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第24話 私の初恋

 私──明瀬陽華には、好きな人がいる。

 その人は同じクラスの男の子で、名前は柳田辰巳くん。高一にして180センチを超える長身に、鋭い目つきが特徴で、少し不愛想なところも相まって少し取っ付き難く感じるかもしれない。

 クラスでは目立たない方で、本人曰く根暗で口下手な陰キャぼっち。昔からその威圧的な風貌で怖がられて、友達も数えるほどしか居なかったのだとか……。


 まぁ私は全然怖いなんて思わないけどね!

 おっきな体でぎゅって抱き締められると、彼に包み込まれてるみたいですごく安心するし。そのまま耳元で低い声で囁かれるともうダメになっちゃう。

 鋭い目つきも、私のことを見つめる時の優しく愛おしそうな眼差しとのギャップできゅんきゅんする。

 感情表現が苦手で、上手い言い方が見つからなくて、眉根を下げて黙り込んじゃうところも可愛い。ついつい困らせたくなっちゃう。


 ……何の話だったっけ?

 そう、好きな人の話だ。


 私が彼と出会ったのは、六月の初め頃だから……今から二か月前かな。

 まだ二か月しか経ってないんだ……。辰巳くんと出会ったあの日から、本当に色々あったもんね。


 あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。


『おい、そこで何してんだ』


 私を囲んでいた真壁さんたちの言葉を遮るように、有無を言わさぬ威圧感を纏って、彼は現れた。

 夕陽を背に無言で佇む彼。逆光で表情を窺うことはできなかったけれど、冷たい怒りの滲む視線が真壁さんたちを射抜いていた。


 彼の気迫と携えたスマホの存在に怯んだのか、足早に去っていく彼女たちを見送って……私は安心感と虚脱感が綯い交ぜになって、その場にへたり込んでしまった。

 そんな私を心配そうに見ていた辰巳くんは、やがて私の隣に腰を下ろして、徐に缶コーヒーを飲み始めた。


 タブを開ける気の抜けた金属音に、思わず笑いそうになって……少しだけ、張り詰めていた気分が緩んだ。

 後でその話をしたら、『ほぼ初対面の女子に飲み物をあげるのはどうかと思って……ブラックだし、温くなってたし……』と渋い顔をしていた。

 まぁあの場で渡されても私も困ってただろうけど、やっぱりちょっと面白かったなぁ。


 絶対に知られたくなかった過去がバレちゃった恐怖や絶望が、「もう全部終わりなんだ」という諦観に変わって、何だかどうでもよくなっちゃって。

 弛緩した空気の中で……思い付きで、助けてくれた彼に話してみることにした。

 やけっぱちになっていたのと、実際に私の過去を知った人がどんな反応をするのか、知りたくて。


 同情とか、失望とか……そういう反応が返ってくると言う私の予想は見事に裏切られる。

 私の取り留めのない言葉を受けた辰巳くんは、当事者の私以上に怒って、悲しんでくれて。

 そして、これからの学校生活への不安を吐露した私を真っ直ぐに見つめて──カッコいいって、そう言ってくれた。

 誰に何を言われようとも、辰巳くんだけは明瀬陽華のことをカッコいいと思っていると……その言葉を聞いて、私は思わず泣いてしまった。


 だってずるい。

 これまで頑張ってきたことが無意味になってしまうかもしれないと絶望している時に、今までの私の努力を肯定する言葉をくれるなんて。

 辰巳くんには慌てられてしまったけど、私は嬉しかったんだ。

 彼が送ってくれた一見脈絡のない言葉が、落ち込む私を慰めるためのものではなく、心からそう思ってくれていることが分かったから。


 もし万が一、私の過去が露見して……それによって、私の周りから誰も居なくなったとしても。

 こんな私をカッコいいと思ってくれる人が居るのなら、それでもいいかなって。

 今思えばあまりにも短絡的な結論で、飛躍した思考だと思うけど、あの時の私は本気でそう思っていた。


 褒めてくれた嬉しさとか、大泣きしてしまった恥ずかしさとか、安心感とか……色んな感情が一気に噴き上がって。

 そうして一瞬でテンションが降り切れた私は、つい彼の手を握って走り出してしまった。


 あの時自分が何を思っていたのかは、正直自分でもよくわかっていなかった。

 今になって考えてみると、たぶん……確かめたかったんだと思う。

 もうダメだーって時に私の前に現れた、あまりに私にとって都合のいいことを言ってくれる男の子が、本当に存在するのか。

 握り締めた手の暖かさは、今もはっきりと覚えているから。


 そんな彼との接点を失いたくなくて、”お礼”を考えておいてと告げて帰宅して……そしてようやく我に返った。

 心を落ち着けるためにひとまずテスト勉強に──正直ほとんど手につかなかったけど──勤しみ、ご飯やお風呂を済ませてベッドに入って、ようやく冷静に考えられる精神状態に戻った。


 まず考えたのは、翌日からの学校生活について。

 もし本当に真壁さんたちに、私の過去がバラされてしまったらどうしよう……もしかしたら、既に出回ってしまっているのかもしれない。

 スマホでグループLAINを覗いて確かめる勇気はなく、その結果、私は例の噂を知らずに登校することになるのだけれど……それはまた別の話。


 私の過去が暴露されて……みんなを騙していたと思われたらどうしよう。優等生で居られなくなったら……みんなに嫌われたらどうしよう。

 中学時代の、悍ましい悪意に囲まれ、誰も助けてくれない孤独な地獄を思い出す。

 命を絶つことすら考えたあの絶望と恐怖に、涙が零れそうになった時に……辰巳くんがくれた言葉を思い出した。


 そうしたら、段々気持ちが楽になっていくのを実感して……私の思考は段々彼の方向に傾いて行った。

 ……たぶんその頃は、まだ私の感情は”少し特別な好意”止まりで、”明確な恋心”には至っていなかったと思う。

 けれど彼のことを思い浮かべると、不思議な胸の高鳴りを感じたのもまた事実で。彼のことを意識し始めた、って感じだったのかな。


 その翌日。彼の言葉を思い出して、震えそうになる足を動かして登校して、昇降口で見覚えのある背中を見つけて……思わず声を掛けた。

 表面上平静を装いながら、彼と談笑しつつ教室へ向かう。

 そうしながら……ふと気付いた。昨日私の話を聞いていた時から今に至るまで、彼は一度たりとも私に憐れみや同情を向けてこないことに。


 私が置かれていた境遇に怒りや悲しみを見せながらも……彼はずっと、眩しいものを見るような目で私を見ていた。

 それは教室の前まで来て、弱みを見せてしまった時も変わらなくて。


 足が止まってしまった私を、彼は静かに見据えて、


『明瀬さんはもう少し、自分を信じてあげてもいいと思う』


 その言葉に、胸の内に熱いものがぶわぁっと込み上げて……同時に、少しだけ悔しく思う気持ちも湧いてきた。

 どうして彼はいつも──まだ話すようになって二日目だけど──私の心を揺さぶる言葉を、的確にかけてくれるんだろう。

 私ばかり彼に感情をかき乱されていることに、小さな不満を感じる。

 だから……私も、彼のことをもっと知りたいと思ったんだ。





 ──チーン


「……あっ。もう焼けたんだ」


 キッチンに響くまだ聞き慣れないトーストの音に、回想に沈んでいた意識が戻ってきた。

 火を点けてなくてよかった……。手に持っていたベーコンを一旦置いて、トースターの方を確認する。

 うん、ふっくら焼けて美味しそう。ちょっとお高めのトースターだけあるなぁ……なのに二か月以上もろくに使われてなかっただなんて。


 残りのメニューも早く仕上げなくちゃ。

 コンロにセットしたフライパンにさっと油を引いて、中火で加熱。少し待って十分に温まったところで、ベーコンを投入して軽く炙る。

 食欲をそそる脂の匂いがしてきたところで、卵をベーコンの上にそっと乗せる。形が崩れすぎないように菜箸でつつきながら、私に思考は先程までの回想に戻って行った。


「……あれはびっくりしたなぁ。びくびくしながら待ってたら、いきなり美樹の『陽華と柳田くんが、付き合ってるって噂!!』なんて声が聞こえてくるんだもん」


 でもそれが、私が自分の恋心を自覚するきっかけになったんだよね。





 美樹の大声は廊下の外に居た私の耳にも届いて……私は呆気に取られていた。ぽかーんとしていた。

 その後の会話を聞くに、どうも昨日の放課後に手を繋いで校舎内を走っていたところを写真に撮られていたらしい。


 まさかあれを誰かに見られていたとは……完全に勢いで動いてたから、人目なんて全然気にしていなかった。

 それに起因して、私と辰巳──柳田くんが付き合ってるなんて事実無根の噂が流されてしまった。

 そもそも私が彼と話すようになったのはつい昨日の話で、恋人なんて……恋人、なんて…………。


 どうして私、全然嫌だと思ってないんだろう。……むしろ、嬉しい……?

 彼と恋人関係になる光景を想像しても、嫌悪感など微塵も湧かず、不思議な高揚感を覚えて……あぁ、そっか。


 私、柳田くんのこと好きになっちゃったんだ。


 そのことに気付いてしまうと、直前まで抱いていた恐怖感すら吹き飛んでしまうような、おかしさが込み上げてきた。

 切羽詰まった状況でも誰かを好きになる自分の暢気さにか、さっきまでの緊迫感との落差にか。

 自分でも判然としないけれど、とにかくおかしくなって、声を上げて笑いだしてしまった。


 私の笑い声に気付いて詰問してくる美樹に、どう答えるか考えて……私は『ひみつ♪』と答えを濁すことにした。

 噂に踊らされることへの対抗心が半分。事実と異なるとは言え、彼と”そういう関係”にあることを否定したくない、と思ってしまったのがもう半分。

 結果的にそれによって辰巳くんに迷惑をかけてしまったことは、浅慮だったと思うし反省もしてます……。


 そうして自分の恋心を自覚した私は、早速アプローチを始めることにした。

 昼休みが始まった途端に姿を消してしまった彼を探して、お昼を一緒に摂り……お弁当と、土曜日の勉強会の約束を取り付けられたときはガッツポーズをしたくなった。


 その日帰ってから、私は両親に昨日からのことをすべて話した。

 脅迫未遂のことについて随分心配されたけれど、辰巳くんという男の子のおかげでもう大丈夫だと伝えると、ひとまず安心してくれて……そして、辰巳くんにとても感謝している様子だった。

 私が辰巳くんに恋をしたと言うと、パパは少し複雑そうに、ママはとても喜んでくれた。

 男を墜とすにはまず胃袋を掴むべし──古来から伝わる格言に従って、ママに適宜アドバイスをもらいながら、私は全力をもってお弁当作りに挑んだ。

 ママも手作りのお弁当でパパを惚れさせたんだと、自慢げに語るママにパパは恥ずかしそうに苦笑いしていた。


 朝早くから時間をかけて準備したお弁当は大好評!

 頑張って作ったお弁当を、「美味い美味い」としきりに呟きながら、本当に美味しそうに頬張る辰巳くん。

 特に力を入れた金平ごぼうは、一口一口噛み締めるように、大切に味わって食べてくれていた。

 そんな姿を見ていると、なんだか胸が一杯になる感じがして……あぁ、これが幸せなんだと実感させられて。


 もっとその幸せを味わいたくて、これからもお弁当を作ってくる約束を取り付けた。

 申し訳なさそうにする彼とすったもんだの協議の末、材料費と人件費を辰巳くんにもらって、週に二回のみ作る形で合意を見た。

 今では、私の毎週の大きな楽しみの一つだ。


 ……それからというもの、私は怒濤の勢いでアプローチを仕掛けていった。

 恋愛経験なんて全くない、あるのは引きこもり時代に見たドラマやアニメ、漫画の知識だけ。

 そのくせ、あまりにも運命的(ロマンチック)な出会いから始まった初恋に浮かれていたから、今思い返すと赤面してしまうようなことまで……。

 特に市民会館での勉強の帰り、緊急避難とは言え出会って数日の男の子の家に行くなんて! しかも事故とは言え自分から押し倒して、キスを迫るようなことを……!

 自分でやり過ぎかな? と思っても、すぐに”好き”って気持ちに押し流されてしまって。でも仕方ないよね──本気で好きになっちゃったんだから。

 一緒に時間を過ごすほどに、どんどん好きって気持ちが膨れ上がっていっちゃうんだもん。制御なんてできるはずないし、する気もなかった。


 でも後から聞いてみたら、あの日校舎裏で話した時にはほとんど好きになってくれていたらしくて……ま、まぁ何だかんだちゃんと付き合うところまで行ったし! 結果オーライだよね!


 ともかく、それからも私は彼と交流を続けて、少しずつ絆を深められていけたと思う。

 けれど、仲良くなるほどに……彼が私を見る視線に浮かぶ、罪悪感のようなものも色濃くなっていったのを感じていた。


 そんなある日、私は彼の義妹の、優唯ちゃんに出会った。

 中学三年生だと言う彼女は……血の繋がりがなくとも、お兄さんに凄く似ていると感じた。

 辰巳くんよりは割合社交的で明るく振舞っているけれど、その内面には他者を踏み込ませない堅牢な壁が築かれている。

 幸いにも私に対してはすぐに壁を払ってくれた。彼女の笑顔には私への好意と、深い感謝の色が見て取れた。


 ──私はその日、彼ら兄妹が抱えるものを知ることになった。

 真壁さんからのLAINを切っ掛けにして、二人が……まるで罪を懺悔するかのように滔々と語る過去は、酷く辛く苦しいもので。

 深い後悔と罪悪感が彼らの間に蟠り、今尚二人を苛み続けているのだ。


 だから私は、俯く彼の頬にそっと手を伸ばした。

 私を助けてくれた彼のために、今度は私が助ける番だと思ったから。

 何だかとても大胆なことを言ってしまった気もするけど、全て私の本心からの言葉だった。

 これからずっと傍に居るという誓いを立てて……決定的な言葉こそなかったものの、その時点で私たちはお互いの想いを確かめ合ったんだ。


 そして私たちは、親友たちの助力を得た上で真壁さんたちとの因縁に決着をつけた。

 ……当時の私にとって、真壁さんたちは既に路傍の石ころ程度の存在でしかなかった。すでに学校側から停学処分が下され、クラスでも置物のようになってしまった彼女たちに、関心なんてない。

 けれど、もし彼女たちがあの日私を呼び出してくれていなければ、私は辰巳くんに出会えていなかったかもしれない。

 もし彼女たちが例の噂を流してくれていなければ、私は自分の恋心を自覚できていなかったかもしれない。

 そう考えると、真壁さんたちは謂わば、私たちの恋のキューピッドと呼べるのかも。辰巳くんにそう言ってみたら、否定したいけど微妙に否定しきれないと言いたげな非常に不服そうな顔をしていた。


 ──その日から、彼はどこか吹っ切れた様子だった。

 自信なさげだった態度が堂々として、私のアプローチに対しても、動揺しながらも真っ直ぐ受け止めてくれるようになった。


 何より顕著に感じたのは、私を見据える彼の視線に……火傷しそうなほどの”熱”が灯ったこと。

 それはきっと、私の胸の内で燻り続けていた炎と同種の”熱”。

 お互いの熱が絡み合うと、燃えるように体が熱くなって、相手のことしか考えられなくなってしまう感覚。

 その熱は際限なく高まり続けていて……先に最高潮に達したのは、辰巳くんの方だった。


 取り留めのない言葉で感情を伝え合って、ふわふわしていた関係を改めて定義してしまえば、もう遠慮する必要なんてどこにもなく。

 ずっと胸の奥で燃え盛っていたものを、一度解き放ってしまえば、もう止まれない。


 どれだけ共有しようとしても伝えきれないもどかしさをかき消すように、必死に抱き締め合って、唇を重ね合わせた。

 辰巳くんと私以外の全てが意識の中から消え失せて、ただひたすらに陶酔して、耽溺して……私たちを隔てる境界すら溶かされていく錯覚すら覚えて──……





「あそこで踏み止まれたの、割と奇跡だったのかも……?」


 パパからの電話がなかったらどうなっていただろう、と今更ながら少し怖くなる。

 別に嫌なわけじゃないし……むしろ、その……そういう行為に対して、人並み程度の興味はある。

 キスですらこんなに幸せな気持ちになれるのに、それ以上に深いところで繋がれる行為なんて経験してしまったら……一体どうなってしまうのだろう。


 最近のあれこれで、自分で思っていたより堪え性がないことが判明した私のことだ。

 きっと底なし沼に足を突っ込んだようにハマって、抜け出せなくなってしまうだろう……。


「……あぁもう、朝から何考えてるんだろ私」


 もう恋人になってから二か月が経とうとしていると言うのに、いつまでも佳凛が言うところの色ボケ気分が抜け切らない。

 何とかしなきゃなーと思いつつも、彼と居ると幸せ過ぎて、頭からすっぽり抜け落ちちゃうの。

 困った困った、と全く困っていない声音で呟きながら、手早く朝食の用意を進めていく。


 ベーコンエッグを食パンの上に載せ、サラダと共にお皿に盛り付け。飲み物は……辰巳くんを起こしてからでいいかな。

 朝食の出来栄えに頷き、エプロンを外して……弾む足取りで向かうのは彼の寝室だ。


「失礼しまーす……」


 そーっと扉を開いて体を中に滑り込ませ、足音を立てないようにそろそろとベッドに近寄る。

 カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされながらも、全く起きる様子もなく規則正しい寝息を立てる男の子。

 こちらに背を向けて、強めの冷房にちょっと寒そうにブランケットに包まってる。今すぐに抱き枕に戻ってあげたくなるけど、我慢我慢……。


「辰巳くーん、起きてー……」


 優しく肩を揺すってみるも、「うぅん……」と唸るばかりで起きる様子はない。

 寝苦しそうにごろんと寝返りを打って、ようやくお顔を見せてくれる辰巳くん……やっぱり、可愛い寝顔だなぁ。普段はとってもカッコいい辰巳くんも、寝てる時は表情が緩んで少し幼く見える。

 そんな無防備な姿を見せてくれることに、堪らない気持ちになって……ちょっとぐらい、いいよね。

 そっと目を閉じて、半開きのお口にゆっくりと唇を近付けて……むぎゅっ。


「……おはよう、陽華」

「おふぁようたふみくん! なんれとめりゅのー!?」

「寝起きの口内は汚いからダメ」

「むむっ……ほっぺならいい?」

「……まぁ、一回だけなら」

「やったー」


 ちゅー。……しれっと二回目をしようとした引き剥がされた。けち!

 私は気にしないのに……けど自分がされる側だったら確かにちょっと嫌かもなので、素直に引き下がる。

 起き上がって大きく伸びをした辰巳くんは、不満です! と態度で示す私に小さく苦笑して、


「すぐに歯を磨いてくるから、その後に頼む」

「……んふふ、やっぱり辰巳くんもしたいんだ?」

「陽華の方からしてきたんだろ……まぁ、俺もしたいのは間違ってない」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに視線を逸らす辰巳くんに、私は勢いよく抱きついた。

 辰巳くんも特に驚いた様子もなく、両腕で抱き留めてくれた。

 固い胸板に頭をすりすりと擦り付ける私に、くすぐったそうな笑い声が漏れた。


「このままだと動けないんだけど。……ん、いい匂いがするな」

「あっ、そうだった。朝ご飯出来てるよ! 今日は海に行く日なんだからちゃんと食べて元気出さなきゃね」

「おぉ、ありがとう。楽しみだ……せめて前じゃなくて後ろからにしてくれ」

「はーい!」


 洗面所に向かう彼の大きな背中にべったりとくっつく。

 夏真っ盛りの季節でも冷房のおかげで暑くない、むしろちょうどいいぐらい。

 すんすんと鼻を鳴らして大好きな匂いを肺に吸い込むと、流石に恥ずかしそうに身を捩っていた。だーめ、離してあげないもーん♪


 ……あぁ、幸せだ。

 人生で初めて好きになった人と、恋人になって。

 それからは、毎日が驚くほど鮮やかに感じられるようになった。

 心の中のアルバムに収められた記憶は、どれも眩しいくらいにキラキラと輝いていて……きっとこれから、どんどん増えていくんだ。


 辰巳くん。私と出会ってくれて、本当にありがとう。

 二人で一緒に、楽しい思い出をたくさん作っていこうね!

 お待たせしました。霧國です。

 陽華視点のお話から第二章スタートです。十万字の内容を一話で振り返るのは流石に無謀だった気もしますが、何とか収まりました。

 時系列が飛んでいますがキンクリではないのでご安心ください。次話から辰巳視点に戻り、キス祭りの続きからとなります。


 申し訳ありませんがリアルの方が若干忙しく、これまでのように毎日投稿を継続できないということがあるかもしれません。その際はあとがきの方で告知させていただきます。

 恋人同士となり、これまで以上に人目も憚らずいちゃつく二人の様子を、コーヒー片手に楽しんでいただけると嬉しいです。


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