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◆悪役令嬢最後の取り巻きは、彼女の為に忠義を貫く!◆  作者: ナユタ


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ハロウィンSS【幸せのお菓子と秘密】


 秋が深まり庭の木々も色づき始め、美味しい作物も実り、空高く馬肥える季節。


 つい去年までは……いえ、去年は減量に勤しんでいたから一昨年か。ともかく。ソフィア様とコンラッド様と一緒に秋物のスイーツを楽しんでいた。そんな一年の中でも待ち遠しくてとても楽しい季節だったはずなのに……。


 今頃ソフィア様はバルクホルン様と楽しんでいるのだろう。この間の手紙にもこちらでは見ない果物のタルトのお話があったもの。その手紙の最後に結婚式のドレスは背中が開いているのが良いとあったのも、勿論憶えているわ。


 早くくっきり出てこい肩甲骨とデコルテライン。丸みを残した顎のラインをどうにかすべく、毎日木製の板を噛んでの笑顔の練習もしている。最後の取り巻きとして、ソフィア様との再会は完璧な形で成功させたい。


 だからこそ油断するとすぐにお腹の減る季節になってきたことで、レッドマイネの美容班のお姉様方と密に連絡を取り合う母からの監視の目も、一層厳しくなってきた。当然厨房のジェフリーズを筆頭とした料理人の皆にも、その監視の目はしっかりあるわけで。


 秋の味覚が積まれた厨房に近付かせてもらえない日々が続いている。庭で日課の運動を真面目にこなして、ご褒美がもらえない切ない事実に溜息をついていると、屋敷の方から「姉上~!」と元気な声をあげてエドワードが駆けてきた。


「あら、そんなに慌ててどうしたのかしら? 私の騎士様は」


「あのね姉上、さっきジェフリーズが面白いお祭りを教えてくれたんだよ!」


 駆けてきた勢いのままに腰にしがみついてこちらを見上げてくる弟は、先月六歳の誕生日を迎えたというのにまだまだ姉離れは遠そうだ。以前よりだいぶ体重が軽くなったせいで思わずたたらを踏んでしまった。


 そんな私に気付いて「あ、騎士はお姫様より強いんだから、やさしくしないと」と言って腰から離れ、姿勢を正すエドワード。けれどすぐに「やっぱり、まだ姉上の方が背が高いから、今だけ弱くて良いや」と再び抱きついてくる。


 無自覚とはいえ、この歳ですでに歳上女性の庇護欲の刺激の仕方を押さえている弟に苦笑しつつ、まだ柔らかい髪を撫でてやれば気持ち良さそうに目を細めた。これは初期の目的を忘れているわね……というか、何だかとても美味しそうな香りが弟から漂ってくる。これはカスタード? クッキー? チョコレート? 何にしても食欲を刺激されるわ。


「ねぇ、エドワード? ジェフリーズに聞いた面白いお祭りってどんなものなのか、姉様にも教えてくれるかしら?」


 来年の結婚式に備えてレッドマイネ家直伝のダイエットは続けているけれど、食の誘惑に打ち勝つことが出来ずにそう尋ねると、ハッとした顔になる弟。


 そうして今更周囲を警戒するように見回してから、ちょいちょいと屈むように手招きされた。運動で乱れた髪を耳にかけ、内緒話を所望するエドワードの唇に顔を近付ける。その数分後、私の心に一筋の光が射し込んだ。


 それからエドワードにジェフリーズとの伝令役になってもらい、陰ながら一緒に諸々の準備を整えるうちに、当主である父を巻き込み、母やレッドマイネのお姉様方にも破れない計画は進められ。あっという間に二週間。


 ついにお祭り当日となった十月三十一日のお昼過ぎ。私とエドワードは満を持してレッドマイネ家を訪ねた。


「義兄上、遊びにきました!」


「あらららら、エドワード? まずはノック。室内のお相手が了承してから入室なさいって、姉様何度も教えてるでしょう」


「あ……ごめんなさい、義兄上、姉上」


「はは、そんなことは気にするな。良く来たなエドワードにクロエ」


 最初の頃は屋敷で倒れて看病した記憶が色濃かったからかまだ遠慮もあったのに、最近では顔色も良いコンラッド様に対して遠慮がなくなっている弟。普通はいくら婚約者とその身内であろうと、屋敷の玄関から次期当主の執務室まで呼び止められないなんてことはない。


 けれどレッドマイネ家の使用人達は私とエドワードを歓待してくれ、何なら「すぐにお茶をお持ちしますので、お先にお部屋に」と言ってくれる始末だ。来るたびにとても優しくして下さる義両親に挨拶をしようと思ったのに、残念ながらお二人はデートに出かけてお留守らしい。素敵だわ。


 そしてコンラッド様も入室のノックもなしに、バーンとドアを開けた弟を怒ることなく書類整理の手を止めて手招いてくれる。


「すみません、コンラッド様。お仕事が忙しい時にお邪魔してしまって」


「いいや? どんな時でもお前達の来訪が迷惑になるはずがないだろう。ちょうど約束していた時間が近かったから、粗方仕事は済ませてある。さぁエドワード。体力のないわたしではあまり楽しませてやれないかもしれないが、何をして遊ぶんだ?」


 言いながら駆け寄る弟の頭を撫でるコンラッド様。うーん、年下を手懐ける鮮やかな手腕には定評がある。目的を忘れて嬉しそうに撫でられていた弟はハッとして「えっと、お菓子をくれなきゃイタズラするぞー! です、義兄上!!」と両手を広げた。我が弟ながら実に弱そうであざとくて可愛いわ。


「ほう……これはエヴァンズ家でも流行っているのか?」


「と、仰いますと?」


「三ヵ月前からうちの料理人達が張り切ってくれている。他国の収穫祭の亜種らしい。子供には菓子を配り、大人は集まって酒を飲むのだそうだ。今年から慈善事業の一環として、孤児院や教会を中心に段階的に取り入れてみることにしたところなのだが……」


 そう微妙に歯切れ悪く仰るコンラッド様の様子に内心首を傾げつつも、三ヶ月も前から着手していたというのは驚きだ。流石はレッドマイネ家。流石はコンラッド様である。


 こっちはたった二週間前に聞いたところで、それもただ〝お菓子をねだった相手がお菓子を持っていなければ、小さな悪戯をしても良い〟という、他国のちょっと弾けた収穫祭らしいというあやふやな情報だったのに。


 真面目な領地経営として考えているコンラッド様に比べ、手伝った理由も含めて自分のためというのが結構根底にある身としては、後ろめたさすら感じてしまう。練習用に作られたお菓子の端っこ、大変美味しゅうございました。


 などと誤魔化したりして申し訳ありませんソフィア様、私にはやはり伯爵家の家名は少々荷が勝ちすぎているやもしれません……!


「ま、まぁ、そうなんですね? こちらの料理人の方達は皆さんお若い方が多いですのに、ジェフリーズったらまだまだ感性が若いのかしら」


 動揺でひっくり返りそうになる声を何とか押さえ込んでそう言えば、穏やかな声で「そうだな」と同意されてしまった。


 婚約が成立してからというもの、私に対するコンラッド様の判定が甘くて困るわ。勝手に照れのぼせてパタパタ顔を扇いでいると、あざとく可愛い弟が「義兄上、お菓子をくれなきゃイタズラするぞー?」とさらに要求を重ねていた。


「おっと、そうだったなエドワード。書類のある場所で悪戯されては困るからな。ほら、和平のお菓子だ」


 弟の催促に優しく微笑みかけて書類の山をずらしたコンラッド様は、執務机の抽斗から可愛らしい小箱を取り出すと、それをエドワードの手に載せて下さった。途端にパッと顔を輝かせてお礼を口にするエドワードは、姉の目から見ても将来が有望で心配な子だ。この愛想の良さで罪作りなことにならないようにしないと。


「残りはたぶん屋敷内を練り歩いて来たらもらえるだろう。わたしはクロエとこの部屋にいるから行っておいで」


「うん! 姉上の分ももらってきてあげるから待っててね」


「皆のお仕事の邪魔をしないようにね。あと廊下を走っては駄目よ?」


「はーい!」


 注意した端から元気に約束を破るエドワードを見送り、執務室には私とコンラッド様の二人だけとなった。この時期はどの領地でも、領内の小麦の収穫期を終え、収穫量の例年との比較や播種の準備などで忙しい。だからだろうか。コンラッド様の顔が四日前にお会いした時より少し窶れたように見える。


「まったくもう……落ち着きのない弟ですみません」


「元気があって良いじゃないか。それでなくともこの家は子供が走り回る足音とは無縁だったからな。あのくらい活気があってちょうど良い」


 以前までより長く椅子に座れるようになったからと、休憩を蔑ろにしているに違いない。これは婚約者として一言釘を刺しておいても良いはず……よね? そう思い至ってやんわり忠告しようと口を開きかけたその時、不意にコンラッド様が「クロエは今、菓子を持っているか?」と尋ねてきた。


 持っているかと聞かれれば、持っている。母とレッドマイネ家のお姉様方の検閲をくぐり抜け、ジェフリーズを筆頭にエヴァンズ家の料理人の皆がそれぞれ、コンラッド様とのお茶の時間のお供にと持たせてくれたものが。お茶を用意してくれるというので、玄関でサンダースさんに預けてきた。


 けれど対面するコンラッド様の様子を観察するに、持っていると答えるのが正解かといえばそうでもないような気もする――と、いうわけで。シレッと「いいえ、残念ながら持っておりませんわ」と答えた。


 するとコンラッド様はそこで一瞬葛藤するようにギュッと目蓋を閉じて。やや間を保たせてから、羞恥を滲ませた表情で「なら、その……何か、悪戯をしても、構わないか? 勿論、あとで報酬としてうちの料理人達が手塩を込めた菓子をやる」と、消え入りそうな声で提案してくるものだから。 


 その誰かの入れ知恵に従う自身の葛藤に負けそうな姿がおかしくて愛おしくて。胸に込み上げる温かさに「現在この膝が空いておりますので、そこのソファーに横になられるようでしたらお貸し出来ますわ」と、自分でもだいぶ思い切った提案を返してしまった。


 でもソファーに座った私の隣に腰かけ、気恥ずかしそうに「出来ればこれも頼む」と言ったコンラッド様の唇が、私の唇に重ねられる。躊躇いがちに角度を変えて交わされる浅い口付けは、洋酒を使ったどんなお菓子よりも私を酔わせた。


 ――その後、屋敷内を巡って戻って来たエドワードが部屋のドアをノックする音に飛び上がった私達は、部屋の前ですっかり冷めた紅茶の乗ったワゴンを前に悶絶したのだけど。


 帰り際にこっそりサンダースさんと料理長に、コンラッド様が私が喜びそうで、なおかつ美容班と母の目を盗め、エヴァンズ家の料理人達とも共同出来る催しをと求められ、やっと合致したものがこのお祭りだと聞かされた時は苦笑してしまったのに。惚れ直してしまう自分も大概馬鹿だと思えて、幸せを噛みしめてしまったのだった。

ギリッギリでハロウィンと言い張る(無理め)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーハロウィーン!.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+. (言い張るって大事!(๑òㅂó)و✧) おまけ更新ありがとうございます!! コンラッド…(*´艸`*)頑張ったね~♡ 楽しい…
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