11.なんであなたは犬なのよぉぉ
「……、コメ……?」
「あらー? コメって何かしら?」
ほわんとした空気で問う母に、私はちっちゃな前足をふり上げ口を開いた。
「これくらいの、しろくてツヤツヤしたこくもつで……あ、『だっこく』ってさぎょうのまえは、むぎみたいに『ほ』になってるんですけど。それが、ぜんせのわたしの――」
主食でして、と言いかけたところでガシィっと胴を掴まれた。一瞬でくるっと体が反転し。
「――っ、あなた!!」
「ふぇい!」
「あなたまさか、……っ」
かっと見開かれた翠玉と、微かに震える小さな手。あまりの興奮のためか、言葉が出てこなくなっているらしい。
そうだよね。私も滅茶苦茶驚いた。
……とはいえ。
「えっと……その、おちついて……?」
このままでは話が進まない。
まずは気を鎮めて貰わねばと声を掛けたが、落ち着けるわけないでしょう!? と一蹴された。
「お嬢様、ご主人様達に聞こえちゃうわ」
「そんなの仕方ないじゃない……っ! だって、だって貴方の娘……っ」
もぎゅぅっ、とお嬢様の手が私の毛皮に沈み込む。
「なんでっ、なんで犬なのよぉぉ」
そりゃ犬から生まれたんだからしょうがない。
けどお母様はふわふわとごめんなさいねぇなんて言っていた。
というか、待って、お母様。ちょっと助けて。
出る、中身出るから……っ!
徐々に締まる手の中で、私は腹を押すと鳴くぬいぐるみの如く、ぎゅぅぅと呻いた。じたばたと四肢を動かして、必死の思いでおじょうさま、と呼びかける。
「その、おじょう、さま……は」
「なによっ」
「う、うまれるまえの、きおくがある……のですね」
「……、そうよ。貴女と同じ、コメが主食の世界の、――病弱な、女の子だったのよ」
あえて病弱、と言うからには、それなりの理由があるのだろう。微かに揺れた声音も、萎れたように緩んだ手も、それがお嬢様にとってどれ程大きなものか、示している気がした。
どうしよう、かな。
少し、迷う。
お嬢様が、前の生をどう捉えているのかわからない。傷や膿もあるかもしれない。触ったら痛みを与えてしまうかも。だから掘り返して、暴いて傷つけてしまうのが怖い。
でも。
でもね、……寂しそうなんだ。
物事には時機というものがあり、望む機会はそうそう同じようには現れない。あの時に聞いておけば、――伝えておけば。そんな風に思うことが、前の人生で一体何度あっただろう。『明日』や『いつか』の約束は突然果たされなくなって、生まれた後悔は死んだ今でも残っている。
そうだ。
これはきっと、今じゃなきゃだめなんだ。
心を決めた私は、少しだけ手を伸ばしてみることにした。
「おじょうさまは……どんなおなまえだったんですか?」
暫しの沈黙の後、お嬢様がぽつりと零す。
「――千夜、よ」
幾千の夜を超えても生きられるように、と。そんな想いでつけられた名だったのだとお嬢様は口にした。
そして、大袈裟よね、と笑う。
「結局、思った通りにはならなかったし。私より、私に命をかけてくれた人にだって、最後まで何にも出来なかったわ」
「……」
そうじゃ、ない。
その人はきっと、何かして欲しいなんて望んでいない。ただ一秒でも長く、共に過ごしたかっただけだ。
とはいえそれは『絵莉』の思いで、本当のことはお嬢様達にしか分からない。
ただ。
「――私も、何か出来たとは思わないよ」
愛してくれた。ずっと傍に居てくれた。
父と母をなくした私を、守り続けていてくれた。
なのに恐らく、大きな悲しみを与えてしまった。塞ぐことの出来ない穴を開けてしまった。
「だからね、私はごめんねっていっぱい言おうと思う。勝手に居なくなったこと。それでも元気で生きて欲しいって願うこと。わがままでごめんって謝るよ」
見開かれた、緑の瞳。
私は、そこに映る自分を見つめた。
「それから、私には『大丈夫』って言ってみる。強がりでもいい。顔を上げて、空を見て、とりあえず今日を一歩、歩いてみるよ」
そうすれば。
「もっと、もっともっと生きたかった。まだそう泣いてる私が、いつか泣き止んでくれる気がするんだ」
過去のことを押し込めて、理想の娘として生きる彼女に。私は、ね? と微笑んでみた。
途端に、お嬢様の眉間にぎゅぅっと深い皺が刻まれる。
うぇ!? お、怒った!?
思う間に、綺麗な瞳に張られた膜が揺らめいて。
「だから、なんで……なんで貴女は犬なのよぉ……っ」
澄んだ雫が、ぽたりと頬に落ちてきた。
長らく間が開きすみません!
でも続きが書けて嬉しい❀
これも読んで下さる皆様のおかげ……!
ご訪問、本当にありがとうございますっ




