60話 血飢と喰魔
皆さん、熱中症にはお気をつけて。
アオ、市川、兼得、フォラウス、漆原、竜。
四人と一体と一頭(?)が天使達の前に立ち塞がった。
「さっきも市川に言ったけれど極力魔力を使わないで。
神族は“聖恵“と呼ばれる力を持ってるから、簡単に妨害されるよ」
「ひぇ!? それ、対応策ないんですか!?」
「残念ながら、アオさんは使えないそうで苦戦していたのです。対抗できるような術は……」
市川が目を軽く細めて、死神の攻撃を捌きながら話す。
「同等の聖恵か、魔物のそれも上位の者が使う真逆の術しか……」
そう言いかけて、全員の視線が一点に集まる。
魔物の、そして上位の存在。
「じゃぁ、いるじゃん」
漆原の緊張感のない声が挟まる。
「もしや、私の出番でございますか!?」
喜びに顔を歪めた厄介な悪魔族、フォラウスがいた。睫毛を震わせてアオをキラキラとした瞳で眺めている。
若干、兼得が不快そうに眉を顰めているが、アオやフォラウスは気づいていない。
「ぼ、僕も使えたらいいのに……」
アオは渋々フォラウスに目を向けた。
「……君に頼むのは少し憚られるけど。できるの?」
「ハイ!!」
アオの言葉に被せるように即答したフォラウス。彼女は心底不服なのか、冷え切った瞳をしているが背に腹は代えられない。
「個人魔法の使用を許可する。今対抗できるのは君ぐらいだ………。けれど、必要以上に暴れたら……消す」
「……ッ!! あァ、なんて甘美で美し」
「黙って早くやれ」
アオに一喝されても頬を染めながら魔法陣を展開する。地面から這いずり出るような黒い霧。
「アイオニオス様の忠臣であるこの私が……死神族如き、消滅して見せましょう」
「早く」
ぴしゃりとアオの声が遮ったため、微かにしょんぼりとしたような表情を見せた。大悪魔がまるで懐き切った犬である。すぐに軽く息を吐いて口上を述べた。
フォラウスが自身の片腕をその場で切り落とす。
そう、嚴島神社で魔高のクラスメートである植田を相手取った時と同じ、主に腐食を冠する召喚術。アオが人間界に来た時に行った異界を繋ぐ扉のような大掛かりなものではないが、自身の眷属に限定し血を媒介として、一時的に世界をも渡らせる高位悪魔の召喚術。
神族が用いる聖恵に対抗できるとされる────、「呪怨」の一種である。
しかも「呪怨」の中でも序列があり、より強力なモノでないと聖恵に通用さえしないのだ。
フォラウスは肘より先がない腕を前に、大きく暗い光沢のある翼を惜しげなく広げた。
口の端が限界まで裂けた狂気の笑み。
「─────血飢の悪魔フォラウスより命じる。《眷属召喚:喰魔》」
空気を淀ませ、呑むような腐臭に、吐き気を催す気配。
悪魔の血が契約となり、糧となり、召喚した生物とも取れない物体を形作っていく。
「喰魔よ!! 死神を喰い尽くしてしまえ!!」
血液が宙に浮かび、うねり、死神に明確な敵意を表した。
背後では竜と兼得の微かな悲鳴も聞こえる。
「市川、フォラウスの援護を」
「承知致しました」
一気に形勢が逆転する。
フォラウスの「呪怨」は、聖恵で防ごうとした腕から腐食し、現れたばかりの数十柱の天使を一瞬にして灰と化した。
死神の大鎌から放たれていた不可避の攻撃は喰魔によって阻まれ、穢され、消滅していく。
それに付随するかのように、死神を市川の容赦ない射撃と、魔力の底が見えないアオからの《魔力弾》による遠距離一斉攻撃で掃討する。避ける隙間も回復する間も与えない。
「相性が嚙み合っただけで、これ程効果があるとは…………悪魔族の中でも特異なのか。
悪魔風情に手伝われるのは、本当に、不愉快ではありますが」
嫌悪を隠そうともしない市川はそう呟いて、悟る。
認めたくはない。
だが、この戦場で最も危険なのは死神ではない。
間違いなく、この悪魔である、と。
いつの間にか喉仏が上下し、汗が滲んでいるのを自覚していた。
断末魔も聞こえなくなり、時空の割れ目は静かに閉じていく。
市川が銃をしまい、アオは魔力を霧散させた。
その間に、フォラウスの自分で切り落としたはずの腕が、細胞や血液が生成され再生している。
「んふふ、お役に立てましたでしょうか??」
褒めて貰いたくてウズウズしているのだろう。アオの至近距離に近づいてくる美貌の大悪魔。
頬にかかりそうな銀髪を避けながら彼女はため息を吐いた。
「まぁ、予想以上の効果だった。また頼むよ」
「アイオニオス様が!! また!! 私に頼むと!!」
「うるさい」
一方、後ろの方で怯えきった巨大な竜と兼得は、恐怖で抱きつき合っている。兼得の場合、アオへの尊敬の眼差しが混じっているが。
「な、何だったんですか今の……!!??」
「ウ"ウ……ッ!!」
それを横目で見たアオが先ほどから感じていた疑問を口にした。
「ところで、その竜……もしかして牙都なの?? 魔力が同じだけど、この前は人間だったから驚いてる」
「ギャンッ!?」
見抜かれた、というような鳴き声。縮こまってガタガタと震えている。
「……ええ。牙都は竜人族でして。竜と人の変化が可能なので、漆原隊長達に足代わりにされたのでしょう」
淡々と市川が補足するが、そう便利道具のように使われて良い種族ではない。証拠に知らなかった兼得は唖然とし、アオも微かに目を丸くしている。
「竜人族って、魔物の“最上位三族“ですよね!?
鬼人族、悪魔族に並ぶ魔人の一種の!! 牙都さんは特殊な個人魔法を使っていると思ってました……まさかそんな希少な方だったなんて……」
空気が抜けるような蒸気を吹き出し、人間の姿に戻った牙都は勢いよく兼得の背後に隠れる。
相変わらず睡眠導入剤を喉に流し込むようにして、正気を保っている。
「そ、そんな!! 滅相もないのじゃ!! 悪魔族みたいな化け物とあーしらを一緒にしてもらっちゃ困るのじゃよ!! 特に、そこの!! 血飢の悪魔とか!!」
「……はァ? それよりあなた、昔どこかで……」
少し体を乗り出した牙都を、フォラウスが冷たく視線を向けて何か言いかける。
牙都は芯まで硬直し、再び兼得の後ろに戻った。深緑色の彼女の瞳が潤んでいる。
「ひいっ!!!!!」
「ちょ、何で僕の後ろに隠れるんですかぁ!?」
「……なんでそんなのが市川の部下なんだ……ってのは後回しにしようか。北の方角から気色の悪い魔力、いや、神力を感じるんだ。
……アポロンの配下かもしれないから、私達も確認しに行くべきだと思う。
市川、まずは晴華に連絡を取って、王女と寒河江達の無事を確認して」
「承知。……しかし、心配は不要だと思います。霧山秘書は相応の実力があるから、総隊長の秘書なのですよ」
一同は菅沢邸を出た。
晴華の元にいる王女達の援護に行くチームと、長野の援護に行くチームで分かれる事にする。
「あ、あーしが1番速いから王女様を追いかけに行くさ!! ヌシらはゆっくり来ると良いのじゃ!!」
翼を広げたと思えば、逃げるように空へと飛び立っていく。とにかく早くこの場を去りたい、という気持ちが見え透いている。
「あの速さ、役に立ちそうだな……」
「はい、足代わりにするには丁度良いですよね。そうですね……漆原隊長、薬の詳細はもう判明しましたか?」
足として使う気満々のアオに市川が答え、漆原に問いを向けた。それにニヤリとした笑みで答える長身男漆原。
「もちろぉん!! 俺ができないままノコノコ現場に現れたとでもぉ? 使うかわからないけど、いちぉー解毒薬のサンプルも作ったよぉ。流石でしょ!! ねぇ、天才だからねぇ、俺は!!」
「……はい、わかりました、漆原隊長は天才です。神です。最高です。解毒薬ありがとうございます」
丁寧に頭は下げているが棒読みの市川。
漆原はそれを気づいているのか、無視しているのか。恐らく後者だろう。
それから改めて市川の体を見て目を開いている。
「市川ぁ……それ、結構深手じゃん」
「いえ、これぐらい何ともありませんよ。怪我は慣れていますし」
傷口を覗いた途端に顔色が変化した。
「これ、死神か天使の力で負傷してる。対魔物は慣れていると思うけど、これは明日には高熱出すよ」
「は? いやだから何ともない…………」
「はいはい、感覚が鈍りまくってるよぉ。これだから血生臭い第零部隊は困るんだぁ」
「侮辱しているのですか?」
結局、市川は半ば強引に治療のため、漆原によって基地まで連行されることとなった。
戦力外と自己申告している漆原と、深手の市川は、先に行った牙都の後を追う。残りのフォラウス、兼得、アオが長野へ向かうのだった。
「そういえばアオさん、移動手段はどうされるのですか? 別行動で向かった時薪隊長は車で向かったそうですが」
「まだ何か懸念があるのか? 天使如きの攻撃で負傷するような輩は………それはそうと、あなたは昔からアイオニオス様とやけに馴れ馴れしいよなァ?」
「お前には聞いていません。能のない外道の悪魔が」
黒の結われた長髪と銀の乱れた長髪が対比するかのように、喧嘩腰に顔を合わせている。今までまともに話す機会や関わる時間はなかったが、普通に考えてこの二人の性格が合うわけがなかった。
「はいはい、ストップ。喧嘩は事が終わった後にね。フォラウスは少し黙ろうか。市川、良い質問だね」
アオが羽を広げる。小さな体躯に反比例した大きく力強い黒い羽。
兼得、フォラウスがそれに続いた。
長野まで空を飛んで直行しても、車で山道を蛇行しながら進むより数倍早く辿り着けるだろう。
「このメンバーなら飛んだ方が早い。牙都ほどじゃないけど、私も兼得もフォラウスも飛べるから」
「………盲点でした。まだまだですね、俺も」
後半はアオ達に聞こえないような声で呟いた。それから、真っ直ぐに目を逸らさず彼らを眺め、片手を胸に添えた。従属の姿勢。
彼の口元に優しさが滲み、微かに緩んだ気がした。
「ではここで別れましょう。アオさん、凪さん。どうか、御無事でお戻りください」
アオは軽く手を振り返す。
そのまま長野の方角へと空を駆けた。
*****
風を切り裂き、空中を移動する三人。
唐突に兼得が口を開いた。
「その……言いづらいなら言わなくても良いのですが……。神王アポロンって、知り合い、なんですよね? 一体何者で、何が目的なんでしょうか?」
核心をつく問いに、アオが目を丸くする。フォラウスも微かに興味深そうに彼女の方を眺めた。
「そういや言ってなかったな。いいよ、話そう」
観念したのか、アオがため息をついて前方に目を向けたまま話し始めた。
「……神王とはその呼称の通り、神族の王。
アポロンは昔から、私とは敵対関係だった神なんだ」
次回、61話「神王アポロンと教祖アキ」
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他にも連載、短編小説、詩を投稿しています。
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