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気が向けば目で追っている

 ティーワゴンに乗ったポットなどをそっと手で摘まむ。長い指と白い肌。海のような蒼く纏められた髪は美しい。

 滑らかな動きで紅茶を用意し、注ぐ。その手付きは正しく立派な執事だった。


「ほら、いれてやったぞ」


紅茶の香りが鼻を擽る。いつもの紅茶だった。

 気に入っている茶葉のよい香りが気分を落ち着かせていく気がする。


「もう、そんな風に言わない。一応君も執事なんだからね。僕と二人きりの時は許すが、それ以外の時はどうにか直しておくれ」

「どうしてしなければならない。第一人間の決まりに従わねばならないんだ」


所作だけは立派になったが、中身はまだまだ未熟らしい。見てくれだけの執事を残念に思いながら、私は紅茶に口をつける。

 うまい。そう言いそうになる口を押さえた。その代わりに、微笑みを浮かべる。


「…随分紅茶を淹れるのが上手くなった。だから、次のステップに進んでほしいと思うんだ」


彼は美辞麗句を望まない。率直に言えば、彼は眉間に皺を寄せながらも、納得をしてくれる。

 彼は返事はせず、終始無言であった。ただ壁の側に控え、私の指示を待つ。たまにする瞬きすら、なにかの魔法ではないかと思うほどに目を引く。

 彼にその事を伝えると、実に下らないと言った。彼とは価値観がどうも合わない。

 空になったティーポットを下げるとき、彼は手を伸ばした。手袋をした手と服の隙間から顔を出す、彼の関節が目にいく。手と腕の間に丸い球体のような部品が、何度見ても物珍しい。油を差したのか、初めのような軋む音は聞こえない。


「先程の件の話だが、気が向いたらしてやる」


そう言って、彼は覚えたばかりの所作を真似る。それだけで絵になるのだから、恐ろしい。

 心が籠っていなさそうな一礼をすると、彼は颯爽と部屋を出ていってしまった。恐らく後から彼は説教をされるのだろう。マナーというマナーを破っているのだから当たり前ではあるが、最初の頃を思うと進歩したものだと褒められる。


「まあ、不服なのは分からないでもないけれどね」


手元の書類を流し見て、自嘲気味に私は笑った。





 彼の執事生活初日。それは波乱と波乱が続く、嵐のような日だった。

 まず彼の出身について話すと、書類上遠方の国ということになっている。人形工房を経営していた夫婦の一人息子で、年齢は20代。両親が死亡した際に、悲しみから感情を失ってしまった。

 そして親戚をたらい回しにされ、私のもとまで辿り着いた。

 これが屋敷内に知れ渡っている出来事(虚構)

 戸籍等は全て嘘まみれであるし、その実、彼は人間ですらない。

 彼は世にも珍しい自律型ビスクドール。制作者は不明である。美しく、珍しさには折り紙つき。なんでもお父様のご友人が参加したオークションで落札したは良いものの、その気味悪さからお父様に押し付けたのだとか。

 人間サイズの人形は、今にも動きそうな雰囲気がある。なぜ買い取ったのか、そのご友人の気紛れがしれない。

 そのビスクドールを見てお父様は、私に相応しいと思ったのだろう。それをプレゼントとしたのは、つい先月のこと。

 自律型ビスクドールである彼は、その名の通り自分で動くことができ、私の執事となってもらうことになった。人間よりも乱雑に扱っても問題ないとの判断だが、ビスクドールである分、壊れてしまわないか不安である。

 今のところ、破損はないが、欠けてしまえばどうなるのか誰にも分からない。


「よろしくね、僕はエステシアだ。えっと…名前は?」

「……知らん。好きに呼べ」


服を着た彼に、私は笑顔を浮かべ手を差しのべた。動く車の上からであるため、彼からすると下から差し出される形になる。その手を彼はじっと見ていた。

 名前を尋ねるが、彼は答えようとしなかった。それどころか、握手を交わすこともしない。人ではないため、握手をする文化がないのかもしれない。

 そのときはそう理解したのだが、共に暮らしはじめて一月経つと、彼は必要のないことをしたくなかっただけなのだと分かる。

 彼の名前は結局教えてもらえず、そもそも名前はないのかもしれない。

 だが、勝手に名前をつけることはできなかった。いつか彼の口からきけることを期待して、いまだに彼のことを固有名詞で呼ぶことはない。


「じゃあ、執事君。情けないことに、私は自分で動けないこともあるからね、そのときは頼みたい」

「命令すれば良いだろう」


彼は上から目線の言葉を使う。距離感も遠く、人を寄せ付けない。仕事を淡々とこなす機械のようで、そんな彼を嫌っている使用人も一定数いる。

 だが、何故か私からの印象はむしろ良い方だった。

 なぜならば、私の動く椅子に座る姿を見て、彼は何も考えなかったからである。私を見るその瞳には私の姿が映っていたが、それは他の人間と同じ姿だった。彼は私が動く椅子に座る理由を問いかけてこないし、哀れみの視線を向けることもない。ただ、私を私として見ていた。

 彼を呼び止める怒声と、慌ただしい足音と共に、私の1日はあっという間に過ぎていくのであった。


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