最終話-A:ただいま
Aルートの最終話です。
「お互いに、礼!!」
「「有難うございました!!」」
無事に試合を終えて審判を務めていたノエルに促され、互いに穏やかな笑顔で握手を交わす隼人とレイズに、体育館に集まった大勢の生徒たちが盛大な歓声を浴びせる。
1セットのみの練習試合とはいえ、高校生の隼人がトッププロのレイズを撃破するという、まさかのジャイアントキリング達成。
もし今ここに記者たちがいたのなら、今頃は隼人とレイズにICレコーダーを手に殺到する程の騒ぎになっていた事だろう。
とは言え既に大勢の生徒たちがスマホを手に、一斉にSNSで今回の試合結果を書き込んでいるので、それが拡散されて記者たちやプロチームの関係者たちの目に止まるのは時間の問題のはずだ。
今回の隼人の勝利という結果に、プロチームの関係者たちは果たしてどう動くのか。
いずれにしても明日以降、これまで以上に隼人の周囲が騒がしくなってしまうのは、ほぼ間違い無いと言っていい。
「流石だね隼人。私の完敗だよ。」
「いえ、今回は神衣の力を借りて、ようやくギリギリ勝てた試合でしたからね。神衣を使わなかったら僕はレイズさんに負けていましたよ。」
そんな周囲の騒ぎを他所に、苦笑いしながらレイズに対して断言した隼人。
確かに隼人の言う通りだ。勝負の世界に絶対は無いが、それでも神衣を発動せずに『素』のままで戦っていたら、隼人はレイズに負けていた。
ワイズスチュワートの背番号1を背負う、ダクネスと並ぶ『スイス最強』。
その実力に確かに嘘偽りは無かったという事を、隼人は今日の試合で思い知らされたのである。
「そうだね。引退したアンタにこんな事を言うのも何だが、1つだけ忠告しておくよ。神衣は確かに強力だがスタミナの消耗が激し過ぎる諸刃の剣だ。乱発だけは止めときな。」
とても穏やかな笑顔で、レイズは隼人に忠告したのだった。
何しろまだ1セットしか戦っていないのに、まるでフルセットを丸々戦い抜いたかのような、今の隼人の異常とも言える程の疲労度だ。
隼人自身も彩花との県予選大会決勝で思い知らされた事でもあるが、レイズの言うように神衣は極めて扱いが難しい異能なのだ。
強力なのは間違いないが、使うタイミングに気を付けないと、あっという間にガス欠になってしまうだろう。
「静香。彩花。私はアンタらにも言ってるんだよ?」
だからこそレイズは、特に静香には忠告しておかなければならないと思ったのだ。
今後バドミントンを続けるのかどうか自体が不透明な彩花はともかくとして、静香は既にシュバルツハーケンと練習生として契約しており、高校卒業後にプロの選手として正式契約を交わす事が決まっているのだから。
スタミナの消耗が激し過ぎる神衣は、負けたらその時点で終わりの一発勝負の学生の試合ならばともかく、長いシーズンを戦わなければならないプロが使う異能としては、完全に失格なのだと。
もし今ここにワイズスチュワートの首脳陣がいたのであれば、将来敵チームの選手になる事が確定している静香に対して、親身になってアドバイスを送るなんてのはプロ失格だと、今頃はレイズを物凄い剣幕で怒鳴り散らしていた事だろう。
だがそれでもレイズは、これ程の実力と才能の持ち主である静香を、こんな所で潰してしまうのは勿体無いと思ったのだ。
それに静香程の実力と才能の持ち主ならば、いずれスイス代表にも選抜され、チームにとって頼りになる心強い味方になってくれるに違いないだろうから。
とは言え今の静香には、六花という最強の指導者が傍にいてくれている。
六花ならば黒メガネと違って、静香の事を正しく導き、立派なプロの選手として静香をシュバルツハーケンに送り出してくれるはずだ。
今日の試合中も隼人に対して適切なアドバイスを送り続けるなど、指導者としての優秀さを存分に見せつけたのだから。
だからこそレイズは隼人たちに忠告はしながらも、何も心配してはいなかった。
「ええ、レイズさんに言われずとも重々承知していますよ。プロ入りしたら神衣と朱雀天翔破は、シーズン終盤までは封印するつもりです。」
「そうだね。それが一番だよ。」
とても力強い笑顔で、穏やかな笑顔を見せる静香に対して大きく頷いたレイズだったのだが。
「いやレイズさん、そんな事よりも…。」
隼人が見据えていたのは神衣を発動しながら、自分に対して戸惑いの笑顔を見せている彩花だ。
何の前触れもなくいきなり元気になってしまった件についても勿論そうだが、何よりも驚きなのが彩花が神衣を発動してしまった事だ。
類稀な才能を有する者が、強い『希望』を抱く事で顕現するとされている神衣。
彩花にとっての『希望』とは、勿論隼人と六花、静香の事なのだろうが。
自分たちの身勝手なエゴによって、自らを絶望の淵に叩き落した大人たちばかりの日本を離れ、自らの生まれ故郷である緑溢れるスイスへと帰郷した事で、精神的な安らぎを得る事が出来たのも、彩花が『希望』を宿すきっかけになったのは間違いないだろう。
その『スイスに帰る』という決断をした隼人の事を、日本では批判する声も多かった。
日本代表に再選抜され、あまつさえ麻子さまからの引退撤回の御懇願があったにも関わらず、それを無視してスイスに帰るとは何事かと。自分勝手にも程があるだろうと。
だがそれでも彩花の事を思えば、隼人の決断は決して間違ってなどいなかったのだ。
楓には申し訳無いが、もし隼人があのまま日本に残っていたら、恐らく彩花は一生立ち直る事が出来ずに廃人のままだったに違いない。
「で、でへへ、隼人君…。」
「彩花ちゃん、神衣に目覚めちゃったの!?」
「隼人君を応援しようとしたら、なんか心と身体が温かくなったっていうか…。」
神衣を発動しながら、とても恥ずかしそうな笑顔で隼人を見つめる彩花。
そんな彩花に隼人は、とても嬉しそうな笑顔を見せている。
彩花が元気になってくれて、本当に良かったと。
いや、隼人だけではない。
静香も、ノエルも、レイズも、ステラも、チームメイトたちも、体育館に集まった大勢の生徒たちも。
誰もが神衣を発動した彩花の事を、安堵の笑顔で見つめているのだ。
あんなにも無気力、無表情で、生きる屍も同然だった彩花が。
よくぞこんなにも、トンボを追いかけながら公園を走り回る猫みたいに元気になってくれたと。
「…お、お母さ…。」
そして、六花も。
「お帰りなさい!!彩花!!」
感極まった表情で、ぎゅっと彩花を抱き締める六花。
その六花の身体の感触と温もり、優しさを存分に感じながら、神衣を解除した彩花はとても嬉しそうな表情で、六花の身体をぎゅっと抱き締めたのだった。
「…ただいま!!」
おまけが続くんです。




