57話 王女と悪魔と神の気配
菅沢家────。
この日本国において植田家、天原家、東江家と並び、四大貴族と呼ばれる家のひとつ。
市川の至極快適な運転技術によって到着したアオと晴華だが、想像以上の屋敷の広大さに驚愕していた。
菅沢家は洋風の庭園がある旧家で、さながら中世の貴族邸に訪れたかのようである。
───魔界の貴族でもこれほどの領地を持つヤツはなかなかいないはず……もはや屋敷というより、城だな。
感嘆するアオを横目に、晴華が、出迎えた侍女に隊員カードを提示する。
悪魔フォラウスとその一味に“天空ターミナル“を破壊された王家は、この菅沢家に身を寄せているらしい。
応接間に向かう間にすれ違う使用人は皆呼吸を殺し、空気が張り詰めていた。
そんな中場違いにも、んんん、と唸っているアオ。気づいた晴華は目線を合わせて彼女に問いかけた。
「碧ちゃんどうしたの?? 何か気になる?」
「菅沢って名前……どこかで聞いたような……??」
思い出せずに困っているアオ達を見かねた市川は、二人の会話に口を挟んだ。
「お二方共、覚えていないのですか? アオさんが魔高に潜入していた時、1年A組の────」
「こちらが応接間でございます」
市川の言葉を遮り開けられたその扉の向こうに、答えはあった。
「桜ちゃんは本当にかわいいなあ。国防軍なんかの視界に入れるのが勿体ないよ」
「えぇ……? ひ、ひまくんこそかっこいいんだから!!」
「あらっ、よ、ようこそ……!! 菅沢家本邸へ……」
頬を赤らめて馴れ合う二人の間に挟まれる王女の姿があった。
中のとてつもなく気まずそうで甘ったるい雰囲気を見るなり、アオはすぐさま扉を閉め戻した。
彼女からは明らかな嫌悪と疲労が目に見える。
「………これっ、どういう状況!?」
数分後。久しぶりの再会にも関わらず、不貞腐れた様子のアオ。彼女を挟む形で市川と晴華が座る。
「お客様がいるから……一旦、私を挟んで手を握り合うのやめてくれるかしら……」
耐えきれずに王女がそう小さな声を出し、やっと二人の馴れ合いが止まる。
仕事と割り切って無関心を貫く市川に比べて、アオの目はだいぶ凍りついていた。
「お初にお目にかかります。国防軍第零部隊隊長、霧山碧です。必ず命の安全を保障します。少しの間ですがどうぞ宜しくお願いします…………で、そこの両隣りは何? 冷やかしなら出て行ってくれないかな」
早口棒読みでつらつらと形式状の挨拶を述べると、二人に視線を向けたアオ。
その二人────寒河江日祀と菅沢桜は、魔高の1年A組の生徒であり、もちろん彼女と面識があるのだ。
「ああ、話は聞いている。天原達からも伝えられたし、俺は国防軍にコネがあるからね」
「……寒河江がスパイ容疑で逮捕されないことを祈るよ。っていっても王族がバックにいるなら、そんなヘマはしないか」
外面的な笑みを浮かべる寒河江に、眉を寄せて煽る。
「……アオさん、王族の前で少し失礼かと」
市川の言葉にぴく、と目だけを王女の方に動かしたアオは、すぐに笑みを貼り付けて彼女に頭を下げる。
「失礼いたしました、王女様…………ところで、机の上にあるその手紙…………」
「ええ、これが例の脅迫状で…………」
「それ。追跡されてます」
「っな!?」
手紙を軽く指さし真剣な表情でそう言ったアオ。
次の瞬間、耳障りな高音と共に奔った衝撃波。
「王女様、寒河江、菅沢!! 晴華と遠くに逃げろ!!」
珍しく切羽詰まったアオの叫び声に、晴華が素早く反応し三人を連れて部屋を出る。空間の亀裂からの不可視の攻撃とアオの長杖から発動するシールドが衝突したことによる魔力の奔流。
じわじわと亀裂から姿を現すその襲撃者に、晴華の表情が驚愕に染まる。
その羽に、その髪色に、その光環。全身が純白に包まれたその数柱。
「アオさん………これって…………」
「やはり、関わっていたようだね…………天使族。いや」
煌びやかな光の弾丸を、魔力で受け流していく。
市川と共闘しつつ、四柱を消滅させた時。
アオは何もない宙を、天井を見上げて睨みつける。
彼女の暗く、深く、魔力の渦巻く瞳に一点、金の光が明確な敵意と共に瞬いた。
「神王アポロン…………君の差し金か?」
*****
「……アキじゃない。てめぇ、アキの体で何をしてやがるんだ!? 俺を見限ったとはいえ、かけがえのない仲間だったんだよ。だからわかる……てめぇは、違う」
「それはひどいなあ……俺は俺だよ? 界。ああ、皆さんにも紹介しよう」
「おいっ、やめろ!!」
アキの姿をした彼は千草を無理やり壇上にあげ、参加者によく見えるよう腕を掴んだ。
「離せ…………!?」
片手で掴まれているのに、千草がどれだけ抵抗しても全く動くことができない。やはり、このアキを騙る少年は何かおかしい。
早く助けろ、と目で訴える千草を無視しつつ、神月は目立たないよう気配を殺しながらアキの魔力に探りを入れる。
(どうみても人間の魔力。千草は認めないだろうがアキという人物の思想が数年で変わり、アポロンっつう怪しい神に仕え始めたか…………もしくは、洗脳されている、のか??
いや、まずこの宗教団体が本当に危険な場所なのか、何かしら証拠集めが必要だ)
千草を紹介し終えたようで、教祖アキは千草と共に奥へと去っていく。神月、時薪はそれを無言で見送り、入信希望者に紛れ込んでいた。
「界の心配は必要か?」
静かに神月に問いかけた時薪。
歩みを止めず、顔を正面に向けたまま小声で答える。
「あいつは問題ない。
一級魔法師以上の実力には違いないよ」
即答した神月に、感心したような時薪。一級魔法師というと、特級魔法師のひとつ下の階級である。神月が、自信過剰な考え方をしないことは理解していたので、時薪は素直に微笑む。
「っ…………それはすごい。この施設にある隠し部屋のことは気づいてるな?」
「もちろん。オレが接触、時薪隊長が潜入でいい感じ?」
それを聞き、軽く眼鏡を直した時薪は、その瞬間に気配が別人の者へと変わる。
そう、第四部隊は作戦立案、書類仕事がよく知られているが最たる特徴は、そのような雑務ではない。変装、潜入、情報操作をメインとし、表向きの四隊の中で唯一、第零部隊の仕事を一部担う。それこそが本領なのだ。
時薪が神月に視線を向けた。
「話が早くて助かるよ。じゃあ行くか…………神月」
*****
場所は変わり、国防軍基地の研究室。というより第三部隊の住処。
そこには何やら揉めている二人の男と、そこかしこに散らばった書類や薬品を片付けてながら顔を青ざめさせる少女の姿があった。
「だぁーかぁーらぁ!? 天才科学者の俺が、“ゾンビ“の効能が予想通りか検証したいからぁ!! お前が飲めってぃってんのぉ!! 何が不満なわけぇ!?」
「この私が人間如きに命じられる筋合いはない、分を弁えろと何度も……。
そこのゴミに押し付ければ良いじゃないか。そもそも、私はアイオニオス様に忠誠を誓った身。あの御方が一言命じでもした時は……」
その男、フォラウスが漆原の白衣を黒煙で包むようにして見下ろす。赤黒い瞳が妖艶に輝く。
「この国諸共、破滅させることも可能ですがねェ?」
漆原の頬に手を添えながら顔を近づけると、その銀髪がさらりと流れる。
目線を落とすと、漆原の握った拳が小刻みに揺れていた。
「震えているのかァ? んふふっ……貴方にも恐怖という感情はあったようだ。これからは悪魔である命令しようなどと無謀な行為はやめて大人しく───」
フォラウスは言葉を切った。勢いよく彼の手を振り払い、襟元を掴んで自分の方に寄せた漆原に、きょとんと驚いた様子を見せる。
漆原の顔に浮かぶのは恐怖ではなく、激怒。
「………俺の研究材料に不要な魔力を接触させるとか、頭おかしぃーのかなぁ!? そこの牙都とかいうゴミは使えないのぉ。検証するのに対象が死んだら意味ないの馬鹿でもわかるよねぇ??」
「……貴方、人間のくせに私を恐れないとは良い度胸」
「待、待つのじゃお二人とも!!!!!」
彼女の体だけ地震が起きているかのように足を震わせながらも間に割り込み、フォラウスと漆原を引き剥がしたのは、市川の命令により“ゾンビ“を回収して基地まで届けた牙都だった。
市川の縄張りに留まるのでさえ恐怖しかなかったのに、基地に訪れてまで恐ろしい二人の喧嘩に巻き込まれるのは災難でしかない。
(どっちもあーしの事をゴミ呼ばわり……。いやそれどころじゃあない!!
本当に何故、何があって、この血飢の悪魔が人間界に、しかも国防軍基地なんかにいるのじゃ!?)
しかもその内一人は魔王の右腕であると誇らしげに自称している大悪魔。
それを目の前にして平然と自分の研究を優先している漆原も、彼女にとっては大した化け物である、といえるだろう。
「何の用だァ? 邪魔、しないでくれませんかねェ」
「そうだよぉー。いま、俺は、この悪魔に俺の偉業を晒しめるのに忙しいんだけどぉ?」
「あ、あ、あーしが検証する!! こう見えて体は強い方じゃ、死にはせん!! それで文句ないじゃろ!! これ以上時間かかると、今度はあーしが霖さんに何をされるか……」
覚悟を決めたように半泣きで叫ぶ牙都。
二人は一瞬膠着し互いに視線を交わすが、すぐに黒い笑みを浮かべた。
高身長で長髪の怪しげな男二人組が少女に薬を飲ませる様はとても気持ちの良いものではない。
ちょうど研究室に書類を取りにきた兼得は顔を引き攣らせ、隠れるように中へと入った────。
と、その時。
彼の赤い触覚とフォラウスが同時に反応した。
兼得は白い羽を広げる。フォラウスも黒い霧を纏い、勢いよく同じ方向を見た。
心臓が跳ねるような異変。
そして感じるのは、あまりにも透き通った魔力。
「あの、御方が……!!」
「碧さんが、危ないッ……!!」




