晨星
鴉児が振り向くと、背後の木の根元に雪の小山が出来ていて、水色の影が白い雪道の上を流れて去っていった。
どうやら、自分が飛び跳ねた拍子に、木の枝の雪が落ちて、木の上に止まっていた烏鴉が逃げたらしい。
「びっくりした」
烏鴉の鳴き声は時々人の悲鳴みたく聞こえるのだ。
しきりに頭の上を飛んでいく烏鴉の鳴き声に胸をざわつかせながら、少年はまた舗道を歩き出した。
雪を積もらせた木々の間は、普段の枯れ木の時より冷たい風を通さない代わりに暗い。
「雪を踏みしめる」というより、「一歩前に踏み出すたびに、一瞬の間を置いて足が雪に沈む」状況になってきた。
靴の中に入り込む雪が段々、冷え切った小石に思えてくる。
母ちゃんはやっぱりここじゃなくて、入れ違いで大通りの方に売りに行ったのかもしれない。
そう思った瞬間、行く手に何かが半ば雪に埋もれて落ちているのが少年の目に入った。
「あ!」
雪に足を取られながらもがく体で進んでいって、小さな手で雪を掻き分ける。
「これ……」
白い雪に埋もれていたのは、果たして母親が夜に履く踵の高い靴だった。
拾い上げて、まるでそれ自体が靴の一部になった様に固くこびり付いた雪を削ぎ落とす。
露わになった細い踵の部分は、靴本体から半ば取れかかっていて、指先でちょっと突いただけでもグラグラ揺れた。
「こっちだ!」
鴉児は赤くなった手に片方だけの靴を抱くと、夢中で駆け出した。
母ちゃんは間違いなくこの先にいる!
「母ちゃーん!」
幼い声が響き渡ると、雪道にたむろしていた黒い鳥の群れが一斉に飛び立った。(了)