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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第6章:静香過去回想編
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第82話:理解は出来ても、納得が行かないのよ

 大体全部様子にチクった塚本のせい。

 医師の診察の結果、幸いにも詩織の右足首の捻挫はそこまで深刻な状態ではなく、マッチョの迅速かつ適切な応急処置の甲斐もあってか、1週間も安静にしていれば治るとの事だった。

 そしてパンチ頭が警察に逮捕された、翌日の朝。

 今回の全国大会終了をもって、マッチョは桜花中学校と結んでいた3年契約が満了したのだが…残念ながら桜花中学校から契約を更新しない事を通達され、そのまま任期満了に伴い桜花中学校バドミントン部監督を退任する事になった。


 静香の3年連続となる全国大会出場、そのうち2度に渡る優勝。


 残した実績『だけ』ならば、確かに全く文句のつけようの無い代物であり、学校側としてもマッチョとの契約を3年間延長する方針で、契約面の細部の調整を進めていたのだが。

 それを知らされた桜花中学校のPTA…特にバドミントン部の部員たちの保護者たちが猛反発し、学校側に対してマッチョとの契約解除を物凄い剣幕で迫ったのである。


 詩織とダブルスを組んだパートナーが全員漏れなく不幸になっており、それ故に詩織は以前の中学校において『疫病神』だと忌み嫌われていた。

 その事実を知っていたにも関わらず、マッチョが静香と詩織がダブルスを組む事を、むざむざと許してしまった事が問題視されたのだ。

 そしてそれによって結果的にだが詩織が右足首を捻挫し、静香と詩織が準決勝を棄権する羽目になってしまった。

 その件に関してもPTAは、マッチョに対して責任追求を強く迫ったのである。


 かくしてマッチョは表向きには契約満了による円満退任として…実際には詩織の怪我の責任を取らされての解任として、桜花中学校を去る事になった。

 その後、マッチョが教育職員免許を取得していた事から、かねてより


 「桜花中学校との契約期間が満了したら、うちで顧問をやらないか?」

 「どこの学校も同じだと思うが、うちも教師の数が足りなくて本当に困っている。だから職員免許を持ってる君が来てくれると本当に助かる。」


 などとマッチョを熱心に勧誘していた犬川高校から、数学の教師を兼ねたバドミントン部の顧問としてスカウトされ、何の因果なのか犬川高校に入学する事になった詩織を、再び指導する事となるのである。


 そして、その日の夕方。

 香ばしい香りがする紙パックを大事そうに手にした静香が、詩織のアパートまでやってきたのだった。

 紙パックの中に入っているのは、詩織の大好物のシスタードーナツのフレンチクルーラーだ。

 詩織と一緒にドーナツを食べながら、今後の事について話し合いたいと思ったのだ。


 静香は既にスポーツ推薦で内定が決まっている、聖ルミナス女学園に入学したいと思っているのだが、そこに詩織も一緒に来て貰えたら嬉しいと。

 また一緒にダブルスを組んで、インターハイ出場…いいや、優勝を目指して、聖ルミナス女学園でも一緒に頑張ろうと。


 勿論詩織の人生なので、詩織の進路希望を最優先にするべきなのは、当たり前の話なのだが。

 それでも静香は叶うならば詩織と一緒に聖ルミナス女学園に入学し、また一緒にダブルスを組みたいと思っているのだ。

 そんな事を考えながら、静香はインターホンを鳴らしたのだが。


 『はい、どなたかしら?』


 インターホンのマイクから、詩織の母親の声が聞こえてきたのだった。


 「私、詩織ちゃんとダブルスを組んでる、朝比奈静香という者なのですが…。」

 『…ああ。』

 「詩織ちゃんのお見舞いに来たんですけど…今、会わせて頂く事は出来ますか?詩織ちゃんのLINEにもメッセージを送ったんですけど、既読が付かなくて…。」


 だが少しの静寂の後、マイク越しに静香に届けられたのは。


 『…帰って貰えないかしら?』


 静香への怒気を含んだ、詩織の母親の拒絶の声だった。

 予想外の対応に、静香は戸惑いを隠せなかったのだが。


 「あの、詩織ちゃん、そんなに足の状態が悪いんですか?お医者様からは1週間も安静にしていれば治るって聞かされたんですけど…。」

 『ええ、そうよ。詩織の怪我自体はそんなに重くはないわ。だけど…!!』


 次の瞬間、詩織の母親から、とんでもない事が語られたのである。


 『昨日の夜に夫が仕事から帰宅した後に、夫から言われたのよ!!貴女のお母さんに社長さんが圧力をかけられて、職場を理不尽に解雇されたってね!!』

 「…は…!?」

 『それだけじゃないわ!!このアパートの大家さんからも、この部屋を出来るだけ早く出ていってくれって迫られたのよ!!貴女のお母さんに圧力を掛けられたからって!!』


 詩織の母親が一体全体何を言っているのか、静香は一瞬理解出来なかったのだが。


 (え?お母様に圧力を掛けられて、詩織ちゃんのお父様が職場を解雇された?)

 (え?お母様に圧力を掛けられて、詩織ちゃんたちが住んでるアパートを追い出されようとしてる?)

 (え?え?…え?)


 一体何を言われたのかを理解した静香が、途端に顔面蒼白になってしまったのだった。 

 いやいやいやいやいや、意味が分からない。そもそもの話、そんな事になる理由が思いつかない。

 一体全体、何でそんな事になってしまったのか。

 だが困惑する詩織に対して、さらに詩織の母親が畳み掛けた真相は。


 「あ、あの…。」

 『私の夫が泣きながら言っていたわ!!詩織のせいで貴女が準決勝を棄権する羽目になったからって!!詩織のせいで貴女の大会三連覇が無くなったからって!!貴女のお母さんに理不尽に怒鳴られたって!!』

 「ちょ、ちょっと待」

 『全部詩織が疫病神なのが悪いんだって!!貴女に寄り付く悪い虫は排除しないといけないからって!!』


 あまりにも理不尽で身勝手な…様子のエゴによる物だったのである…。

 詩織が右足首を捻挫したせいで、静香は準決勝を棄権せざるを得なくなってしまい、六花以来となる大会三連覇の夢が絶たれてしまったから。

 だから様子は詩織の父親を無職にさせた上で、さらに詩織たちをこのアパートから追い出そうとしているのである。


 それは『疫病神』である詩織を、静香から物理的に遠さげる為に。

 塚本が様子に対し、詩織が『疫病神』であると伝えたから。

 その時は特に問題視していなかった様子だったのだが、ところが蓋を開けてみれば、実際に静香は準決勝を理不尽な形で棄権する羽目になってしまった。

 それを危険視した様子が、これ以上静香を危険に晒すまいと、最悪の悪手を打ってしまったのである…。 


 『貴女のせいよ!!貴女が詩織とダブルスを組んだせいで、私たちの生活はもう滅茶苦茶よぉっ!!』


 勿論、詩織は何も悪く無い。

 悪いのは身勝手な理由で詩織を階段から突き落とした、パンチ頭なのだが。


 『詩織は疫病神だって言われてたのに!!なのに何で貴女は詩織とダブルスを組んだりしたのよぉっ!?』


 静香もそんな事は分かってはいるのだが…それでも詩織の母親の叫びが、情け容赦なく静香の心に突き刺さってしまう。

 私が詩織ちゃんとダブルスを組んだせいで、こんな事になってしまったのかと。

 私が無理に詩織ちゃんを誘わなければ、こんな事にならなかったのかと。

 こんなの、まだ中学生の静香にとっては、あまりにも理不尽で耐えがたい代物だろう。

  

 『…御免なさい、貴女は何も悪く無いのは、私も頭の中では理解しているの。貴女はただ純粋に、詩織と全力でバドミントンをやっていただけだものね。』


 それでも必死に怒りを抑えながら、詩織の母親がマイク越しに静香に呼びかける。

 詩織の母親とて理解しているのだ。静香は別に何も悪く無いという事を。

 ただ純粋に、詩織と全力でバドミントンをやっていただけだという事を。

 その結果として身勝手な大人たちのエゴに振り回され、こんな事になってしまっただけなのだという事を。

 悪いのは静香ではなく、パンチ頭や様子なのだという事を。

 だが、それでも。


 『詩織も私と夫に喜びながら言っていたわ。ようやく最高のパートナーに巡り会えたって…!!』

 「あ、あの、私は…!!」

 『だけど理解は出来ても、納得が行かないのよぉっ!!』


 再び浴びせられた詩織の母親の怒鳴り声に、静香は思わず目に大粒の涙を浮かべてしまったのだった。

 

 『…だから悪いんだけど、もう帰って貰えないかしら?そろそろ夫がハローワークから帰ってくる時間だし、貴女と出くわしたら夫とトラブルになりかねないもの。下手をしたら警察沙汰になりかねないから…。』

 「…分かり…ました…。」


 最早今の静香に、反論の余地は残されていなかった。

 確かに詩織の母親の言う通りだ。ハローワークから帰ってきた詩織の父親が、自分が職場をクビになった元凶である静香の姿を見たら、一体全体どうなってしまうのか。

 詩織の母親の言うように怒り狂った詩織の父親が、静香に暴力を振るって警察沙汰にまでなってしまったら、それこそ本当に詩織の家庭を壊してしまう事になりかねないのだ。

 だからそうなる前に、静香は一刻も早く、この場から去らなければならない。


 「ドーナツを買ってきたので、ここに置いておきますね。よろしければ皆さんで食べて下さい。」

 『分かったわ。わざわざ有難う。』

 「それでは…失礼します…っ!!」


 目に大粒の涙を浮かべながら、トボトボと詩織のアパートから去っていた静香。

 そして力無く自転車を漕ぐ静香と丁度入れ替わるような形で、詩織の父親がアパートに帰宅したのだった。


 「ただいま~。」

 「お帰りなさい、どうだった?お仕事見つかりそう?」

 「取り敢えず明日の昼から犬山の会社に、どうにか面接をさせて貰う事になったよ。」

 「犬山か。遠いわね。じゃあ新しい部屋も、そこを中心に探さないとね。」

 「遠いっつっても名鉄1本で行ける距離だろうに。それにまだ採用が決まった訳じゃないからな?まあ俺の知識と経験が活かせる会社だから、多分大丈夫だとは思うけどさ。ところで…。」


 詩織の父親が「?」という表情で、手にした紙パックを掲げたのだが。


 「このドーナツ、玄関の前に置きっぱになってたんだけど、何?」

 「ああ、さっき、詩織のダブルスのパートナーの子がお見舞いに来てね…。」

 「…そうか。わざわざ詩織の事を見舞いに来てくれたのか。」


 少し複雑な表情で、紙パックをじっ…と見つめる詩織の父親。


 「で、静香ちゃんだったっけか?お前はむざむざと追い出したって訳か。」

 「だって!!あの子のせいで貴方は職場をクビになったのよ!?」

 「別にあの子は何も悪くないだろう。俺だってそれ位の事は分かってるよ。俺は別にあの子の事を恨んでなんかいないさ。」

 「だけど!!」

 「まあ、お前の気持ちも、俺も分からんでも無いけどさ…。」


 詩織の父親が仕事をクビにさせられたのは、確かに静香のせいではないのだが。

 それでも元凶となったのは静香だというのは、ある意味では間違ってなどいないのだ。

 だからこそ、その静香と夫を対面させたくないという妻の自分への想いは、詩織の父親も一定の理解は示していたのだった。


 それでも詩織の父親は、残念に思う。

 『疫病神』だと知っていながらも詩織の事を求めてくれた、そして詩織が最高のパートナーだと絶賛していた、朝比奈静香という1人の女の子に…是非一度会ってみたかったと。

 その両親の話をドア越しに聞いていた詩織は、自分の部屋のベッドの上で横になりながら、大粒の涙を流して泣いていたのだった…。


 そんな事などいざ知らず、憔悴し切った表情で力無く自転車を漕いでいた静香は、いつの間にか近くの市民公園まで辿り着いていたのだった。

 自転車を降りて、行く当ても無くトボトボと公園を歩く静香。

 やがて突然誕生した積乱雲によって夕立が発生し、強烈な雷雨が名古屋市に襲い掛かった。

 周囲の公園の利用者たちからは、今日は雨だなんて聞いてないとか文句を言いながら、必死に公園から走り去って行ったのだが。

 それでも静香は傘も差さずに避難もせず、ただただ憔悴し切った表情で、力無く公園を歩き続けていた。


 静香の頭の中にあるのは、罪の意識。

 自分が詩織とダブルスを組んだせいで、詩織の家族の生活が滅茶苦茶になってしまった。

 自分が無理矢理にでもシングルスで出ていれば、こんな事にはならなかったのではないのかと。

 静香は何も悪くないのに。悪いのはパンチ頭と様子なのに。

 

 詩織とダブルスを組んだ者は、全員漏れなく不幸になる。

 静香は迷信だと詩織に対して力強く断言していたのだが…そのジンクスは果たして本当だったのか。

 そして静香が『天才』だと称される程までの、隼人や彩花にも劣らない程のバドミントンの才能の持ち主だったせいで、周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回され…静香はこんな事になってしまったというのか。


 「…あ…あああ…あああああ…!!」


 類稀な才能の持ち主が、深い絶望に堕ちた際に顕現するとされている、漆黒の闘気…黒衣。

 

 「があああああああああああああああああ!!がああああああああああああああああああああ!!がああああああああああああああああああああああああああ!!」


 それを静香は、詩織と両親に対しての罪の意識からの『絶望』によって…遂に纏ってしまったのである…。


 「がああああああああああああああああああああ!!がああああああああああああああああああああああああああああああ!!がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 静香に襲い掛かる、強烈な破壊衝動。

 突然発生した夕立によって、最早誰もいなくなってしまった公園の中で…静香はただ1人破壊衝動に呑み込まれ、絶叫し続けていた。


 「あのBBAが!!あのBBAのせいで!!詩織ちゃんがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 もし夕立が無かったら、突然静香が黒衣を纏って絶叫し出した事で、今頃公園は大騒ぎになっていた事だろう。

 それが逆に、功を奏したのかもしれない。

 今の静香に怪訝な目を向ける者たちが、周囲に誰1人として存在しないのだから。

 静香は思う存分、様子への怒りの丈を吐き出す事が出来るのだから。


 「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 強烈な雨に全身を打たれながら、黒衣に呑まれてしまった静香は大粒の涙を流しながら、ひたすら様子への怒りの叫びを絶叫したのだった…。

 次回は静香過去回想編、完結です。

 自宅に戻った静香が、様子に対して語った事とは…。

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