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ヒツジさんの執事さん  作者: 美琴
第二章
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58・緊急事態




「で、どうするのじゃ。これから調査にでも赴くのかえ?」

「可能であれば。行方不明の三人の少年の安否も、一刻も早く確認しなければなりません」


 アルメリアの協力の約束も頂けたところで、時刻は……そろそろ、夜10時。深夜と言っても差し支えない。

 うん、怖いお化けが動き出す感じのする時間だよね。あたしの感覚では。


「そうだな、実際学院の生徒をさらって、誰が何をしたいんだか知らんが……生きて連れ去られた以上、迅速に行動した方が良いのは賛成だ」

「リシッツァ殿のご協力も、仰いで宜しいので?」

「うちの生徒が絡んでる訳だからな。協力すんのは吝かじゃねェが、アテはあるんだろうな? よほどの馬鹿でもないかぎり、化け物騒ぎに黒幕が居るんなら、今日なんかは大人しく潜むんじゃねェか?」


 いったい何を目的にしているのか。

 手勢を増やしたいなら、いちいち生きた人間を浚う必要は無い。

 ゾンビさんを増やしたいのならば、墓場付近に目撃証言が多い、というのは非常に納得が出来る。なんせ、この国は土葬である。

 火葬なら、こんな事件も起きなかったろうに。だがまあ、そこは国それぞれの文化だから、今更言う事じゃない。

 徘徊する死人がアニマリア国民の姿をしている、というのだから、考えたくはないけどあっちのゾンビを連れて来た訳ではなく、文字通り現地調達してる筈。

 そして、別に生きた誰かを素材にする必要は一切ないだろう。こんな事言っちゃなんだけど、殺す手間が増えるだけにしか思えない。

 今までも、生きたヒトを浚うチャンスはあった筈だ。そこへ、騎士達と同行していて阻止や目撃待ったなしの状態で生徒を浚うなんて、明らかに何らかの意図があって然るべきだと思う。

 それを考える頭がある黒幕が居るのなら、事件を起こした昨日の今日で、息をひそめる事も想像がつく。


「……でしたら、ダメ元ではありますけれど。私が囮になるのはどうでしょう?」


 理由は解らないが、学院生徒を狙っているのなら、今あたしは制服を着たままここに来ているし、狙う対象になるかもしれない。

 先の三人で満足し、尻尾を出さない可能性もあるが、騎士達や先生だけで哨戒するよりも、何かに遭遇する確率は上がるだろう。


「いや、申し出は有難いけれどね。これ以上、一般の、しかも子供に被害を出すという訳にも……」

「リンク君達よりは、もう少し身を護る術を持っています。強化魔法をあらかじめかけておけば、振りほどくくらいは出来るでしょうし、何より……」


 ちら、とアルメリアに視線を移す。

 彼女は機嫌がよさそうに笑顔を返したが、そういう目くばせをした訳じゃない。

 ……要するに、あれだ。

 アルメリアに協力をお願いし、グアルダさんやリシッツァ先生に後を任せてあたしが寮に帰ったとして、その後。

 万一、彼女の機嫌を損ねる展開になり、怒髪天となった時。

 いったい、誰が彼女を収めるんだって話である。

 言いたい事を察してくれたのか、騎士団長さんは言葉を止めて、考え込む。


「そう、だね。君には事件の概要も話した訳だし、悠長なことをしていては、生徒達の命も危ないかもしれない」


 あえて、そこの妖精さんがブチ切れた時のストップ要員が欲しい、とは言わなかった。言ったら確実に機嫌を損ねるしね。

 空気の読める、察しの良いヒトで助かった。

 リシッツァ先生も、生徒であるあたしが危険かもしれないというその提案に、反論はしない。

 実際、リンク君達よりも遥かに安全というか、危険回避はしやすいだろう。

 アルメリアから貰った魔法があるし、そもそも彼女自身が今回はすぐそばにいる事になるのだから。


「まあ、マリヤ本人が言い出した事であれば、良かろう。基本わらわは手助けをするだけじゃが、万一の時は護ってやる故、安心しておれ」

「有難う御座います、アルメリア」


 勿論、顔は立てておく。

 契約者とは言え、妖精は基本相手に対して放任主義というか、あまり積極的にかかわらない場合が多い。

 アルメリアのあたしへの拘り様は、特例や異常と言って良い程。

 困る訳ではないから、構わないけどね。


「では、少々待っていて下さい。既に現場は封鎖してありますし、隊の編成も進めている筈です」

「多くの者を纏めると、行動が遅うて叶わぬな。速くせよ」


 そればっかりは仕方ない。団体行動には団体行動の、単独行動には単独行動の、メリットもデメリットもあるものだから。

 それでも、今日動く予定だった筈だから、そんなには待たないんじゃないかな?

 急いては事を仕損じると言いますし、ここは待たなければ。

 そして、最終的な指示を出す為なのだろう、団長さんが立ち上がったその時。


「団長、お話し中失礼致します」


 コンコン、とノックの音がして。扉の向こうから、さっき案内してくれたドーベルマンさんの声が聞こえた。


「入れ」

「失礼致します。……団長、その……」

「? どうした」

「それが、…オルミガ君が、来ていまして」

「え?」


 うっかり疑問の声を上げたのは、あたしだ。

 オルミガ、さん? って、彼だよね。蟻さん。

 騎士学校に通う、あたしと同じ年の、友達。

 確か、お兄さんが騎士団に居るはずだから、つながりがあっても不思議じゃないんだけど、なんでこんな夜中に彼が騎士団本部に??

 その疑問を団長さんも持ったようで、首を傾げる。

 そもそも来たとして、それがなぜここに伝えられるのか……


「何やら、急ぎの用事があるので、取り次いでほしいと……」

「……オルミガが、そうまで言うのならば、何かあるのだろう。連れて来てくれ」

「はい」


 えっ、通されちゃうんだ。

 まだ騎士見習い、どころかそれ以前の生徒でしかない筈なのに、急ぎとは言え用事がある、だけで普通に団長の部屋まで通されるとか、どういうことなの。

 確かに、オルミガさんはちょいちょい冗談は言うけど、あまり性質の悪い嘘を言うような子ではない、と思うけどさ。

 しばしして、ドーベルマンさんが、オルミガさんを連れて団長室まで来た。

 ……うん、やっぱりオルミガさんだな。

 確認する為に真正面から顔を見てしまって、一瞬気が遠くなったけど、すぐに視線を逸らして深呼吸をする。

 ほんっと、慣れないなあ……


「やっぱり、ここに居た」

「うん?」

「あ、ごめん。マリヤがここに居るって聞いたから」

「マリヤ君が……、…ああ、そういえば新しく友達が出来たと言っていたね。彼だったのか」

「うん」


 ……? なんだろう、やたら二人の会話が気安い。

 とてもじゃないけど、将来騎士を目指す少年が、その最高峰たる団長を相手にしている感じじゃない。


「あの、お二人は、お知り合いなのですか…?」

「言ってなかったっけ」


 あたしの質問に、オルミガさんはすっと右手を団長さんに向けて。


「父さん」


 ご紹介下さった。

 父さん。……父さん??

 思わず首を傾げて、数秒考え込んでしまった。


「これは、気づかずに申し訳なかったね。息子と仲良くしてくれて、いつもありがとう」

「え、あ、いえ、そんな……」


 理解が追い付くのに時間がかかったけど、団長さんからも親としての挨拶を頂いてしまい、なんとか返事を絞り出した。

 親子。家族。

 ……あ、オルミガさんって、騎士団長の息子さんだったのね!!

 なるほど、前騎士団長の孫娘である、ユトゥスさんと幼馴染なのは、そういう繋がりがあるからだったのか!

 ていうか、そうか、騎士団長の息子で、隔世遺伝でこの姿か……

 そりゃあ、好奇の視線も普通よりあるし、騎士団に入ろうと思わないし、遠くの地方へ行って心配かけないようにしたい、なんて思うよね。

 なんかもう、色々なあれそれに、今まで以上に納得がいった。


「それはともかく、急ぎの話」

「そうだったね。どうしたんだいオルミガ」

「マリヤもよく聞いて」

「あ、はい」


 騎士団長、お父さんにも話はあるけれど、どうやらあたしに聞かせたい事のようだった。

 ていうか、なんでオルミガさんが、あたしがここに居るって知ってるんだ…?

 疑問は、すぐに解消された。


「王子様と、…あと、僕は知らないけど、白いふわふわ毛並みの女の子と、灰色のすらっとした男の子。が、墓場に行っちゃった」

「は」


 オルミガさんの言葉に、部屋の中が沈黙する。

 王子様。王子様はレオンだ。間違いない。他に王子様っていう存在はこの国には居ない。

 そして、ふわふわ毛並みの女の子。

 たぶん、これはメルル。

 灰色のすらっとした男の子、は……エルミン君ではないな。

 ただ、その顔ぶれから推測するに、……クルウじゃないだろうか。

 え、なに?

 ……レオンとメルルとクルウが、墓場に、例の誘拐事件やら死人徘徊目撃のある現場に、行っちゃった??


「どういう事だいオルミガ、それをどうしてお前が知っているんだ」

「事件があったって言うから、騎士学校生徒にも、哨戒任務が募られてて、僕とユトゥスも参加してたんだ。場所は封鎖区域の外なんだけど」

「それは、私も聞いている」

「さっきそれでユトゥスと見回りしてたら、なんか違和感のある場所があって。つっついたら、王子様達が居て」


 つっついた、とは……

 違和感のある場所、っていうのもよく……

 ……あ、そうか。

 この国の夜は暗い。電気が無いのだから当たり前だし、今は事件が起こって外に居る人も、窓からこぼれる光も更に少ない。

 そんな中なら、レオンの魔法で姿を完全に消すことは出来なくても、哨戒する騎士達の目を誤魔化すくらいは出来る。

 そして、完全に見えない訳ではないから、おそらくアニマリア人よりも目の良いオルミガさんには、見破られてしまった訳か。

 詳しくは知らないけれど、哺乳類の目と昆虫の複眼では、物の見え方も違っているのだろうし。


「なんか、マリヤが誘拐事件の容疑をかけられて連れていかれちゃったから、潔白の証明の為に、犯人を捕まえてくる、って」

「あっ……あの人達は……!」

「しかも、それにユトゥスも乗っちゃって」

「……あの子なら、やりかねないね…」

「止めたんだけど、それなら帰ってなさいって、行っちゃって。…追うよりは、応援を頼んだ方が確実かなって」


 けろりとした声色で言うね!!

 元々動揺とかを出しそうにないヒトだし、ここで大慌てされて事情が伝わらなくなるよりはずっといいんだけど、聞いてるあたしも、どうやら団長さんもリシッツァさんも、死ぬほど頭が痛い。

 メルルはやりそうだなと思ってたけど、流石に一人ではしないと思ってたし。

 レオンには、ぎりぎり踏みとどまる理性があると思ってたし。

 なんでそこにクルウが混ざったのか、…いや、途中で会ったんだろうな。

 エルミン君やサンセさんがいない辺りは、まだ良いんだけど。それにポーラ様なんかは、非戦闘員と言っても良いし。

 いやメルルもそうなんだけど、彼女は妖精魔法持ってるからな……


「どうやって寮を抜け出してきたんだあいつら……、…あ、いや、そうか、王子様とメルメルのタッグかぁ…!!」

「でしょうね。レオンの光を操作する魔法と、メルルお嬢様の風を…音を操作する魔法をうまく使えば、見つからずに抜けるのは簡単だと思います」


 たぶん、あたしだって見つけられない。特に視界の悪い夜じゃあ。

 よほど魔法に精通した魔法使いか、それこそ妖精ならば見抜けるんだろうけど、普通のヒトには本当に無理だ。

 しかし、オルミガさん達が封鎖区域の外を哨戒していてメルル達に会って、そこから急いでここまで伝えに来てくれたとして。

 あの三人、たぶん見つからないように慎重に進んでいるとは思うけど、いったい今どの辺に居る…?!


「団長さん、隊の編成にどれくらいかかりますか?」

「そうだな、急ぎで1隊を派遣する事くらいなら、5分もあれば可能だろう」


 5分。

 緊急配置をしてくれているのだろうし、団体を動かすと思えば相当早いというのは解る。

 ただ、団体と言うのは準備に時間がかかるのもそうだけど、移動も複数の人員の平均値、あるいは最低値となる。つまり、一人で走るよりも遥かに遅い。

 本来、あたしもそれに同行するのが筋で、さっきはそう申し出た訳だけど……

 リンク君達の安否を軽んじてる訳でも、決してないんだけど……

 あたしの大事なお嬢様がそんな危険かもしれない場所に足を踏み入れてるかもしれないのに、他と足並みそろえるとか、ごめん無理です耐えられない。


「私に誘拐事件の容疑が直接かかっているわけではありませんし、もう事情聴取は終わっています。では、私がここに拘束される正当な理由は、ありませんよね?」

「ああ、そうだね……、……待ちなさい、まさか」

「申し訳ありませんが、主人の危機と聞いてじっと待っていられるほど、行儀のよくない性質でして。勿論事件解決の協力はさせて頂きますし、出来る限り早くかけつけて下さると助かります。要するに、お先に!」


 座っていたソファーから立ち上がると、団長室の大きな窓に駆け寄って、鍵をあけて開け放つ。

 すかっ、と後方であたしを止めようとしたリシッツァ先生の手が空ぶったような気配がしたが、気にしない。


「アルメリア!」

「うむ。無論、わらわはお主とともに往くぞ」

「あ、マリヤ。案内しようか」

「…、お願いします」


 そういえば、正確にどこが現場なのか知らない。オルミガさんならそれも解るだろう。

 それでも一瞬躊躇したのは、なんていうか察して欲しい。


「各部強化、最大出力。フラル・アルメリア!」

「待ちなさいマリヤ君、オルミガ!」

「おいこら待てマリヤ、せめて俺も連れていけって!」

「先生重そうだからヤです! ていうか、貴方は自分で着いてこれるでしょう!」


 二人も抱えながら走るとか、強化しててもやです。っていうか先生大きいから、あたしの手に余る。

 ふわんとアルメリアがあたしの右肩に乗って、左腕でオルミガさんの腰辺りをがしっと抱える。

 瞬間、哺乳類とは違う、硬いような柔らかいような、外骨格の感触に背筋にぞわっと悪寒が走ったけど、無理やりねじ伏せた。

 大丈夫、服越しだから! 大丈夫!! 勿論そっちは視線を向けない!!

 努めて気にしないように心に決めて、オルミガさんを抱えたまま窓からとんっと飛び出した。

 ……わざわざ下に降りる理由はないな、屋根を伝って跳んで行った方が早い。

 ていうか、下は封鎖されてる筈だしね。


「オルミガさん、どっちですか?!」

「現在向いてる方角から、2時方向」

「了解です!」


 あえて手で示してくれない辺りに、心遣いを感じる。

 あたしの小脇に抱えられ、大人しくぶら下がるオルミガさんの指示に従って、あたしは屋根から屋根へと疾走と跳躍で移動していく。

 特に後方に気配は感じないけど、まあリシッツァさんの事だから、本当に着いてくるというのなら、着いてきてるんだろう。

 あたしと移動方法が同じとは限らないし。

 さて、メルル達はどこまで行ったかな。まさか、もう墓場に着いてる?

 着いてるだけならいいんだけど、ゾンビさん達に襲われてたりしないだろうな。

 いくら妖精魔法持ちでも、メルル自身はか弱いお嬢様だ。レオンの心配は、……いや、手放しで安心は出来ないよね、相手がどれだけのスペックか解らない。

 ゾンビっていうと動きがのろくて力が強い、ってイメージあるけど、ひょいと建物を飛び越えられる機動力や瞬発力を持つのが居る筈なんだ。そんなもん、相手にする想定を持ってる人がどんだけ居るの。

 そして何故ついてきたクルウ。

 ほんっと、あたしを心配してくれるのはいいんだけど、あの子達は……!!

 ちゃんと戻るから大丈夫って言ったでしょうがーーー!!


「帰ったらお説教ですね!」

「ユトゥスの方は任せといて」


 あたしの言葉に、オルミガさんの実にクールな声色での同意が返った。

 そうだね、彼女もね!!

 いくら王子様だからって、たまには苦言を呈してもいいのよ! それが本当に相手を思うって事だから!!

 ……あれ、そういえばレオンって、今回変装してなかったのかな……







 してないです。


 大慌てのまま、次回に続く。




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