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第1話 目覚めの檻

ゲーム課金したことありますか?

俺はあります。新車が買えるほど!


「次話を読ませろ!」と思えたら評価くださいね!



―――おっしゃーーーっ!!



 MMORPGのレイドクエスト攻略を成し遂げた男が、深夜の自宅マンションで歓喜の声を上げた。PC画面にはクエストに参加したクランメンバーたちの喜ぶ声が、チャットでガンガン重なっていく。


《幻想王:全鯖で一番のりだぜ!04バンザーイ!》

《ZAC:04独立魔装師団サイコーに最強でしょー!》

《レナちぃ:クラマス! オフ会しましょー!》

《家安:俺もオフ賛成!!》

《夜姫:私もオフ行きたいですー!》

《かん太:俺も行く! ガチャで金ないから深夜バスでw》

《みゅう:クラマスって横浜在住なんですよね? オフは横浜ですか?》

《ZAC:クラマスは横浜人だけどオフ場と日程は相談にのってくれるよ!》

《ドドンパ:前回オフは大阪だた。ド平日の昼間だた》

《発情猿男:大学生だから何曜でもおkっす! ガッコはぶっちぎるっす!》


「超難関クエストだったから皆も喜んでんなー。猿男は学校行けって。ま、オフやる価値アリかな」


 男は残り少ない有給の日数を考えながらも、クランマスターとしてクランメンバーの要望に耳を傾けた。


《オツカレ! 小一時間くらい皆で喜び合いたいとこだけど、明日も仕事だから俺は落ちる! オフは希望の場所と日程をクラン掲示板にカキコよろ。俺も含めて社会人メンバーの都合優先になると思われ。喜びすぎてワールドで絶叫しまくらないよーに! んじゃおやすー》


 男は長文すぎるチャットを飛ばしてログアウトすると、ブラウザを開いて転職サイトの検索を始めた。転職を意識し始めてから一年近く経つが、転職を決意したのは昨日のことだった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



 男の名は水城みずき 耀あきら。三十三歳の独身貴族である。

 院卒で自動車メーカーに就職し、先端エレクトロニクスデバイスの開発技術者として勤務している。

 三十歳で主幹技師に昇進した耀は、友人や知人から『勝ち組』と言われているが、本人は予想を遥かに超えて多忙な毎日と、大企業特有の厳然たる縦社会に辟易としていた。


「やっぱ外資がいいよなー。自動車メーカー限定だとパイが小さいから、エレクトロニクス系まで広げるか。この際、勤務地も先進国ならどこでもいいか?」


 耀は“技術者、求人”などのキーワードで求人情報を検索しつつも、既に技術系に強い転職サイトのスカウトシステムにエントリーしており、労働時間が短くて給与の高い外資系企業からの採用オファーを待っていた。


 有名大学の院卒で工学博士号を持つ自動車メーカーの主幹技師。そして三十三歳の独身。耀は、自分の条件ならオファーを得られると考えていた。

 それでもやはり求人情報は気になってしまう。『もしかしたら好条件求人が公開されてるかも』と考えてしまうのが人情だ。


「うーん、グッとくる求人はないなぁ。キーワード変えてみるか」


 耀は検索エンジンに戻り、“転職、外資系”をキーワードにすべくキーボードでT、E、N…とタイプしていった。TENNSYOKUの“TENN”まで入力したところで、予測変換ワードがプルダウン表示された。耀はページダウンキーを押して候補の中から選択しエンター。更にスペースキーをタイプしてから“外資系”と入力してエンターキーを小指で叩いた。

 コンマ数秒で検索結果が画面に表示された。それを見た耀が呟いた。


「は? あー、“転職”じゃなくて“転生”になってるわ。しかも検索結果のトップが“なろう”の小説だし」


 耀がプレイしているMMORPG【ギャラルホルンオンライン】は、ジョブレベルとステータスを上げるとクラスチェンジが可能になる。ゲーム内ではそのクラスチェンジを“転生”と呼ぶため、チャットでよく転生というワードを使う故のミスだった。


“転生、外資系”のキーワードでヒットした検索結果をスクロールダウンしながら眺めていくと、同一のなろう小説に関するものばかりのようだ。


「なろう畏るべし…」


“転生=なろう”の法則を半笑いで見ていると、“RAGNARΘK”と記載された企業ホームページらしき検索結果に目が留まった。最初はゲームコンテンツの製作会社だろうかと概要を読んでみると、“スペシャルオファー:世界を舞台に活躍したいあ”で概要表示が途切れていた。

 そこはかとなく気になった耀は、そこにポインタを合わせてクリックした。


「社名がラグナレク、か? 聞いたことなけど不吉な社名だなぁ。しかもトップページにスペシャルオファーへ飛ぶリンクしか載ってないとか怪しすぎだろ。ページのデザインはイケてるけど」


 耀がプレイしているMMORPG【ギャラルホルンオンライン】は北欧神話を基にしたゲームであり、ラグナレクも北欧神話における“世界の終末”を意味する言葉であった。

 怪しいとは思いながらも、スペシャルオファーの内容が気になった耀は、記載されているリンクをクリックした。


―――ヴォーン……


 リンクをクリックした瞬間、PC画面から放出された目の眩む白光が耀を飲み込んだ。耀は体がバラバラに砕かれるような感覚に襲われながら、意識を闇に落とした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 暗闇の中で意識を取り戻した耀を強烈な頭痛が襲った。それと同時に『新しい記憶』が頭の中に流れ込んでくる。

 水城 耀としての三十三年間の記憶に、アスラン・ウォーカーという名の少年に関する十五年間の記憶が新たに加えられた。


 拒絶と納得という対極的な感情が渦巻く中、耀は吐き気をもよおす異臭に顔を歪めた。一寸先すら見えない暗闇の中にあって、耀は自分が置かれている状況を“新たな記憶”によって理解した。


「俺は…アスラン は、奴隷に 落ちた んだ…」


 耀は奴隷商の倉庫にある小さな檻の中に、アスラン・ウォーカーとして閉じ込められていた。周りにも同じ奴隷の檻が所狭しと並べられている。

 糞尿は垂れ流し状態で、与えられる食事も腐りかけの残飯。それは栄養摂取が目的ではなく、売れるまで死なせないという意味しかもたない。

 今のアスランは、呟くように声を出すことすら儘ならなかった。


「こ、これまでも、こ、これからも、俺を 待って いる のは 地獄 だけ…」


 納得などしたくないが納得せざるをえない。いや、既に事実として納得してしまっている。


 アスラン・ウォーカーは辺境に小さな領地を持つ騎士爵家の次男だった。

 今から二年くらい前、辺境に点在する魔の森でスタンピードが発生し、モンスターの大群がウォーカー家の治める領地を襲った。

 勇猛を誇った父を筆頭に兄や領民と共に戦ったが、戦力に対してスタンピードの規模が大き過ぎた。


 視界を埋め尽くす数のモンスターと戦う中、勝機なしと判断した父は長男とアスランに『逃げろ』と命令した。

 肉の盾となってモンスターに飲み込まれる父の姿に慟哭をあげながら、アスランは兄に引きずられるようにして逃走した。


 走った。走って走って走って、心臓が破裂するほどに走った兄とアスランは、峡谷を流れる激流に飛び落ちることでモンスターから逃れた。

 激流に揉み砕かれて岩に激突しながらも、アスランが奇跡的に川岸の木を掴んだ時、兄の姿はアスランの視界から消えていた。


 崖に茂った蔦をよじ登って一命を取りとめたアスランは、失意の内に領地へ向けて歩いた。モンスターに恐々とし、空腹を野草と木の実で凌ぎながら辿り着いた領地には、惨憺たる光景が広がっていた。

 モンスターに咀嚼された女子供の残骸が散らばり、中には人型モンスターに強姦されたであろう死体もあった。


 絶望の中にありながらも母と幼い妹の存命を願って戻った屋敷には、更なる絶望が待ち構えていた。

 開け放たれた玄関を抜けて居間へと続く扉を開けた時、そこには下卑た嗤いを浮かべた盗賊どもが屯していた。


 目から光を失った全裸の母が床に転がされ、五歳になったばかりの妹は、恐怖に引き攣った表情の首だけが母の眼前に据え置かれていた。

 アスランは母と首だけの妹に縋るかのごとく膝から崩れ落ちた。

 盗賊は愉悦の表情でアスランの顔や体を剣で斬りつけるなどの暴行を加えながら、アスランに見せつけるためだけに母をレイプし続けた。


 それでも地獄絵図は終わらなかった。

 もはや呼吸をしているだけのアスランと母に、盗賊は屋敷で使用人として働いていた人間の臓物や肉を食わせた。

 目の前で腹を斬り裂いて内蔵を取り出し、それを剣でミンチにしてアスランと母の口に押し込んだ。


 盗賊による狂気の宴が数日間も続いた頃、ウォーカー騎士爵家の寄り親である辺境伯家の手勢が迫っていることを知った盗賊どもは、金品と正気を失った母を連れ去った。

 やっと死ねると考えたアスランを、盗賊は違法鉱山の元締めに労働力として二束三文で売り払った。

 その日、アスランは胸に違法な奴隷紋を刻まれ、奴隷として生きるしかない人生が確定した。


 違法鉱山とは、少しばかりの知恵と技術を持つ罪人が、拉致した人間や奴隷を労働力とし使い、他人の土地で秘密裏に鉱物を採掘する場所だった。

 殴られ蹴られながら穴を掘って鉱石を運び出す。餌とも言えない食事は一日に一度だけ。鉱毒や落盤などの危険は完全に無視し、労働力が死ねば近隣から新たな労働力を拉致してきた。


 アスランは二年近くもの間、違法鉱山で穴を掘り続けた。二度目となる極寒の冬が訪れた頃、違法鉱山のあった地域に大雨が降った。

 補強の一つもされていなかった坑道は、緩んだ地盤の影響で崩落した。三十人ほどいた労働力は尽く生き埋めとなったが、出口付近にいたアスランを含む数人だけは生き残った。

 アスランは己の不運不幸を呪った。そう、『なぜ死なせてくれない』と怨嗟の慟哭を響かせた。


「崩落 した 鉱山でも 生き 残って、俺は……また 奴隷と して 売られ た…」


 胸に刻まれた奴隷紋の効力で、アスランは自殺さえできなかった。自殺を思考した瞬間に苦痛が襲い、全身が麻痺した。与えられた残飯を拒否しても苦痛は襲った。


 胸に奴隷紋を刻まれたその時から、所有者の命令のままに行動するしかない生きた屍。それが水城 耀…否、この世界のアスラン・ウォーカーだった。


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