表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強エージェントは休みが欲しい【第3部/現代の魔術師編(完)】  作者: 百門一新
第1部 学園ミッション編~エージェント4~
40/120

第39話 七章 夜の学園で富川学長は画策する

 仲間に引き入れたい人間がいる、と富川が聞いたのは夕刻時だった。


 高等部校舎から尾崎が出でいったことを確認してずいぶん経った頃、前触れもなく常盤から電話が掛かってきたのだ。尾崎が留守の間に鍵を換えた放送室を使うと告げながら、常盤は興奮気味にまくしたてた。


 富川は大金と女、地位と権力以外には興味がなく「好きにしろ」と許可を出した。彼は今回の取引に対して円滑にサポートしている常盤を、尾賀から紹介された藤村たちよりも買っていた。


 わざと目の前で明美と身体を重ねたことがあったが、常盤は構わずに薬を教え込んだ女子大生と楽しんでいた。そういった事もあって、優等生の皮下に強い悪意を秘めていると知ってから、富川は常盤をひいきしていた。


 父が国会議員を勤めていた富川は、ろくな学生時代を送ってこなかった。中学生の頃に女と酒に溺れ、高校生になると集団で強姦を楽しんだ。盗撮、暴行、覚せい剤、麻薬に対して抵抗がない姿は、今の常盤と同じであったと富川は思っていた。


 富川は大学を出て教師の職に就いたが、少年を抱く楽しみも覚えていた。その行為は止まらず、性欲のためなら対象は少年少女と問わなかった。成長段階の子供から大人まで幅広く、ベッドで少年同士が戯れる様子を眺めて興奮することが一番のお気に入りだった。


 暴力団が経営していた売春店は、金を出せば富川の欲求をすべて満たしてくれた。常連となっていた富川は、そこで佐々木原という店主と顔見知りになり、彼の雇い主だった榎林と面識を持った。性癖が似ていた二人はすぐ意気投合し、共に肉欲を楽しむ仲となった。


 それから十二年の歳月が流れた今年の五月、富川は榎林の紹介で尾賀と出会った。大金と共に女と権力がついてくる榎林の誘いは魅力的だったが、尾賀とビジネスをすることに富川は賛成できなかった。高知市で顔を合わせた尾賀の、他人を見下す態度や物言いがひどく鼻についたのだ。


「部下として藤村組を用意してあるので、対応は彼らに任せたらいい」


 そう榎林に提案されたが、富川は渋った。尾賀と顔を会わせた二十分間、早口で一方的に自慢話やうんちくを聞かされて、彼はうんざりしていたのだ。傲慢ではあっても、榎林は礼儀を欠かない男だった。自分こそが偉いというような尾賀を、富川は人間的に好きになれなかった。


 富川が儲け話に乗り気になったのは、尾賀との連絡掛かりとして明美が送られてきてからだった。下心をくすぐる容姿もさながら、彼女は最高のテクニシャンであった。


 これまでに感じたこともない強い快楽を富川に与え、常に彼の性欲を満たして悦ばせた。明美に「あなたは顎で指示するだけでいいのよ、他は全部、尾賀たちがやってくれるんだから」と聞かされ、富川は今回の取引に協力することを決めた。


 誰かに従うことが嫌いな人間であったが、富川は大きな権力の前では腰を低く構えた。彼は「どうすれば自分が優位な位置にいられるのか」よく理解していた。場所を提供し、藤村と尾賀たちに全部任せていれば大きな利益を得られる。怖いほど良い条件だと富川は考えた。


 富川は、ヘロインを持ってくる李には「これからもいいビジネスをしましょう」と愛想を振ったが、鼻につく尾賀は出来るだけ藤村に押し付けていた。


 尾賀には大きな暴力団や他の権力者の後ろ盾があることを知っていたが、いつものように「親睦を深めて私に利益を」とすることも出来なかった。「分かっているのかね」「だから私は初めからそういっているね」「こうじゃないかね」と尾賀に意見を押し付けられるたび、富川は反吐が出そうなほどの嫌悪感を覚えた。



 午後十時を回った頃、覚せい剤パーティーが大学校舎二階で行われる中、富川は学長室で神妙な表情を浮かべていた。薄暗い照明ばかりがぼんやりと灯った室内では、秒針が刻む音が響き渡っている。



 港で会った李に「迎えなんぞ要らんわい!」と追い返された明美は、数十分前に一旦学園へと戻って来ていた。電話越しで事情を聞いた富川が「一度戻って来い」と指示したのだ。


 明美はどこか様子がおかしかった。いつもの気丈な表情は不安に曇り、学長室にやってくるなりこうこぼした。


「ねぇ、富川。本当に今夜は大丈夫なのよね?」


 今まで尾賀と売買していたお前なら分かるだろう、と富川は返したが、明美は納得しなかった。「そうだけど」と言葉を濁し、「嫌な予感が消えないのよ」と珍しく弱々しげだった。


「確かに鴨津原の件も、いつも通り報道規制もしっかりされているわ。尾賀の後ろに大きな権力が持った連中がいることも十分に分かってるけど、なんだか胸騒ぎが止まらないのよ」


 そのタイミングで学生を集め終わった常盤が戻って来て、「じゃあ念のために、俺がもう一度見てくるから」と提案しその話は終わった。戻って来る際には藤村と一緒であることを告げて常盤は出て行き、尾賀と合流予定の時間まで、明美が彼の代わりに覚せい剤パーティー会場に入ることになったのだ。



 そうやって大学の学長室に一人残された富川は、予約したホテルでの楽しい夜を期待して思い浮かべていたのだが、ふと、先程の明美の様子が思い起こされて小さな警戒心を覚えた。



 警察にマークされていないだろうな。


 富川は懸念したが、事件も起こらない茉莉海市でそれはないだろう、とすぐ冷静になった。この学園で取引が行われることは初めてなので、明美は少し神経質になっていて、きっとそれは自分も同じなのだ。


 そのとき、彼の携帯電話が細々と震えた。富川は常盤からの着信であることを確認すると、電話に出るやいなや「どうだ」と開口一番に尋ねた。危惧すべき事態はあまり想定していなかったが、念には念を、と彼はいつになく慎重になった。


『特に変わった様子はないよ。月末だからかな、金曜日の割に静かなものさ』


 常盤は先程、らしくない様子だった明美に、自分が町の様子を見て来てあげるよといって町に足を運んでいた。電話越しに聞こえる彼の声は、夕刻から変わらず浮わついている。仲間に引き入れる人間が「殺しも平気な奴さ」と語ったときと同じ口調だった。


 一体どんな奴なんだと富川は訝しがったが、藤村のように平気で暴力をふるい、常盤のように利口で賢い人材であれば構わないと思っていた。


 というのも、藤村組の面々は信用できなかったからだ。夜の店を持っていた佐々木原の手下を見てきた富川の目からは、藤村組は横暴というだけの頭の弱いチンピラ集団にしか見えなかったのである。


『富川学長、俺思うんだけど、尾賀さんの件が終わったら明美先生は特にすることもないし、先に帰してもいいんじゃない? 不安がられて今みたいな新しい仕事押し付けられるより、さっさと帰ってもらった方がいいと思うけど』


 取引の最中に見回り行って来いって言われたら嫌だよ、と怪訝そうに声が尖った。富川が尋ねる間もなく、常盤が短い息をついてこう続けた。


『俺は新しく引き入れる奴の相手するんだから、そこまで明美先生に構っていられない』


 そうか、学校に呼んでいるんだったな。


 富川は思い出して口を閉ざした。少し考えて、「そうだな」と言葉を切り出す。


「立ち会うのは私と藤村さんだけでいいからな、明美は尾賀さんが現場に到着次第、帰すことにしよう」


 常盤が富川に対して明美に「先生」をつけるように、富川も常盤に対しては藤村に「さん」をつけて話した。上辺の礼儀としてそうしている。


 明美が敏感になりすぎだと常盤は述べたが、『でも、明美先生があそこまで言うのも珍しいよね』と富川が思っていたことも口にした。


 明美の言葉を考慮していた富川は、やはりお前もそう思うか、と目を細めた。ここは慎重に保険でも掛けておくべきだろうかと思案したとき、ふと名案を思いついた。同時に生まれた新たな欲に、乾いた唇を舐めて撫でるような声で尋ねる。


「高等部に、確か県警察の本部長の子がいたな」


 うちに引きこめないか、といった彼の思惑に気付いた常盤が『金島暁也、のことですか』と一歩距離を置くように声を落とした。


 気に入らない意見が出たとき、常盤が見せる他人行儀な敬語と顰め面を思い出しながら、富川は「そうだ」と答えて頷いた。


「彼は人質としての価値を十分に持っているだろう。それに、仲間に引き入れておいても損はないはずだ」

『あいつは前の学校で暴力事件を起こして、親の権力でこっちの学校に入れたみたいだけど……一匹狼の不良で変な正義感を持ってるから、仲間にするのは難しいと思う』

「しかし、保険はあったほうがいいだろう?」


 取引がもっとうまく立ちまわれることを想像し、富川は県警察本部長の父を持った生徒が欲しくなった。『でも』と抗議した常盤の言葉を遮り、意見を主張する。


「日頃から言っているだろう、頭を使え。警察の動きを探れる人間がいることは大きいぞ? 今後の取引が更に円滑なものになる。尾賀さんの部下にも洗脳を受けている人間がいる。彼に任せれば確実に引き入れられるだろう」


 しばらく沈黙で応えると、常盤が諦めたように息を吐き出した。


『分かりました、分かりましたよ。でもね富川学長、もう夜の十時を回ってる。金島暁也がどこにいるのかも分からない今の状況で、保険とか引き入れるとかいわれても』


 どうしろって言うんだよ、と言葉の後にドアの開閉音が続いた。『よぉ常盤』と聞き慣れた藤村の声が聞こえてきて、富川は眉を顰めた。


「お前、今どこにいるんだ?」

『ちょうど藤村さんと合流したとこ』


 そう言って、常盤が電話回線を繋げたまま、携帯電話を離して富川が口にした提案を藤村に説明した。


 藤村の声が『俺はそんなガキ知らぇし、今更保健とか要らないだろ』と怪訝そう言い、それを受けた常盤も『俺は二年の頃クラスメイトだったけど、連絡先も住所も知らないんだよね……』と答えて、こちらの電話に出た。


『富川学長の意見も分かるけどさ、それは後日ゆっくりでいいんじゃないかな。とりあえず、こっちはもう一回り車で見てくるから、皆が交流した午後十一時には明美先生を帰して――』


 不意に常盤の言葉が途切れ、『掛須さん、ちょっと止めて!』と強い声に変わった。どうした、と尋ねる富川の問いにも答えず、しばらく電話の通話口が静けさに満ちる。


 ややあって、常盤が緊張を抑え込むように『富川学長』と言った。


『どうやら、運が俺たちに味方しているみたいだ』

「だから、一体何がどうしたんだ?」

『今、すぐそこに暁也――県警察本部長の息子がいる』


 富川は、タイミングの良さに武者震いをした。興奮が抑えきれず室内を歩き出すが、身体から湧き出す熱は止まらない。


「お前、放送室で待ち合わせだろう? ついでに、そいつのことも任せていいか」


 でも殺すなよ、と富川は薄い唇を引き上げた。うわずる声を潜め、出かけた含み笑いを喉元に押しとどめる。


 今夜は藤村から銃を渡されている常盤の内に潜む残酷性が、これからやってくるという殺人鬼と会うことで更に殺気立つことを想定すると、ここはしっかり念を押して告げておかなければならないと思った。


「お前が引き入れようとしている人間も、殺しが出来る者だと聞いているが、そいつにだろうと本部長の子は殺させるなよ」

『分かってるよ、俺もそこまで馬鹿じゃない』


 答える常盤の声は楽しげだったが、彼はふと声色を落とした。


『……富川学長、暁也のそばにクラスメイトがオマケとしてついているけど、どうする? 裏手だし、今はグッドタイミングで人通りもないんだけど』


 もし実行に移すのなら、この機会を逃したくない、というニュアンスで常盤が尋ねてくる。


 富川は「ふむ」と渋ったが、すでに答えは決まっていた。どうやら本当に運が味方しているようだと思い、二人の学生が歩く路地にほくそ笑む。その間、常盤が『学校方面だけど、本当に人の気配がない。藤村さんと掛須さんも今なら簡単に出来るっていってる』と言った。


「オマケの学生も一緒に連れて来い。使えそうであれば、尾賀さんに頼んで洗脳するとしよう。使えそうになかったら、お前が好きに処分していい。あと始末は尾賀さんがやってくれる」

『オーケー、連れてくる』


 富川と同様、常盤の声も上機嫌だった。悪行に悦んでいるのだろう、と富川は満足げに通話を切った。再び室内を歩き出し、明美について思案した。一緒に取引を見届けた後のため、すでにホテルのスイートルームを予約していたのである。


 午後十一時といわず、尾賀と李が来たら、先に行かせておくか。


 準備を済ませた明美がホテルで待っている光景を思い、富川は舌先で薄い唇を湿らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ