転生事情とリゼルの情事
都会の近くとの設定ですが、訛りが結構出てきます。
あまり気にせずお読み下さい。
それと一部BL表現が入ります。
僕の名前は七瀬 勇気。
勇者となるべく異世界にやってきた者、たぶん。
僕は今、アスベルトの街に潜伏している。
この街はかつて魔王が納めていたが、その魔王が忽然と姿を隠したらしい。
そのためこの街の魔族達は混迷し、治安が悪化し続けている。
そんな街の路地裏に僕はいた。
「まさか、僕が現れた事に気づき、逃げたな魔王め」
勇気は路地裏から路地裏へと移動しながら、街中をさ迷っていた。
制服のポケットの中にはメモ帳とボールペンがあり、路地裏の地図を描きながら歩いている。
「ここは、なるほど、ここに繋がってたのか」
勇気が地図を描いていると前方から男女の揉める声が聴こえてくる。
「だから言ってだろうが。俺の所に来れば惨めな生活しなくて済むんだよ」
「わ、私は今のままでもい『はぁ、んな訳ねぇだろ』」
赤黒い肌の魔族の男が猫耳の女性に一方的に捲し立てていた。
「ふむ、まずいなこれは。これでは地図も描けん」
些か的外れなことを呟きながら、壁に背を預け隠れて成り行きを見守ることにした。
男は猫耳の女性が小さく怯えだすのをいいことに、更に大きな声で捲し立てていくも、相手が首を縦に振らないことに苛立ち、女性の頬をつい叩いてしまう。
流石に見ていられなくなった勇気は、角から一気に駆け出し、男を力一杯突き飛ばすと女性の手を取り、その場から走り去る。
猫耳っ子も何がどうなっているのか分からず、勇気の手の温かさを感じながらその身を任せていた。
入り組む路地裏をだいぶ走る、後ろを振り返り男の姿が見えないことに、二人はホッと胸を撫で下ろす。
「あ、あの、助けて貰い、有り難うございます。凄く助かりました」
「あぁ、それはいいけど頬っぺた大丈夫?痛くない?」
「はい、大丈夫です。気にしないで下さい」
気にするなというが明らかに赤く腫れて、痛々しそうである。
水で冷やしたほうが良さそうだが手元にないので、気休め程度にはなるかと思い、ハンカチを頬に当てると、痛かったのか肩を一瞬縮こませ、勇気の手にそっと手を重ねてくる。
「すみません。私なんかのために、このような高級品を汚してしまうなんて、なんとお詫びしたらいいか」
どうやらこちら側では、勇気が持っている安物のハンカチ程度であっても高級品扱いになるようだ。
科学などの学問がなく、それに単純に技術力の差もあるだろう。
魔法があるため、そこに目を向ける人が少ないからである。
「いや、此方こそ気にしないでくれ。偶々持っていただけなんだから」
二人は少しの間見つめ合うと、そっとどちらともなく離れ意識しあっている。
「あ、あの、助けてくれたお礼と言えるかどうか分かりませんが、ご飯を作りますから良かったら食べていって下さい」
勇気は可愛い子の手作りが食べられるとの嬉しさの反面、自分の事を聞かれたらどうしようかと、思い悩んでいた。
「だめですか?」
まさか猫耳の可愛い女の子に上目遣いで懇願されて断れる程、勇気は女性免疫力が高くはなかった。
こうして猫耳っ子の家へと向かうことになる。
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ここは公園。
いつも愛が、ギガ殊ラブを散歩させる場所。
その公園の一角で怪しき集会が行われていた。
「まさかお前まで来ていたとは」
「儂も出会った時には吃驚したわい」
「ここまで来るとあと、何人かいそうじゃない。って言うかあいつ、リゼルはどうしたのよ海斗」
「仕事が忙しくって来れないって連絡あった。数日は缶詰めだって、マジ、泣いてた。厳しいんだな、漫画家も」
「海斗、あんたねぇ。あいつが泣いてるのは別の理由でしょうが」
全く分からないと首を捻る海斗。
そう、ここに集まるのは異世界から飛ばされてきた魔王様ご一行である。
若干一名欠席だが。
「しかし、よくこれだけ集まったものだな。飛ばされた者とそうでない者の違いは有るのだろうか」
聖也は腕を組み、みなに問いかけるように話す。
「儂の見解じゃが、魔力量に反応したんじゃないかとみている。ここに集まっている者達は並々ならぬ魔力を誇っている」
確かに魔力が高い者が集まっていた。
魔王カイゼル、魔獣ギガ、魔召のエリーダ、魔剣王ゾロアーク、ここにはいないがリゼルも魔力は其なりに高かった。
「だけどリゼルは俺達程じゃないぜ」
確かに普通の魔族と比べたら魔力は高いが、魔王と称されるカイゼルには遠く及ばなかった。
「それこそ、お主の転移に巻き込まれたのじゃろうな。不憫な奴じゃ」
まぁ、何となく海斗も気づいてはいたが、改めて言われるとリゼルに対して、少し優しくしてやろうかとの思いが出てきた。
「そんな事ないんじゃない。あいつのことだから一人残された方がショックだったわよ。必ずしも不幸とは言えないんじゃない」
絵理以外は何で?
と、いう顔をしていた。
リゼルにとっては悲しい事に、海斗も一緒に首を捻るのだった。
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ここはリゼルの仕事場。
リゼルは一人で作業していた。
今、書いている漫画は商業誌に載せる作品ではなく、リゼルの個人的な想いを描いた作品で、俗に言う同人誌と呼ばれる作品の原稿である。
したがって、アシスタントを使う事なく作業に従事していた。
アシスタントがいたとしても内容が内容なので嫌悪感を示すかもしれない。
リゼルのアシスタントは全員男性である。
女性が苦手とまではいかないが、余り好きにはなれなかった。
「そう、そうです。ここでこう来て、あぁ、いいですね。そして、こうです」
何やら艶かしい声をあげながら作業に没頭する、リゼル。
薄く頬を染めながら原稿に向き合っていた。
その内容はと言うと。
半裸の男性が半裸の男性にベッドの上に押し倒されている、今まさにその場面を描いている。
長髪の男性と細マッチョの男性が描かれているが、細マッチョの男性は何処かで見たことがあるようなキャラである。
「そうです。ここで魔王様が」
リゼル妄想全開の作品とは、リゼル似(多少)キャラと魔王カイゼル似?(くりそつ)キャラとの友情や恋心を描いた作品である。
多少過激な描写もあるが、基本的にプラトニックを貫いていた。
リゼルはこの作品を既に三冊出しており、その全てが即日完売する程の人気作品になっている。
ファンからの発行部数増刷願いや、次回作への熱の入った手紙が届いたりと、相当な人気である。
カイゼルと出会えなかった間、この作品で心を癒していた。
だがこの間カイゼルに出会えた事で作品への熱が覚めると思いきや、変なお邪魔虫が入ってくることで更に燃え上がる事になる。
今、リゼルは燃えていた。
今までにない程に。
数日後には印刷所へと送られる事になるだろう。
ここにまた、海斗の不幸が積み重なることになる。
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長閑な風景が広がっている。
都会からもそれほど離れている訳ではない、そう思えない程に長閑である。
「 心 さん、精がでるね」
「いやぁ、まだまだです。もっと美味しい野菜さ作らねば」
五十過ぎの男性がトラクターに乗り、畑で草取りをする男性に挨拶をする。
心は草取りの手を止め、トラクターに乗る男性と話し始めた。
「心さんの作る野菜随分評判いいで、善かったなぁ。一から頑張ったかいあるで」
「いやぁ、ありがてぇ。遣り甲斐があるこってぇ。」
「でな、この野菜を作った人と会いたいって先方さんから連絡あったみたいでよ、明後日来るってけど、いいかい?」
「あぁ、おらは問題ねぇ」
「そうかい。いい話しになるといいな、心さん」
トラクターに乗る男性は伝言を伝えると去っていく。
男性が去っていくと心は草取りを再開し、もっと美味しい野菜を作らねばと、さらに強く決意するのだった。
次回は27日に。