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第83話:このまま終わってたまるもんか

 静香過去回想編、完結です。

 「んまあああああああああああああああああああ!!静香さん!!あ~たはこんな時間まで、一体どこをほっつき歩いていたザマスか!?」


 その日の夜8時頃、全身ズブ濡れになって帰宅した静香を、様子が顔を赤くしながら叱責したのだった。

 そんな様子と顔を合わせる事無く、静香はただ憔悴した表情で俯いている。


 「お嬢様、何があったのかは存じ上げませんが、どうかご自愛下さいませ!!いかに真夏と言えども、そのようなズブ濡れになってしまっては、早く身体を温めなければ風邪を引いてしまいます!!」


 そんな様子とは対照的に、メイドの女性がとても心配そうな表情で、静香の顔にタオルを被せた。

 本来なら母親である様子が、こういう事をしてあげなければならないのに。

 その様子は静香に対して心配そうな素振りを全く見せる事無く、ただただ帰りが遅くなってズブ濡れになって帰宅した静香に対し、一体何をやっていたのかと怪訝な目を向けるだけだ。

 様子は静香の事を、一体何だと思っているのか…。


 「さあ、丁度お風呂が沸いた所ですので、ご夕食の用意が終わるまでに、どうぞお入り下さいませ!!」


 メイドの女性に付き添われて、トボトボと浴室へと向かう静香。

 そんな静香に対して様子は、すれ違いにブツブツと小声で苦言を呈していたのだった…。


 シャワーとボディーソープで身体の汗と汚れを落としてから、ローズの香りがする赤色の入浴剤が入った浴槽に、どっぷりと肩まで浸かって一息つく静香。

 その入浴剤の成分と、適度に温められた湯船の温もりが、全身ズブ濡れになってしまった静香の全身に染み渡る。


 湯船に浸かりながら静香は、先程顕現してしまった黒衣を再び発動してみた。

 発動すると同時に、静香に襲いかかる凄まじい破壊衝動。

 そして溢れ出して止まらない、詩織の家庭を滅茶苦茶にしてくれた様子に対しての、怒りと憎しみの感情。

 静香が黒衣を解除すると、その破壊衝動と怒りと憎しみの感情が、すうっ…と消えて無くなったのだった。


 帰宅する前に何回か黒衣を纏ってみたが、やはり黒衣を纏った状態で感情をコントロールするというのは難しそうだ。

 それにこの暴虐的な力…あまりにも静香の美学に反する力だ。

 バドミントンをする上で、黒衣を纏う事によるメリットとデメリットは一体何なのか。

 後で実際に検証してみない事には、何とも言えないのだが。

 何にしても静香は余程の対戦相手と戦う事が無い限りは、今後は試合の時に黒衣は極力使わない事を心に決めたのだった。

 その『余程の対戦相手』と、これから1年後のインターハイ県予選で死闘を繰り広げる事になるという事を、今の静香はまだ知る由も無い…。


 バドミントンは、紳士のスポーツだ。

 どれだけ格下の選手が相手だろうと決して侮蔑する事無く、対戦相手にもチームメイトにもしっかりと敬意を払い、礼節を尽くさなければならない。

 そのバドミントンで本気でプロを目指すのにあたって、暴虐的な力である黒衣は相応しくないと…そう静香は考えたのだ。


 だが、まあそんな未来の話は、今はまだ考えなくていい。

 今の静香には様子に対して、話さなければならない事があるのだから。

 その決意を胸に湯船から立ち上がった静香は、威風堂々と更衣室へと向かい、メイドの女性がロッカーに用意してくれたパジャマに着替えたのだった。


 「さて、静香さん。あ~たに今後の事について大事な話が2つあるザマス。」


 夕食を終えて、食後のデザートとレディグレイティーを口にする静香に、様子が突然そう切り出したのだが。


 「まず、あ~たのダブルスのパートナーだった月村詩織さんザマスが…今後は二度と関わる事を許さないザマスよ。」


 その様子の言葉で、静香は思わずブチ切れそうになり、黒衣を爆裂させそうになってしまう。

 

 「セバスに聞かされた時は、私も半信半疑だったザマスが…あの娘が『疫病神』だというのは事実だったザマスね。パートナーとなった娘を全員不幸にするなどと…あの娘のせいであ~たは準決勝を棄権するなどという、無様な醜態をさらす事になったザマス。」


 それは、決して詩織のせいではないというのに。

 全ては欲にまみれたパンチ頭の、愚かな行為が招いた事だというのに。


 「まあ、あの娘の父親を懲戒解雇処分にさせたザマスし、一家まとめて住んでいるアパートから追い出したザマスからね。もう二度とあ~たに関わらないよう念を押しておいたので、問題無いと思うザマスが…。」

 「問題無い訳ねえだろうが(ボソッ)。」

 「何か言ったザマスか?静香さん。」

 「いいえ、何でもありませんよ。」


 あくまでも平静を装い、優雅に紅茶を飲む静香。

 

 「まあいいザマス。それともう1つ。これまであ~たにはバドミントンをする事を容認していたザマスが、これからはバドミントンなんぞ辞めて、いずれ私の跡を継ぐ為の下準備として、本格的に勉学に集中して貰うザマス。」


 こいつは一体何を言っているんだと…静香は心の奥底で様子に対して怒りを爆発させたのだった。

 バドミントンは静香にとって、とても大切な存在だ。静香は本気でプロの選手を目指しているのだ。

 それを『なんぞ』とは何だ。『なんぞ』とは。

 しかも娘の意思を確認する事も無く、一方的に辞めろなどと。


 (私の人生は私だけの物だ。こんなBBAの言いなりになんて、なってたまるか。) 


 様子に対して猛烈な怒りと憎しみの心を顕わにしそうになった静香だったが、それでも必死に堪えて平静を装い、溢れそうになった黒衣を収めたのだった。


 今はまだ早い、焦るな、と。

 まだ中学生で自活能力など全く無く、日本の労働基準法により働く事すら許されない立場である静香が、今ここでカッとなって様子の元を飛び出した所で、結局は路頭に迷う事になりかねないのだから。

 だから今の静香がするべき事は、敢えて様子の庇護を受けながら、いつか様子をギシギシアンアンする為に自らを研鑽し、プロの舞台で戦う為の牙を研ぎ澄まし、将来的に家を出て独立する為の準備を着々と整える事だ。

 様子が常々言っている、朝比奈コンツェルンの総帥の座を継ぐなど、冗談ではない。


 「あ~たには桜花中学校を卒業後、スイスの名門女子高のスルヴァン・モントレアス女学園に海外留学して貰うザマス。その為にも明日から本格的に、スイスの公用語であるドイツ語を学んで貰うザマス。」


 ドイツ語を学ぶ事に関しては、元より静香も様子に言われるまでもなく、最初からそのつもりだ。

 欧米諸国の…特にドイツやスイスのプロチームに入団するとなれば、両国の公用語であるドイツ語を、流暢に話せるようになるのに越したことは無いだろうから。

 静香は既に英語は完璧に話せるが、いかに世界共通言語だとはいえ、欧米諸国で暮らすのにあたって英語だけというのは、流石に心許ないだろう。


 「そこで3年間しっかりと帝王学を学び、朝比奈コンツェンの後継者として相応しい淑女となるザマスよ?分かったザマスね?」


 今、静香の目の前にいるのは、理不尽な理由で自分から大切な友達を引き離し、さらに生きがいであるバドミントンまでも奪おうとしている愚かな女だ。

 だからこそ、このクソBBAを、今すぐにでも殴って蹴って袋叩きにしてやりたいと。

 思わずそんな衝動を抱いてしまった静香だったのだが、それでも溢れそうになってしまった黒衣を必死に抑え、あくまでも平静を装ったのだった。


 静香は、真剣にプロのバドミントン選手を目指しているのだ。

 その静香が暴力行為など起こそう物なら、いつか欧米諸国のプロチームからスカウトされた際に、それを理由に破談になってしまうなんて事になりかねないのだから。

 だから静香が今するべきは、このクソBBAに対して暴力を振るう事ではない。

 このクソBBAへの怒りと憎しみを必死に堪えてでも、自分の将来に備えて自らの研鑽を怠らない事なのだ。


 そもそも静香が沙也加から夢幻一刀流を学んだのは、その力を人を傷つける事に使う為などでは、決してないのだから。

 静香はバドミントンに活かす為に、夢幻一刀流を学んだのだから。

 だから様子に歯向かうのであれば暴力などではなく、堂々と胸を張って真っ当な手段で。

 今も大切に机の引き出しの中に保存してある、聖ルミナス女学園の入学案内のパンフレットと、光子の名刺。

 それを頭の中に思い浮かべながら、静香は胸の内に闘志を燃やしたのだった。


 (このまま終わってたまるもんか…!!)

 「静香さん。聞いているザマスか?」

 「…お母様。私は…!!」


 何の迷いもない力強い瞳で、静香は様子の顔を見据えながら、はっきりと告げたのだった。


 「聖ルミナス女学園に行きたいです!!」


 これが、静香の始まりの物語。

 周囲から『天才』だと称される程の、類稀なバドミントンの才能を有するが故に。

 『神童』と称賛されている隼人や彩花とも互角に渡り合える程の、凄まじいまでのバドミントンの実力を有するが故に。

 己の欲に目が眩んだ周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、大切な友達である詩織とも理不尽に引き離され、静香は絶望に堕ちて黒衣に呑まれてしまったのだ。


 静香はただ純粋に、バドミントンを全力でプレーしたいだけなのに。

 六花が隼人と彩花に口癖のように言っている、『バドミントンは、楽しく真剣に』。

 それが許されない事だと言うのか。

 静香がバドミントンの『天才』だから、こんな事になってしまったと言うのか。

 静香が隼人や彩花と互角の実力を『持ってしまった』から、こんな事になってしまったと言うのか。


 だとしたらスポーツとは、一体何なのだろうか。

 部活動とは、一体何なのだろうか。

 大会に勝つというのは、一体どういう事なのだろうか…。


 そして物語の舞台は、再びバンテリンドームナゴヤへと舞い戻る。

 インターハイ愛知県予選大会バドミントンの部。その準決勝第2試合、彩花VS静香。

 互いに黒衣に呑まれた者同士の、互いに天賦の才を宿す者同士の、両者互角の一歩も譲らない壮絶な死闘。

 それを制するのは、果たして彩花なのか…それとも静香なのか…。

 様子は本当クズだな。

 有千夏さんと同じ位クズだな。

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