12.ぎゅっとするのは母の教え
「春ですねぇ」
「そうねぇ、暖かくなってきたわね」
積もっていたという雪はすっかり溶け、大地は緑と茶色のまだら模様になっている。背の低い草がさわっと揺れる様子を眺めながら、ご主人様のお家を背にし、私と母はまったりと言葉を交わした。
暦は前世で言う三月初旬。
風はまだ冷たく、影に入ると肌寒さは感じる。けれど日差しは暖かく、日向で過ごすのは気持ちがいい季節だ。
下の弟はぽかぽかと体を温めながら眠っており、妹は私と母の間に挟まっている。皆ブレないなと思っていると、兄と上の弟と戯れていた姉が駆け寄ってきた。
「エリィ! エリィの言うとおりにいきをしたら、前よりずっと走れるようになったわ!」
「本当? 良かったー」
人間ならこうだと伝えた呼吸の仕方が、どうやら姉に合ったらしい。一安心する私に、彼女はもふりと身を寄せて。
「ありがとうっ。さすがわたしたちのエリィ!」
嬉しそうにぎゅむ、と頬を押し付けてきた。
あぁぁ可愛いぃぃ!!
懐く姉と悶える私を、母は穏やかな瞳で見つめている。なんて幸せな時間だろう。
こんな風に兄弟仲良く過ごせるのは、母の存在があってこそだ。深く感謝を抱きつつ、私は少し前の出来事を思い出した。
***
「ねぇ。どうしてエリィは、色んなことをしってて、おじょうさまとなかがいいの?」
少し、拗ねたような口調で尋ねる姉に、あ、不味いなと咄嗟に思った。
「ええと、その」
兄妹からどう見られてしまうか、考えないでもなかった。でも上手い説明が思いつかなかったし、自分から言い出すのもおかしいだろうと言い訳し、放置していたのだ。
その結果、言葉に詰まる。
エリィだけ、ずるい。
向き合う姉からは今にもそんな声が聞こえてきそうで、私はじり、と後ろに下がった。
これは、お嬢様からの特別扱いを羨むものだ。だが私はどうしても、自身がずるい存在だと言われているように感じてしまう。
嫌だなぁ。
否定しないで。この愛おしい兄妹達から、弾き出されてしまうのが怖い。
声も出せず、尾を丸め、また一歩後ろに下がる。すると、何ががお尻にぶつかった。
「お、お母さま……」
見上げる私に、シリカはふと微笑みかけた。
「確かにエリィは色んな事を知ってるわよね。母さまもびっくりしちゃった」
言いながら、向かい合う姉と私を繋ぐようにして地に伏せる。そして、でもね、と続け、遠くを見つめた。
「エリィは色んな事を知っているけれど、その分、沢山の大事なものとお別れさせられてしまったの」
「だいじな、もの?」
「ええ。コレルは母さまのこと、大好きかしら」
「かあさま? だいすきよ!」
きらきらと目を輝かせ尾を振る姉は、無邪気で素直で愛らしい。母はありがとう、と応えて姉の頬に自身のそれを擦り寄せた。
「なら、お母さまともう二度と会えなくなるって言ったらどうかしら」
「……え? な、なんで? やだ!」
「そうね。母さまも、嫌だわ。でもね、エリィはその『やだ』を沢山持ってるの。会いたくても、もう会えない。触れたくても触れられない。そんな思いをしてきたの。お嬢様も同じ経験をしているから。だからエリィを構ってしまうのよ」
「そう、なの?」
尋ねる姉に、私は少し考える。
「そう……なのかも」
ずっと、皆より少し多く持って生まれたのだと思っていたけど、失くした結果とも言えるかもしれない。どう足掻いても、今はもう掴めない。忘れていれば楽なのに、失えない大事で有利で切ない記憶に思いを馳せる。
そんな私の様子に姉は瞬き、暫しの後に、私の顔に鼻を寄せすんすんと鼻を鳴らした。
「……いまも、かなしい?」
「すごく、たまに」
正直な気持ちを答えれば、姉はそう、と呟いて、私の首筋にぽすんと頭を乗せた。
「だったらしょうがないなぁ」
ぎゅってしてあげる、と言う優しい姉に頬を擦る。
ありがとう。
折れてくれた優しい姉に、大事な家族に、この思い出を使おう。この日私はそう決めた。
***
そんなこんなで兄妹達は変わらず私と遊び、時々『昔のこと』を聞いてきた。姉は長く走る方法を知りたがり、兄と上の弟は私の語る伝記を好んだ。
中でも騎士に憧れを抱いた弟には、次にどんな話をしてあげようかと小さく笑う。
祖父は歴史ものや伝記、神話が好きだったから私も引き出しは多い。人の振り見て我が振りなおせ。そう言って読まされた本が多かったが、兄妹達の糧になるならいいし私も楽しい。
もっとこんな日が続けばいいのになぁ。
叶わない願いを抱いていると、不意に背後にある家の扉が音を立てて開かれた。
前回更新閑話にも関わらず、リアクション等など下さった方がいて神かと思いました。
見て頂けるって、本っっ当に幸せなことです❀




