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第22話 話があるんだ

「ちょっと飲み物取ってくる」

「おっけ。ならついでに俺のも取ってきてくんね?」

「構わんが……コーラのカルピス割りでいいか?」

「何でだよ、普通のコーラにしてくれよ!」


 了解、と橋本のカップを受け取って、一旦部屋を退出する。

 廊下に出ると、開放感からか溜め息が漏れた。やはり慣れないことをすると緊張で体が硬くなってしまう。

 ちなみに俺の歌声の評価は「普通」とのことだった。陽華はめちゃくちゃ上手かった。高宮さん曰く「声の相性はかなりいいと思う」とのことだが、喜んでいいことなのだろうか……。


 ドリンクバーで飲み物を注いでいると、背後から声を掛けられた。


「よっ、師匠。楽しんでるっすか?」

「お前は……濵崎か。まぁぼちぼち」


 バレー部所属のやたらとチャラい風貌の男子、濱崎。例の噂が流れた直後から何故か俺のことを”師匠”と呼んでくる。

 彼の手にはコップが五個も握られていた。俺の視線から疑問を察したのか、濱崎は肩を竦めて、


「こっちの部屋の男子連中で、同じ曲一回ずつ歌って一番点数低かったやつが全員分の飲み物取って来るって勝負してたんすよ」

「へぇ。そっちも結構盛り上がってるんだな」


 橋本の言に則れば向こうの部屋はお調子者が集められているらしいし、さもありなんと言うべきか。

 しかし当の濱崎は、妙に暗い顔をしている。何か心配事でもあるのか。


「……いや、楽しいんすよ。楽しいんだけど……あの人と話せるかもしれない、せっかくの機会だったのになぁって」

「あの人って……あぁ、向井さんのことか」


 そう言えばこいつ、あのバスケの時も審判の向井さんの前で挙動不審になっていたな、と思い出す。

 あそこまでわかりやすい態度を取っているのだから、当然橋本も感づいていることだろう。その上で別の部屋にしたと言うことは相応の理由があるのだろうが……。


「俺、向井さんが初恋なんすよ」

「……へぇ」

「興味なさそうな相槌やめてくれよ師匠!」

「師匠じゃない。……それ以上注ぐと零れるぞ」

「っとと、あぶねぇ。俺こんな見た目だけど、ずっとバレー一筋で……今まで女子と付き合ったことどころか、話したこともあんまなくて。高校言ったら絶対彼女作りてぇーって思ってイメチェン頑張ったんすよ!」

「なるほど。そして向井さんに出会った、と」

「そうなんすよ!」

「うおっ」


 グイッと詰め寄ってくる濱崎に思わず後退り。

 引いた目で見る俺に構わず、濱崎はグッと拳を握り締め、


「あれは入学式の日のことだった……」

「その話長くなりそうか? 早く戻らないと橋本に文句言われそうなんだが」

「あーちょっと待って待って! せめてそっちの部屋での向井さんの様子とか教えてくんないっすか!?」


 必死の形相で縋り付いてくる濱崎。

 まぁ……好きな人のことを知りたいと思う気持ちは、理解できるしな。


「……向井さんはK-POP? っぽい曲歌いながらキレキレのダンスしてたりで、楽しそうにしてたよ。これでいいか?」

「K-POP……! なるほど、そういうジャンルが好みなのか……そしてダンスか、俺そういうのあんま得意じゃないんだけど……。とりあえず帰ってからOwn tubeで検索して色々聞いてみて……」


 俺の言葉を聞くなりぶつぶつと何かを考えこむ濱崎をその場に放置して、俺は部屋に戻ることにした。

 若干ストーカー気質なように感じるが……本人に迷惑をかけない限りは、放置しても問題ないだろう。

 何かあれば陽華や高宮さんが対応するだろうし、などと失礼なことを考えながら、コップを手にドアを……開けられん。


 仕方なく、指先でノックして声を掛ける。


「すまん。手が塞がってるから、誰か開けてくれないか」

「はーい!」


 陽華の元気な声が聞こえてきたかと思えば、ほぼ同時にドアが開け放たれた。

 満面の笑顔で出迎えてくれた陽華は、囁くような声で、


「おかえり、辰巳くん」

「……ただいま」


 たった数分部屋を出ていただけでおかえりも何もないだろう、と思いながら、とりあえず礼儀として言葉を返す。

 陽華も同じことを思ったのか、薄く頬を染めて苦笑した。

 ……何か今のやり取り、凄く──……


「……新婚さん、みたいだね」

「そっ……う、だな」


 恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにはにかむ陽華に、目を奪われる。

 思わず視線を逸らして……半ギレの表情でこちらを睨む橋本と目が合った。咳払いをして、揃って席へ戻った。

 コップを受け取った橋本は、グイッと大きく呷ってから、


「喉が渇いたまま待たされた挙句に、お前らの漫才を見せつけられるこっちの身にもなってくれや。正直お前と明瀬さんを同じ部屋にしたの後悔してきたぜ」

「……すまん。気を付けてはいるつもりなんだが、つい」

「気を付けててあれなのかよ……いやまぁ、大体明瀬さんの方からグイグイ行ってるのは見りゃわかるけど、お前もちょっとは抵抗しろよ」

「……すいません」


 全く以て仰る通りである。

 ……殊勝な態度で謝りはしたが、いざ陽華から迫られて、それを断ったとして……その時に陽華が見せるだろう悲しそうな顔や寂しそうな顔に、俺は耐えられるのだろうか?

 ほぼ反射的に、無理だと自答する。

 となれば俺がするべきなのは、できるだけ人目に付かないところに誘導するぐらいか……それはそれであらぬ誤解を招きそうだな。


「にしても随分遅かったな。何かあったか?」

「あぁ。ドリンクバーのところで濱崎のやつに声を掛けられてな。……そう言えば、何であいつを向こうの部屋にしたんだ? こっちには……」


 チラリと向井さんに向けられた俺の視線を辿って、橋本は渋面を作った。


「あいつあんな見た目してるくせに、めちゃくちゃ奥手で恥ずかしがり屋なやつでな。向井さんの前だと、借りてきた猫どころか、完全に置物みたいに固まっちまうんだよ。そんな有り様で楽しむどころじゃねぇだろ?」

「なるほど……」

「根がそんなんだからな、入学式で一目惚れしたってのに、二か月たった今でも碌に話もできてねぇ。……あいつがお前のこと”師匠”って呼んでんのも、そういう理由だよ」


 言いながら俺と、向井さんたちと談笑している陽華を見比べて、愉快そうに笑う橋本。


「女っ気なんて微塵もないと思ってたお前が、学年中の男子がこぞって狙ってた”あの”明瀬さんを横から掻っ攫って行ったんだ。ぜひともその手腕をご教授願いたいって思ったんだろうよ」


 俺にも教えてほしいもんだ、と快活に笑った橋本は、手元に引き寄せたタッチパネルを操作し始めた。


 ……なるほど、ようやく合点がいった。納得はしていないが。

 手腕を教授すると言われても、俺と陽華が関わりを持ち、現在の関係に至ったのはそのほとんどが偶然の産物でしかない。

 そもそも俺のような陰キャのぼっちと、陽華のようなカースト最上位の完璧美少女の間に、接点など欠片も存在しなかったのだ。

 ……そう考えれば、濱崎と向井さんも同じ条件と言えるのかもしれないな。一応陽キャ側に属する濱崎の場合はむしろ俺よりいい条件とも言える。

 俺からやつに言えることは……奇跡を信じて待て、ぐらいのことだろう。


 しかしその前に、これだけは橋本に言っておかなければならない。

 スマホを見ながら次に歌う曲を相談している陽華たちに聞こえないよう、声を潜めて、


「……俺と陽華はそういう関係じゃないよ。”まだ(・・)”な」

「へぇ?」


 俺の言葉に、橋本は僅かに眼を見開いて、小さく感心したような声を上げた。


「何だ、ついに覚悟を決めたのか」

「とっくに決めてたよ。一応心配事も解決したし、いつ言おうかタイミングを見計らってたんだ」

「そりゃいい、最高だ。いずれダブルデートにでも行こうぜ」


 上機嫌に肩を組んでくる橋本を押し返しつつ、俺は苦笑した。


「”成功するといいな”、とか言ってくれないのか?」

「逆にどうやったら失敗するってんだよ。言っとくがお前ら、俺と彼女の付き合いたての頃より数段酷いからな。ヘタレのくせに羞恥心は持ち合わせてねぇんだから質が悪い」

「恥ずかしいとは思ってる。……ただ、時々頭から吹っ飛んじまうだけで」

「尚悪いだろ。……ま、それなら景気づけに俺とデュエットしようぜ。この曲で!」


 ニヤニヤと笑いながら橋本が突き出してきたパネルを見て、俺は眉を顰めた。

 そこに表示されていた曲名は、数十年前にリリースされた……浮気をした男とそれを責める女を会話調で歌う男女のデュエット曲だった。


「俺が女でお前が男な。リズムがわかんねぇなら一番だけ一緒に歌ってやるから」

「……マジで言ってんのか?」

「マジもマジ、大マジよ。ちゃんと感情込めて歌えよ。棒読みとかならもう一回歌ってもらうからな」


 ……非常に歌いたくない。歌いたくないが、先程醜態を晒した時にもう一曲歌うと約束してしまったことも事実だ。

 これのどこが景気づけだ、と言いたくなる気持ちを堪えてマイクを握る。その様子を見た橋本が満面の笑みで予約ボタンを押して立ち上がる。


 こうなりゃ自棄だ。精々全力で歌ってやるとしよう。

 ……何故か気まずくて、陽華の方を見る勇気は出なかった。


「おら歌うぞ! はよ立て!」

「わかってるよ……」


 結果だけ言えば、割と好評だった。

 ノリノリで裏声を出す橋本と、実に嫌そうな顔と声で歌う俺のギャップが大いにウケ、歌い終わった際には喝采すら起こった。

 ……歌っている間、目が一切笑っていない笑顔でマラカスを振る陽華があまりに怖すぎたので、触れないことにした。橋本ですら頬を引き攣らせていた。


 その後も、和気藹々とした雰囲気の中で時間は進んでいく。

 陽華と高宮さんのデュエットに全員が感涙したり、橋本を筆頭とした男子たちがアイドルソングを全員裏声で熱唱する様に爆笑したり、陽華が俺をじっと見ながらラブソングを歌って死ぬほど茶化されたり……。

 一悶着も二悶着もあって、腹筋が攣りそうになるほど笑ったり、冷や汗をかくほど肝を冷やしたりと、実に刺激的な時間だったが……まぁ、総じて楽しい時間を過ごせた。

 少なくとも、俺はこの日のことを、一生忘れないだろう。




§




 楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、時刻は十八時……解散の時間だ。

 入店したのが午前十時頃だったので、実に八時間以上歌って騒いでしていたことになる。流石に疲労が顔に出ている者も多い。

 元々体力が壊滅的な高宮さんに至っては、こくりこくりと船を漕いでいる有り様だ。向井さんに支えられてなんとか立っている。


「今日は集まってくれて本当にありがとう! また来週からがんばろうぜ!」


 そんな橋本の号令の下に、今日のお疲れ様会はお開きとなった。

 そのまま直帰する者も居れば、友人たちと夕飯を食べに行く者も居る。意外だったのは橋本が直帰組だったことか。


「俺はこれから彼女んちで彼女の手料理食べるって言う大事な予定があるんでな! じゃあな!」


 それだけ言い残して風のように去っていく橋本。ずっとやかましく騒いでいたのに元気なやつだ。

 完全にへばった高宮さんは親が迎えに来るらしく、向井さんもその付き添いとして残るとのこと。

 赤坂や南たち残った男子組はこれからラーメンを食べに行くとのことで、俺も来ないかと誘われた。

 ……少し前まで彼らの輪の外から眺めるしかなかった俺が、笑顔で誘いをかけられるようになるとは。人の縁ってのはわからないものだ。


「悪い。誘いは嬉しいんだけど、用事があるんだ」


 そう断りを入れて──その縁をもたらしてくれた人のところへ、真っ直ぐ歩み寄る。

 彼女は俺の存在に気付くと、にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべた。釣られて俺の頬も綻ぶ。

 逸る気持ちを抑えて、俺は彼女の名を呼んだ。


「陽華。話があるんだけど、いいかな」


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