型トラックが猛スピードで通り過ぎた。
耳をさくクラクション
悲鳴
ざわめき
トワは呆然と立ち尽くす
あと少し遅れていたらひかれていた。
「大丈夫!?」
知らない女性が声をかけてくる
トワはうまく返事ができない
息が浅い
鼓動がうるさい
そして気づく
さっきの少年が消えている。
雑踏のどこにもいない。
トワは無意識に辺りを見回した
その時
頭の奥へかすかな声が響く
”ミツケタ”
「っ・・・・!」
トワは反射的に振り返る。
だが、そこには誰もいない。
交差点にはいつもの東京だけが広がっていた。
だがその日から
神崎トワの日常は静かに壊れ始める。




