63・夜の終わり
暗く細い通路を、コウモリ君を担いで抜けると、やけに広々とした空間に出た。
あたし達が出てきた通路以外にも、沢山別の場所へ通じるであろう通路もある。ここがこの元地下牢? の中央だろうか?
封印された場所である割には、綺麗な木の椅子や机、本や羊皮紙などをまとめた束なんてものもある。これはたぶん、コウモリ君が持ち込んで研究していた名残。
そして彼の研究成果も、ひっそりとしたまま長い時間が過ぎていたこの施設も、二人の妖精の乱闘により、その役目を終えようとしていた。
「もー、リア顔がこっわーい! スマイルスマイル、俺笑ってる君が好きなんだけどなー?」
「わらわは貴様のその見るに堪えん笑顔に反吐が出る!! 早々に砕けて精霊に戻れ!!」
「ひどい?! 双子の片割れに言うことー?!」
「片割れだからこそじゃ!!」
地下という事を忘れそうなほど高い天井。あたしの目線よりもはるか上で、鉱石の羽を光輝かせるアルメリアと、漆黒の鉱石を徐々に崩れさせるアマランサスが飛び交っている。
合間合間に不可視の風の刃が飛び、岩の槍が襲い、炎が躍り、水が竜の様に荒れ狂う。
……うん、解ってたけど、あたしが割って入れる状況じゃないな……
遠目で見る限り、どうやらアルメリアの方が優勢か。アマランサスは軽口こそ叩き続けているけれど、攻撃しているのはアルメリアの方ばかり。逃げ回るばかりで、彼は攻撃をしようとしていない。
それも不思議だと思う。つまり、アマランサスはアルメリアに殺意を持ってない訳よね。
いやそりゃまあ、元々仲間……今の会話から察するに、人間的に言えば双子の姉弟的な関係で、同じ人間好きの妖精。アルメリアからすれば妖精の掟を破り罪を犯したと怒っていても、アマランサスからはアルメリアに怒りを覚える理由がない。
ほっといても、そのうちアルメリアが競り勝つのは間違いない、けど……
二人の関係をよく知らないあたしが、そんな楽観視していていいのか、と少し心配と疑問があった。
故に、コウモリ君を担いだまま、ゆるゆると妖精ガチンコバトルの方へと近づいていく。
天井から落ちた石材や、積みあがった瓦礫になるべく体を隠しつつ。
本当はコウモリ君をどこかに避難させたいけど、この状況だとあたしに貼りつかせておいた方が安全だろう。未だに、あたしの真上に瓦礫が崩れ落ちてくるなんてことが全く起こらない辺り、なんというか流石。
「うげっ」
強風の煽りをもろに受けたアマランサスが壁に激突し、その腹を岩で出来た大蛇が壁ごと牙を突き立てた。
へらへらとしていた笑いが苦痛に歪む。
人間というか、生き物ならあの傷だけで命に関わりそうだけれど、妖魔であるアマランサスはそうでもないらしい。
この距離ではよく解らないけれど、少なくとも血やそれに類したものは出ていない。代わりにパラパラと、手足のどす黒い鉱石がいくらか剥がれて床へと落ちていく。
「捕まえたぞ」
「うー……残念だなあ。次は俺が鬼じゃないの?」
「鬼ごっこではないわ、阿呆。……妖精としての在り方を放棄し、私欲に走った大うつけが。何故にそのような愚行に走った」
苦しそうな声でありながら、それでもアマランサスはふざけたような態度をやめない。
そんな双子に、アルメリアは怒りを覚え続けているようだけれど、それでもやっぱり情深いところは彼女らしい。
どうして妖魔に堕ちたと。自然の化身であり、何かに過度の肩入れをするべきでないと知りながら、どうして復讐に手を染めるのを思いとどまれなかったのかと。
そう問うと。アマランサスは、狂ったように大きく笑い声をあげた。
小さな体からは想像もできないような、半壊した地下広間に響き渡るような声に、あたしも唖然としてしまう。
「なんで? なんでって、そんなの決まってるじゃん!! 許せなかったからだよ!!」
ひとしきり笑うと、やはり笑みの感情を乗せたまま、またべらべらと話し出した。
ふざけたような軽口ではなく。笑いと、それ以上の怒りと憎悪を乗せて。
真っ赤な瞳を、これ以上無い程見開いて。
「あの時さあ、生き残りを皆でバラバラに匿ったじゃん! いつかアンスロスに戻ろうってさあ! 俺もすーっごい腹立ったけどちゃんとしたんだよ?! 皆を守ってさ、励ましてさ、すっげー頑張ったんだよ?!」
「それで、何故ここに居るのじゃ」
「俺んとこさあ、人間少なかったじゃん!! もう生きるだけで大変でさ、だからまた使ってたんだよ、あの人形! でも前もそうだったけどさあ、自分からよそのやつ襲えとか言ってなかっただろ?! 攻撃されるまで何もするなってさ! 普段ちょっと家作ったり直す手伝いとか、獲物狩るのとか、そういう手伝いさせてただけ!! なのにさ、なんかどっかから迷い込んできた兵隊が勝手にビビって、火なんて放ちやがったんだよ?!」
……ああ、と天を仰ぎたくなった。
想像するだに悲惨だった。故郷を追われて、知らない場所で限られた人数で、必死に生き延びようとしていた。その為に、手にしていた傀儡の魔法も活用せねばならないほど切迫していた。
それでも慎ましく生きていたところ、本当に運悪く、迷い込んだ武力を持つ者たちに見つかり、彼らは脅威と見なされた。
アンスロスの人々には技術の果てに生み出したものだけれど、アニマリアや周辺国にしてみれば、不死身の恐ろしい怪物。そんなものが、迷い込めるような距離……詳しくは解らないが、歩いて行ける範囲内に集団で生み出されつつある。
うっかり見つけた兵隊さん達の恐怖も解る。それはいつの話だろう。ごく最近だったとしても、今こうして王都内で起こったゾンビ事件が大事になっているように、早期の排除を試みるだろう。
アニマリアの人々が、アンスロス戦役に過ちを感じ反省していたとしても、それと自分たちが害される可能性の排除は、別の話なんだから。
「ホント、マジでウケるんだけどさ、アイツら火に炙られて逃げてきた生きてる皆まで殺しやがるの! どんなに上手く出来てても人形は喋らないからそれで判別出来んのにさ!! 知ってて殺してんの!! 俺ちょーど他の妖精に呼ばれてさ、ちょーっと外出して帰ったらもう、ぜーんぶ丸焦げ!! 笑っちゃうでしょ!?」
そんな話さえ、おかしな笑い話のように、アマランサスは吐き続ける。
……たぶんだけれど、あの子は正気を失っている。大事で大好きで守っていたものを、自分が見てない間に蹂躙され燃やし尽くされた。それを目の当たりにした時の衝撃は、どれほどのものだったろう。
ショックのあまり、感情が全て躁方向に傾くのも、あり得る話。
「ふっざけんじゃないって思っちゃってさー! まだ森をうろついてたやつらぜーんぶ潰してやったよね! そしたら妖魔になっちゃった! いやーでも、爽快だったぜ? 力半減の代わりに好き勝手出来るようになったんだもん! スカっとしたなあ、命乞いしてくるやつとかぷちってさ、お前らだって同じことしやがったくせに泣いて嫌がりやがんの、マジ勝手だよね!!」
「……アマランサス、もう良い」
「良い? 良いわけなくない?! アイツら害虫以下だよ、ぜんっぜん昔と変わってないよ、あんなの全部潰した方がいいって!! ねえリアも一緒にやろうぜ? この手始めにこの街更地にしてさあ!」
「もう話さんで良い、という意味じゃ」
「なんだよなんだよ、澄ました顔しちゃってさ!! そういうリアこそ、なんでこんな所に居るわけ?! あの子一人だけにべったりしてさあ!!」
びし、と半分ほど崩れた鉱石を纏わせた腕を上げ、アルメリアの鼻先を指さす。
下から見ているあたしには、二人がどんな顔をしているのか解らない。二人とも小さいし。声だけは大きいから聞こえるけれど。
少なくとも、アルメリアはその問いに、言葉に詰まったように声を出さなかった。
「君が守ってた村はどうしたわけ?! まさかリアが見捨てる訳ないよね?! ……さては、リアの村だって全滅しちゃったんだろ!!」
「……っ」
「原因はなあに、俺と同じであのクズどもに見つかった?! それとも獣に襲われた?! ねえ、あの子は生き残り?! いいなあ、一人でも残ってるなんてさ、だから堕ちないですんだんだ、羨ましいなあ、ズルイよリア!!」
アマランサスの言葉に、やっぱりアルメリアは返答しない。けれど、少し動揺したような雰囲気は感じ取れた。
……かつて人間達と仲が良かった妖精が、逃げ延びた彼らを守護している?
その発言に、思い当たる節はある。以前、初めてアルメリアに会った時、そこは確かに粗末ながらも人が生活しているのだろう集落があった。
あの時周囲に浮いていたのは、妖精の光だったのだと思う。
しかし、人が暮らしていれば夜中でも多少はあるはずの、生活感のある光も音も、何もなかった。
ならば、あたしとクルウが見た村は、あの時点で何かの要因で全滅していたと言われても、不思議は……
「っ、う……!」
思考の途中で、くらっとめまいがして、片手で頭を支えて軽く振る。
このままコウモリ君を担いでると落としてしまいそうだったので、そっと足元に寝かせた。重傷者だし、あまり大きな衝撃を与えるべきじゃない。
それより、なんだろうこれは。
二人の話を聞くために、上を長時間向きすぎた?
……そんな単純な話では、たぶんない。
もうめまいはない。体に不調である部分は感じない。
ただただ、とんでもなく、訳もなく……吐き気がするほど、その話が不快であり、これ以上聞きたくないと思うだけ。
「そーだ、ねえ俺にもあの子をわけてよ! 俺にもあの子を守らせてよ! そしたら、俺また妖精に戻れるかも!!」
「……無駄じゃ。そもそも今の貴様に、あの子は渡せぬ」
「なんだよ! ズルイよ、俺達双子だろ?! なのにリアばっかり! いいから俺にもあの子を守らせてよ!! あの子を俺にちょうだいよ!! よこせよ!!」
初めて、アマランサスがアルメリアへ敵意を見せた。
あたしを……というか、人間という存在への執着が故、なんだろう。
今の彼にとっては、人間であれば誰でも良くて、なくした大切な物の穴を埋めたいという……ヒトにだって充分起こり得る感情。
ずっと溢れさせていた笑みさえ消して、目の前の双子に怒鳴るアマランサスから、アルメリアは目を逸らさなかった。
その背を狙って、音もなく鋭い獣の牙のような岩が生成されてもなお。
「アルメリア!!」
危ない、とあたしが叫ぶのと。
ふっと軽やかにアルメリアが手を翻らせ、忍び寄って来ていた岩の牙が無数の水の蛇に巻き付かれ、ぼろりと脆く崩されるのとは、ほぼ同時だった。
「愚か者、妖精に不意打ちなぞ効くものか。わらわ達は自然の具現、世界そのもの。貴様のようにかつての縁を無理やり手繰り寄せ、操るのとは訳が違う。それすら忘れたか」
愚か者と言うアルメリアの声には、怒りも侮蔑もなかった。悲しみもなく自慢げに笑うでもなく、とても平坦だった。
……うん、心配するだけ失礼だったわね……。解ってたつもりだけど、正しく次元が違う。
妖精と、それが堕ちた妖魔は力の上では同じようなものだと思ってたけど、そこにはどうやらかなりの力量差があるらしい。さっき、妖魔になって力が半減したとか言ってたし。
「共にこの世に出でたわらわからの、最後の情けじゃ。意思も記憶も過ちも、全て砕けて無垢の精霊に還るが良い」
「ううううううぅ、リアの、ばかああぁぁぁーーー!!」
「それはこちらの台詞よ。……さらばじゃ、ランス」
ランス、というのはきっと彼の愛称なのだろう。
涙声で叫ぶアマランサスに対して動揺もなく、彼の腹を縫い留めていた岩の蛇が、背後の壁ごと噛み砕いた。
ばきん、と硬い鉱石が割れるような音がして、小さな少年の姿の妖魔が上半身と下半身に分かれる。
やっぱり、そこから血は出なかった。ばらばら、と砕けた破片となって、崩れかけた天井の瓦礫と一緒に床へと降ってくる。
咄嗟にそこへ走り寄り、受け止めるように手を伸ばす。
特に、何か声をかけたかった訳ではない。本当にただ、無意識のこと。向ける感情があるとすれば、たぶん同情。
肌に無数のヒビが入り、左腕は二の腕あたりから砕けていたけれど、まだ意思を持った瞳が落ちながらもあたしを見ていた。そして、すがるように右手をこちらへ伸ばす。
が、あたしの手にちいさな手が触れるよりも前に、まだ形を保っていた体もバラバラに砕け、最後には砂のように散ってこの手に積もることも無かった。
……妖精の死って、こういうものなのね。
「すまぬな、マリヤ」
「え、あ、……いえ。あたしこそ、何も出来なくてごめんなさい」
「構わぬ、むしろ騒ぎ立てずに居てくれて助かったぞえ。聞き捨てならん話もあったじゃろう」
「……そうね」
「まあ、それについては後日改めよう。そして、あやつに手を差し伸べてくれた事、感謝する。お陰で比較的素直に砕けおった」
「そういうもの?」
「そういうものじゃ。生き物も妖精も、終わりの間際は足掻くものじゃが。見届ける誰かが居るだけで心落ち着くのは、変わらぬものよ」
そういう、ものか。
一度死を通った身だけど、見届けてくれる家族も友も居なかった……というよりあまりにも突然過ぎて、受け入れはしたけれど感傷的なものを殆ど感じる暇もなかったあたしとしては、少し複雑な心境だった。
今更だけど、自分のお葬式くらいは見せて欲しかったわね。
いや、見たら見たで、無念に引きずられて大人しく転生の扉をくぐらなかったかもしれない。なら、あれでよかったのかな。少なくとも、あたしの場合は。
「さて、ではこの辛気臭い場所から出ようかの。わらわが支えておるが、そろそろ崩れるぞ」
「やっぱり?! っと、待ってあの子連れてかなきゃ」
「……放っても良いのではないかえ? あれを生かして、何か得があるとは思えんのじゃが」
「人の生き死には得とか損じゃないし、助けられるのに見捨てるのはあたしの精神衛生に悪いし、国的に取り調べをする対象が居ないと、粘着されるのあたしだもの」
「なるほど、それは面倒じゃな」
正直言って、喜んで助けたいと思える人物ではない。あたしはそこまでお人好しでも善人でもない。
ただ、見捨てるのはあまりにも後味が悪いし、生きていてくれた方がたぶん、この国の為になる。もう彼にあのゾンビの魔法を授けた妖魔は消えたけど、そのノウハウは持っているはず。
……研究資料は、ちょっともう回収出来そうにないけど。
今もこの国を悩ませる、隣国の怪物に対する技術を少し伸ばすくらいの何かは出てくるんじゃないだろうか。それに対して何か思うほど、あたしは人間の国や土地に思い入れはないし。
とはいえ、『首を落とせば動かなくなる』という単純な弱点一つで、どれだけいるか知らないけど怪物の群れをどれだけ駆除できるか……
いっそ国土ごと焼き払うくらいしないと殲滅は難しそうだし、そんな事は今の王様も、次の王であるレオンもきっとしない。
そのうち何か新たな解決策が出るならそれでいいし、いつかアンスロスの生き残りと和解し新しい国が興るならそれでもいい。
「出口がどっちか解る?」
「そうさな、……あちらに風が流れておる」
「解った」
改めてコウモリ君を肩に担いで、アルメリアが示した通路へと駆けていく。
すると、ボロボロではありながらも崩落はしなかった広間が即座に天井が落ち、土とレンガと岩に埋もれていった。
「……ねえ、あの真上に誰か居たりしないわよね?」
「ん? ああ……誰も居らんな」
確認してなかったわよね、今の反応?!
ま、まあ誰も居ないならよかった。まだ墓場の範囲内の筈だけど、ちょっと怖い。でも、近い距離に墓守さんの家とかもあるんじゃないかしら……
流石にメルルやレオンが巻き込まれそうになったら、アルメリアも一言いうわよね。流石に。
通路はリシッツァ先生と入ってきた場所と同じような広さ、いや狭さで。たいまつは置かれていないのに視界には不自由しないほど明るい。
それも、あたしが通り過ぎると順次消えていくので、この明るさは元はアマランサスが、今はアルメリアが保ってくれているんだろう。
しばらく走ると、最終的に石の階段に行き当たり、それを上がると部屋としては狭い……くりぬかれた岩の中のような場所に出た。
中からだと、扉のようなものがあるのが解る。取っ手に手をかけたけど、鍵がかかっているらしく開かない。
5秒ほど考えて、あたしは蹴破る事を決めた。
救助がここが隠された入り口だと気づいて近づいてきてくれるまでどれだけかかるか解らなかったし、のんびり待つにはコウモリ君の怪我は重傷だ。
重要参考人を死なせてしまうのは、情のない考え方だけど後が面倒臭い。
「ほっ」
どごん、と音を立てて、鍵ごと岩そのものみたいな扉を蹴り壊す。
そのまま吹っ飛ばさないようにだけは気を付けて、踏み倒すみたいな形を意識して。
外には……ああ、遠くの方にゆらゆらと動いている明りがいくつもあるから、救援は来てくれてるみたい。
このまま彼らに保護されて、どう説明したものかちょっと悩むけど。主にアルメリアがあたしにべったりな姿は、あまり事情を知らない人に見られると困る、しかし彼女の口から顛末を証言されるのが一番手っ取り早い。
何より、これ以上コウモリ君をほっとけないし。
「ここに居たか!」
「っ、リシッツァ先生」
少し慌てた声と共に、急に目の前にリシッツァ先生が降ってきて流石に吃驚した。
上から? 上って……あたしが出てきた巨大な石碑、何かの記念碑のようなモニュメントのような、そびえたつそれの台座部分から出てきたようなんだけど。それ以外、木とかしかないんだけど。
音もさせずに、どうやって……
……まあ、小さなことか。
「無事……だな、お前は」
「はい、私は。ただ、彼が」
「息はあるな。おし、ちょっとここに寝かせろ」
懐を探ると、リシッツァ先生は大きな布を広げて、コウモリ君を寝かせろと指示を出す。
言われた通りに布の上に寝かせると、手にしていらランプを傍らに置き、岩に潰されたコウモリ君の右足をあらためる。
そして眉間に深い皺を刻んだ後、腰の鞄から布を取り出し、猿ぐつわのように気絶した口に噛ませた。
「ちょっとこっちの足抑えててくれ」
「はい」
「潰さんようにな?」
「気を付けます」
何をするのかはなんとなく察せられたので、無事な方の左足を両手で地面に押し付けるようにおさえた。
跨いで乗った方がうっかり握りつぶし事故の確率が減るんだけど、先生の作業の邪魔になりかねないから気をつけて加減するしかない。
ひゅっとリシッツァ先生が右手をひるがえす。
すると、ピッとコウモリ君の膝の下辺りに線が走り、引っ張るとぐちゃぐちゃに潰れたそこから先の足が離れた。
その断面からそっと目をそらす。ちょっと人体の輪切り映像は、進んで見たいものではない。
切断の瞬間は特に反応はなかったのだけど、その後視界の外で手術が行われているのか、痛みで跳ねそうになる足と腰を抑えることに集中する。呻き声も聞こえるが……頑張れ、としか……
「っと、妖精サマ。あの後の顛末を今のうちに聞かせてくれるか」
「うむ?」
「俺達に囲まれて、あーだこーだ質問攻めされるのは気分が悪ィだろ? 簡潔にあったことだけ教えてくれりゃいい、後は俺が纏めて報告しとくさ」
「……そうさな」
事情聴取は団長さん一人でするってことにはならないかもしれない。なったとしても、あたしにアルメリアがべったりなのを他の人に見られるのは困るし。
だから、役目は果たしたとアルメリアはもう帰ったことにして、先生が代わりに事の顛末を伝える役目を請け負ってくれるのね。
今夜だけで、物凄く先生にお世話になってるなあ……
熊っ子の件の時も色々便宜を図ってくれたみたいだし、初めてでもないけど。
「マリヤ、お前はグアルダ……団長自らの聴取になるだろうから安心しろ、素直に答えればいい。話のつじつまは俺達が整えるから、あとは自分の反省文を気にしてればいい」
「……はい」
ううん、かなり気遣って貰っちゃってるな。
あたしもだけど、レオンの立場を守る目的もあるだろうけどね、それでもありがたい。
「よし。……後は医者に任せればいいな」
ふうと息を吐いたので視線を戻すと、敷き布や周囲には血で汚れていたけど、肉の断面だった膝下は別の布で覆われていた。
どういう処理が行われたのか解らないけど、見ていたところで理解はできなかったと思うし、止血もあたしの雑なものよりきちんとしてもらえたんだろうから良かった。
それにしても、薬師とは。手術までしちゃえるとかどれだけなの。
いや、騎士団の随伴薬師なら、むしろ外傷にこそ強いのは必然か。
「ちなみに、彼はどうなるんですか?」
「んー、即座に斬首とはならんだろうな。その前に動機の聴取やら、例の怪物の知識やらを聞き出して、それが従順な様子で反省があるなら、良くて監視つきでどっかの研究所で強制労働、悪くて一生牢屋か」
……まあ、そんなとこか。
正直、死刑になっても不思議じゃない事態を引き起こしたのはまちがいない。
強いて言えば、墓場の陥没はアルメリア達のやったことだけど、そこは妖精の怒りだからなあ……天災扱いだよね。
それまで罪を問われないよう、きちんと事情聴取に応じよう。
「では、わらわは去ぬぞ」
「ええ、今夜はありがとう、アルメリア。お礼は少し落ち着いたら纏めて用意するわ」
「うむ」
ここで一旦、アルメリアには帰還して貰う。今日明日ですぐに解放される気もしないから、お礼のタルトはまた後日と約束して。
その顔に、双子の片割れを滅した憂いはない。出さないようにしてるのか、妖精とあたし達では生死感が違うのか。
未だにか、あるいは再び意識を失ったコウモリ君を再び担いで。リシッツァ先生の先導のもと、あたしは長い夜の終わりに騎士団の皆様の所へ歩いていった。




