表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

千早アイの考察

 「それじゃあ、宇宙人説は?地球に遊びに来ていた宇宙人が、何かの拍子に、何かの光線を発射しちゃって、それに偶々当たったのが、私と匠太君ってわけ」

 「精神入れ替え光線?」

 「そう!それ」

 私、千早アイは、午後の紅茶を飲みながら、目の前で付き合って数か月の初々しいカップルのお喋りを聞いていた。

 二人とも、小説家と漫画家という想像力を働かせる仕事をしているだけに、さっきから、ポンポンといろんな話が飛び出している。話の本題は、数か月前に突然匠太君と楓の体が入れ替わった理由は何か?という事だ。

 「うーん……さっきの異世界の扉が開いた影響って方が好きだな。それより、政府の人体実験の影響なんてどうです?ここら一帯に特殊な電磁波を流して、体が入れ替わったって錯覚した」

 「でも、アイも私たちが入れ替わったのを確認しているのよ?」

 「アイさんもその影響を受けたんです。アシスタントの子も。だから、変に思わなかった」

 「えー?それって、一種の催眠状態って奴?」

 「そう、それです!」

 楓はどっちかというと、ファンタジックな理由を考え出し、匠太君は、現実的にありえそうで、ありえ無さそうな理由を考え出している。

 宇宙人説、異世界説、悪の心を持つ研究者がこのマンションの最上階に住んでいて世界征服を目論んでいる説、宇宙からの特殊な放射線説、実は騙されていたのは匠太君と楓で、私を含む皆が犯人説……

 (よくもまあ、こうもポンポンと考えつけるわねえ……)

 私は、今日は一緒に連れてきた一人息子の明の寝顔を見ながら、どこかのんびりと過ぎる午後に身を浸す。

 楓と匠太君の体が入れ替わるという、世にも奇妙な出来事があってから、だいたい半年が過ぎた。楓と匠太君がカップルになって三カ月は経つ。

 突然、新年会で匠太君に告白されて付き合う事になったという話を聞いた私は、そりゃあ、びっくりした。

 クリスマス前の鍋パーティーに来れなかった匠太君は、それから年が明けるまでマンションに帰ってこなかった。実家のお母さんが怪我をしたという理由だったので、心配していたのだが、実は楓が結婚するという間違った情報を聞いて、傷心を抱え実家に引っ込んでしまったらしい。

 それを聞いたときは、匠太君の心の繊細さに呆れたものだ。

 楓と特殊な経験をしたとはいえ、二人が友人のように会話をしだしたのは、その時点で、まだひと月も経っていない。なのに、実家に引っ込んで、あんな重苦しい小説を書くほどにショックを受けたとは……

 いくら何でも、大げさすぎると思った。

 私は楓経由で、匠太君の担当編集だという小町さんと知り合い、匠太君がウェブで掲載することになった小説について知った。匠太君のペンネームは風見匠という。ミステリー好きの私は、何冊か本を読んだことがあり、割と好きな作家だった。

 その作家が、楓の隣に住んでいる、ひょろっこい体つきの男の子だと聞いたときも驚いたものだ。

 そして、新作の小説を読んでさらに驚いた。

 風見匠の作品は、主にミステリーで、少々性格のねじ曲がった探偵が、難解に仕組まれたトリックを、解き明かしていく過程が面白いと、ファンの間で定評がある。登場人物たちの心理的描写は少なく、あまり突っ込んだ書き方をしない作家だった。

 しかし、今回の新作の小説は、これまでの風見匠の作品とは一味違ったものになっていた。

 最初から、主人公の苦悩がこれでもかというほど書き込まれており、読み始めた時に、「あれ?なんか違う」と思ったほどだ。

 しかし、風見匠の独特のリズムのある文章はそのままで、今回の小説の肝になる事件のトリックも、他の作品と変わらず面白いものだった。そこに、主人公の男性の細かい心理描写が加わり、これまでにない風見作品を創り上げていた……と私は思う。

 批評家じゃないから、偉そうなことは言えないけれど、匠太君の新作小説は、例えれば、これまで作っていたお味噌汁に、別の具材を入れて、更に食べ応えのあるものができた、というふうに感じた。

 しかもその具材は、お味噌汁にかなりのパンチを加えていた。

 主人公の子供時代からの恨みと復讐心と、それをひっくり返すようヒロインへの恋心の描写で、読み終わった後は酔ったような気分になった。もうお腹いっぱいなので、しばらくは薄めのお味噌汁でいいです、と言いたくなる感覚だ。

 (あの主人公の恋心は、まんま匠太君の想いだったのね……)

 匠太君に告白された過程を、事細かく楓に聞かされ、惚気られ、アイは納得した。

 小説の主人公の男性が恋するヒロインは、性格が明るく、快活で、ちょっと抜けたところがあるものの、自分の好きなことに対しては一生懸命になる女の子だ。読んでいて、楓っぽいなとは思っていた。本当に楓だったのだ。

 (すごいラブレターを書いたもんねえ……)

 ウェブで連載していた小説は、先月に最終回を迎え、また、映画化が本決まりしたことで人気が沸騰中だ。もうすぐ書籍化するらしい。

 恋人への叶わぬ恋を綴った作品が、全国に並ぶのだ。

 小説家や漫画家という職業は、ある意味、自分の恥や性癖や深層心理を、暴露するようなものだろう。楓の漫画にだって、楓の趣味がつまっている。心理学者に読ませれば、きっと、楓自身すら気づいていない心の内を、解き明かされるかもしれない。

 「ねえ、アイはどう思う?」

 私が考えにふけっていると、話を振られた。

 話題はまだ続いていた。

 「そうねえ……神様のいたずらかなんかでしょう」

 「何のために?」

 さすが、漫画家、突っ込んでくる。

 「うーん……きっと、退屈してたのね」

 「えー……私と匠太君は退屈しのぎの道具?」

 楓が不満そうに唇を尖らせる。

 その時、明がむずがるような声を上げた。

 一瞬、起きたのかと思ったが、すぐにすやすやと寝息を立て始める。

 「そうだ、コーヒーのお代わりは?」

 「あ、私も淹れる」

 匠太君と楓が仲良く立ち上がって、キッチンへと行った。

 さっき言った、「神様の悪戯」という説は、実はぱっと思い浮かんだわけではなく、少し前から考えていた事だった。

 楓と匠太君の入れ替わりが起きた時、私は心配していた。二人はどう見ても、正反対の性格をしていそうだったので、顔を突き合わせていれば、その内喧嘩になるのではないかと思ったのだ。

 しかし、いざ付き合ってみれば、どういう訳か破れ鍋にとじ蓋という言葉がぴったりと言いたくなるほど、二人は仲良しこよしだ。

 社交的な楓と、内にこもるタイプの匠太君。

 楓はどちらかと言うとおしゃべり好き、匠太君は静かだ。

 家のインテリアを見ても楓は派手好き、匠太君はシンプルで機能重視。

 そんな二人なのに、どういう訳かこれまで大きな喧嘩は無く上手くやっている。時々些細な喧嘩はしているようだが、楓も匠太君も悪いと思えば謝り、引きずるタイプでもないので、翌日にはけろりとしてくっついている。

 仕事が似ているという事もあって、話も合うようだし、お互いの時間も自由がきくので、二人の時間もたっぷりとれている。お互い締め切りが何より大事という意識があるので、そこを邪魔しない気遣いもある。

 全然タイプが違うけど、付き合ってみたら、意外とお似合いのカップルだった……という奴だ。

 楓は最初、匠太君の突然の告白に、少し流され気味に付き合いだしたそうだ。パーティーの席で、大勢の見ている前で告白しますと宣言した匠太君の話は、私も驚いた。まさか、失恋で実家に引きこもってしまった匠太君が、そんな大胆なことをやってのけるとは、誰も思わない。

 それに、少しだけロマンチックだ。皆に大々的に発表したいほど、本気ですと言っているようなものだし。

 しかし、きちんと恋人同士のお付き合いを初めて、楓は少しづつ匠太君を好きになっていった。今はもう、アシスタントの仕事の度に匠太君の話をするほど、好きらしい。

 今だって、何のかんのと言い合いながらも、楽しそうだ。

 二人の会話を聞いていると、どうしてこんなに気が合うのに、三年近く隣同士に住んでいながら、挨拶しか交わさない間柄だったのかと、不思議に思う。

 (きっと、ちっとも進展しない二人を見て、神様が待つのに飽きたのね。「まったく、いつまで待たせる気だい?」って、天使かキューピッドだかを遣わして、強引に二人に会話させたんだわ)

 とかなんとか、そんなことを考えて、思わずしっくりくると思ってしまった私でした。

 一番ありえ無さそうで、でも、大昔から恋に憧れる女性は一度は考える妄想ではないだろうか?

 運命の相手は、実は驚くほど側にいるのに、気づかない。

 なんてね。

 私は、キッチンから聞こえてくる楽しそうな笑い声を聞きながら、一人、乙女思考に浸った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ